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ご令嬢のふりをするだけの簡単ではないお仕事 2

 本日の淑女メニューは、歴史のお勉強と礼法である。

 歴史は一般的なおさらいから始まっている。残念ながらこれまでの概要は知っていても細かいところもこの国の中での位置づけもわかっていない。

 それなのにわかっていますよね? というところからスタートしていたりする。曖昧な微笑みで誤魔化しているが、それもそのうちにバレそうな気がした。


 さて、この国、ヒルデアという。建国はおよそ400年前とわりと古い部類だ。存亡の危機もあり、国土の増減もあったが今のところはほどほどの大きさの国、らしい。自国のことを語る歴史学者というのは過大評価がありそうだから差っ引いて考えたいところではある。


 現在、戦争状態になっている国はない。開戦まではいかないまでも国境で小競り合いはいくつかあるらしい。接しているのは4か国ほど。仲が良くもなく悪くもなく、しかし、微妙な領土の取り合いはある、そう言う感じらしい。


 最後の開戦は35年ほど前で、その時に父方の祖父が功績をあげシュウレイ男爵が爆誕。地獄の導火線に火がついたわけだ。

 なお、その父方の祖父は25年ほど前に亡くなっている、らしい。武者修行の旅に出てくると言って帰ってこなかったそうな……。5年ほど待って帰ってこなかったから死んだことにしたという話である。

 ということで生まれる前にいなくなったのでレティシアは父方の祖父と面識がない。約束した当事者が生きていればここまで悪化しなかった、かもしれないがそれは希望的観測だ。


 それはともかく、戦後、騎士は廃れ、普通の兵士が主力になっていくことになる。戦争時に貴族の子息の被害が大きかったらしく、騎士になりたがる人が減ったのも要因のようだ。

 その結果が、今の名誉称号のような扱いである。軍の一部に吸収されちゃうとさすがにプライドが傷つくのだろう。トップは王弟殿下であるし。

 騎士団の団長と公爵は大体の場合一致している。それは軍の把握という意味でもあるし、公爵は王の兄弟がつく地位で裏切らない相手をつけるということになっているからだ。

 ……ということを踏まえると姪がやらかしたの王様は頭が痛いだろう。裏切らないと信じた弟の娘が、裏切っては困る相手を怒らせたってことになるんだから。


 ほっといた自業自得と思うが、おそらくはあたしというかレティシアを懐柔しようとするだろう。それは朝食の時に王子との婚約を打診された件でわかっている。あれは祖父だから断れたのであって、レティシアだけでは断るのは難しい。今度は不敬と切り捨てられる可能性すらある。で、まあ、色々吹き込んで黙らせてとまで想像するのは意地の悪く考え過ぎだろうか。


