ご令嬢のふりをするだけの簡単ではないお仕事 3
予告の通り、あたしは正式にレティシア・シュウレイ男爵令嬢改め、レティシア・ウィンルイ侯爵令嬢となった。まだ新しい両親には会っていない。しばらくは王都へも来ないそうだ。祖父曰く策謀渦巻く王都入りはしたくないということだろうと。
歓迎していないわけでもないから気にするなと言われたのは慰めだったんだろうか。
祖父、ちょいちょい優しい。お祖父さま効果か?
いや、よく働かせるための飴である可能性もなくない。
まだ引っ張り出されてはいないが、水面下で色々あるらしい。
表立ってはなにも起きていない平和そうな日々に変化が出たのは、従兄が訪ねてきたからだ。
応接室に呼ばれていけば、既に祖父と従兄がいた。飲み物の減り具合を見ればほどほどに時間経過したあとに呼ばれたようだ。
「元気そうでよかった」
イルクにそこまで露骨に安堵されるとなんか、済まぬという気分になる。もっと穏便に入れ替われればケガなどせずに済んだのだが。
「怪我はきれいに治ったようですよ。見えないのでわからないんですけど」
そう言いつつ席に着く。さりげなく控えていた執事があたしの分のお茶を用意する。……今日も、そのおいしくないお茶なのかとげんなりした。
あたしもコーヒー飲みたい。
「元気に屋敷のものを振り回しておるよ。久しぶりに娘がいるから侍女たちもはりきっている」
「そ、そうだったんですか」
衝撃の事実。
「儂一人の時はもっとそっけない。執事くらいしか、顔は出さぬ」
「本当です」
いつもは口を挟まない執事も肯定するので、本当らしい。
思い返せば、現代日本人感覚でほどほどに良いと感じるんだからすごくはあるのか。
「礼を言わねばなりませんね」
部屋に戻ったらいつもありがとうって言っておこう。細々と言ってはいるけど、感謝の気持ち大事。
「……なんですか?」
「神の使いというのはもっと傲慢であるのかと思っていたんだが」
祖父から褒められているのか微妙な表情で言われてしまった。
「時と場合によるが、気安い態度も考えものだ。そのあたりも教え込んでもらわねば」
……なんか、覚えること増えた。
嫌な顔をしたら、表情を隠すことも覚えないとダメだなと追加され。お、お嬢様なんでこんなに大変なの?
ご令嬢、優雅に遊んでいるなんて無理なのでは?
「むり」
「レティシアの名誉にかかわるが、いいのか?」
「……がんばります」
がっくりするね。この人、そう言われると否と言えないの知ってるんだ。
「イルク殿もある程度は習っていただかねばならぬので、他人事と思わぬように」
「え、俺もですか?」
「侯爵家の護衛として最低限は覚えてもらわねば表に出せぬ」
「……承知しました」
イルクも嫌だなぁが透けてる。礼儀正しくはあるけど、それは一般的な範囲内でこの家の規格には合わないってことだろう。
「あの従兄殿はどういう扱いでこの家に?」
「護衛兼教官として雇うことにした。
シュウレイ男爵の紹介状もあるので勝手にやってきたわけではないぞ」
「それならいいけど」
安定職を捨ててまでとは思ってしまう。でも、侯爵家に雇われるとか意外と出世かも? ただ、抜け出せない泥沼へようこそ、感はある。
「自分で望んだことなのだから、気にしないでほしい」
……とかいって、死ぬんだぞ。何回か見たぞ、それ。
ほんと変な死亡フラグぶっ立てないで。あたし、自分のだけで手一杯なんだよ。
「わかりました。よろしくお願いします」
大人しくそう返答したら意外そうに見返された。
レティシアなら断ったりしそうだなと思い返す。そのやさしさに付け込んだりしない。あたしは来たなら仕方ないので使う派だ。
どうせ、曲げないんだから無駄な押し問答いらない。
ちょっと、ほっとしたし。
そのことは言ったりはしないけど。張り切りそうなんだよね。なんとなく。
「では、我々は別の話もあるから部屋に戻っていなさい」
「はい。
じゃ、またね」
あとで領地の今の状況なんかを洗いざらい吐いてもらいましょ。