 この騎士の弱体化は実は多かれ少なかれ他国も似たようなものらしい。騎士というのは維持するのにはお金がかかるし、養成するのも手もかかると。

 それだけでなく一般流通できる武器がそれなりの数でそれなりの質で生産できるようになったのも大きいそう。

 それには技術革新の祖が……と脱線しそうになったので止めた。

 すっごい鍛冶職人が20年ほど前に現れてそこから一気にという話だそうだ。


 そのあたりで今日の授業は終了を迎える。歴史はまだ良かった。


 次は胃が痛い礼法である。

 昼食からスタートなんだよ……。


 ナイフとフォークと格闘する昼食、着替えを挟んで歩き方、座り方をみっちり教え込まれて気がつけば夕方だった。


 あたし、病み上がりと訴えたいが礼法の先生は許してくれそうにない。

 今日はこのくらいで勘弁してやらぁとでもいいそうな、お疲れのようですね、おしまいにしましょうで解放される。


 部屋にいってばったりと倒れるのはお行儀良くない。知ってる。

 でも無理。ご令嬢、大変。


「閣下が夕食を一緒にとりたいとおっしゃっていましたが、いかがされますか?」


「……いきますぅ」


 ばったり倒れていたあたしに淡々と尋ねる侍女。なにをしているのかとか聞かれないのもなんかこう……。

 そこから、お風呂入ったり、マッサージされたりした。労われていると思っていいのかな。

 ゆったりとしたワンピースとドレスの中間のような服に着替えて、夕食へ向かう。


 朝と同じ食堂に行くが、祖父はまだ来ていないようだった。


 この屋敷には祖父がほぼひとりで住んでいる。伯父と伯母はそろって領地におり、王都へは滅多に出てこないそうだ。

 伯父が祖父のあとを継いで宰相になったりはしなかった。世襲を良しとしなかったということもあるし、なにより向いてなかったそうな。

 学者肌のお人らしい。


 レティシアとは微妙に趣味があったのか時々文通するルートもあった気がした。

 残念ながらまだ一度も顔を合わせていない。手紙はもらった。

 義理の兄弟に至っては姿形も見ていない。


 母と伯父は10以上も離れている上に性格が著しく違うため、仲は良くないそうだ。母親が違うための軋轢かと思えば、お互いの話がわからない、という切実な理由らしい。

 ……まあ、偏屈と脳筋で話があうとは思えない。


 伯父の子供たちは、長女、次女共に嫁いで子供もいる。長男はこの家に時々帰宅しているらしいが、気配すらしない。長男が王太子の側近となっているとは聞いたのでその関係なのだろうなぁと思う。


 次男と三男は領地に今いるそうだ。いつもは三男が住んでいるらしいが未婚で婚約者もいないという状態なので、しばらく領地にいさせると言っていたけど。


 ……なにか配慮しなきゃいけない性格ってことですかね?


「待たせたな」


「いえ」


 食前の飲み物を飲んでいる途中で祖父がやってきた。

 なんだか機嫌が良さそうではある。


「来週には正式に息子の養子ということになる。これで、次に話が進められる」


「次というと?」


「各家に正式な抗議文を送る」


「送って、返事来ますか?」


「無視するなら、無視するでやりようはある」


 ……なんか、生き生きしてませんかね?


「これからは活躍していただくつもりなので、きっちりと所作を直してもらう」


「え」


「悪くはないのだが、優雅さに欠けると言われていたぞ」


「……そもそもないものをどこからひねり出せと言うのですか」


「張りぼてでもなんとかしたまえ」


 気の毒そうな表情とは裏腹に冷たい言葉。

 泣いていい? これは想定外なんだけど。


 ずんと沈み込んだあたしを気にしたのか、それ以上はつっこまれなかったけどさ。

 かわりに沈黙が発生する。淡々と食事は進み、最後のデザートはあたしの分だけだった。

 祖父はしばしあたしがフルーツタルトを堪能しているところを見ていた。不思議生物を見るように観察しないでほしい。

 不満を察したのか、彼は気まずそうに珈琲を飲んで誤魔化していた。


 まったく、人の食事を凝視するのはマナー違反と礼法の先生も言っていたのに。


「……そうだ。忘れていた。イルク殿が、来るそうだ」


「はぁ!?」


 そう言った祖父はとても楽しそうだった。


 呆然としている間に祖父は立ち去った。

 お、おう。

 イルクというのは従兄である。確か、別の家の護衛として雇われていた。

 わざわざ言うのは遊びに来る、じゃないんだろう。


 仕事辞めてきたとか本気で勘弁してくれ。


「これは良い事なのかな」


(まあ、悪くはないかな。護衛大事)


 遠くから聞こえた声が懐かしい。

 人らしく振る舞うことがずいぶんと上手になったものだ。最初など……。うん、記憶の彼方に放っておこう。


 神(仮)は神過ぎて人のコトがわからないから行き詰まったんだろう。あたしがもし失敗して、二度と会えなくてもめげずに他の子をナンパしてきて欲しいものである。


(なんか不吉な事言ってない?)


 ちょっと不機嫌そうだ。


(代わりなんていらないんだから、ちゃんと戻ってくるように)


「善処します」


 うむ。良い日本語だ。


(ダメそうなら止めるから)


 その言葉がちょっと意外。


 神ともあろう者が、人を対等に見るなんて。


(ああ、わかった。君が、僕のことをどう思ってたかなんて知ってたけど屈辱)


 風がふわりと髪を撫でる。


(無事に帰っておいでよ。レティシアと一緒でも寂しいんだ)


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