ご令嬢のふりをするだけの簡単ではないお仕事 1
ハーレム男を振るだけの簡単なお仕事 6のあとに割り込み更新しています。
「……本日は歴史の先生と礼法の先生がいらっしゃいます」
「わかりました」
あたしは少し寝坊して今日の予定を聞き流しながら、食堂へ歩いていた。
今日は、とか言ってるけど、今日も、ではないかと訴えたくもある。しかし、ご令嬢はそんなこと言わないものである。
ほんと? 適当に言いくるめられてない?
予定を告げた侍女をじっと見ても何ら反応はなかった。
表情の乏しい侍女たちは優しくも冷たくもない。腫物を触るようにでもなく、淡々とお嬢様のお世話をしているという感じだ。
プロである。
唯一違うのは食堂についてあたしが自分で扉を空けそうになり、慌てたように扉を開けたときくらい。
人にやってもらうのに慣れるのはまだ難しい。
食堂とはいっても家族用の食事室といったところだ。それでも広い。いつもは一人だが、今日は先客がいた。
久しぶりに祖父と顔を合わせた。
「おはよう」
そっけなく挨拶されるが、別に嫌われているわけでもないらしい。新聞片手に珈琲を飲んでいるところを見ると食事は終わっている。侍女はお食事を用意してまいりますと告げそっと部屋を出ていく。
二人だけというのは、最初にお茶を一回した時以来だろうか。
「おはようございます。珍しいですね」
あたしが席につくと視線を向けられはしたが、何か言うことはなかった。
話題なんて思いつかない。天気の話をするとか? 一瞬で終了してもっと重い沈黙がありそうだ。
ため息をつかないように祖父を観察する。少しばかりつかれているようだ。それもそうかとも思う。
婚約式後の処理はほぼすべてお任せしている。
あたし自身はあの婚約式から2週間ほど療養という名の監禁をされ、部屋の外にはほとんど出してもらえなかった。
その間に婚約の解消、ではなく、婚約そのものがなかったことになった。先代同士の口約束で将来を縛り合うものではないでしょうと祖父が説得したそうだ。
なぜだろう。説得(物理)な気がしたのは。
王家も王弟の娘、つまりは姪のやらかしたこともあり、すんなり認めたらしい。
代わりにと王子の誰かの婚約も打診されたようだが、傷心の娘になにを強要するので? と返してからお断りしたようだ。
……なんかもう、怒ってんなぁと苦笑いしてしまった。
眉間にしわが寄っている今もご機嫌はよろしくなさそうだ。新聞に書かれてるのなんてろくなことじゃないだろう。
事件から二週間程度たってもレティシアの婚約解消の話が書かれている。
なお、現時点で謝罪の連絡をよこした家はいない。むしろ、なんてことをしてくれたんだ、破談になったじゃないかという苦情がちらほらと。
破談にした家のほうがまともだなとリストアップしているらしい。
という話は全部、この屋敷を取り仕切っている執事から聞いた。
祖父からは直接は聞いていないのだ。こちらで勝手にやるし、必要なら手助けをしろと言われている。必要ないと思われているのか、やや気遣われているのかは不明である。
「お祖父さま。一つお聞きしたいんです」
基本的には大人しく淑女教育を受けるつもりではあるが、何も知らないのも落ち着かない。
もし次にあったら聞きたいメモを部屋に置いてきたことが悔やまれる。
何だと言いたげに視線を向けられる。
「公爵閣下は、騎士団長でまちがいないでしょうか?」
騎士というのはすでに主力戦力ではなく、儀礼的に存在になりかけている。実践投入されない見た目重視。
今どきランスを振り回す一騎打ちなどはイベントとしてしか価値がない、らしい。貴族中の貴族である侯爵家の執事がそう言うんだからその凋落はわかる。
対して、普通の兵士というのはもっと泥臭いものだ。そして、もうそれが戦場の主役である。
その主役を鍛える役目であったのがレティシアの実家などで犬猿の仲ではないかと疑ってしまう。
そして、それが引き金の一つでもあるのではないかと。
他のことはそつなくこなしていた彼女が、あの男だけに固執した。
そこに意味があるとしたら。
権力闘争なんじゃないかと思ったのだ。
レティシアの婚約はもっとずっと前から決まっていたのに、どうして、自分の婚約者になると勘違いするのか。
だれかが、そう教えたとしか思えない。
公爵家のお嬢様に誰が?
一番信用するお父様、なんじゃないかなって。
「そうだ」
淡々とした返答に冷ややかさが混じっている。なんか、当たりっぽい。
この推論は神(仮)ともしていて、じゃあ、こいつ殺っちゃう? としたこともある。
結果、アルテイシア様は大人しくなったものの根本的解決には至らない。だから、あくまで要因の一つ。
レティシアのまわりはほんと色んな要素が絡まりすぎて、ほどくのも難しい。
上から見ているだけだとやっぱり情報が欠落する。神々とてなんでもかんでもわかるわけではない。むしろ、こう言った一つ一つを追っていくようなことは苦手としている。良くも悪くもざっくりと。そうでないと困ることもあるので仕方ないらしい。
「軍のトップは元帥はデビッド・エイリーという。貴族とは名ばかりの家出身で五男だ。騎士団はその下につくことになっている。
デビットは悪いやつではないのだがやはり騎士たちとは仲がわるい」
「なんでですか?」
「騎士も兵も平等を心がけて対応しているらしいが、騎士たちにしたら同じに扱うな、ということだな」
……。
めんどくさい。
「王族であろうと部下は部下だから大人しくしろと言うデビットも悪いのだが」
「お知り合いですか?」
「昔少しな」
濁されてしまった。
軍部、どっちもめんどくさい。巻き込まれたレティシア、かわいそう。実家の件だけじゃなかった。
そんな話をしているうちに、侍女と料理がやってきた。
侍女は何かを察したのか、食事を並べてそのまま部屋を出ていった。
あたしは今日の朝食に視線を落とす。
かりかりのベーコンも半熟の目玉焼きも出来がよい。ただし、焼きトマトについても存在意義を問う。生野菜が出てくる事がないというのは都市部の運命らしい。
新鮮な野菜が手に入るのは農村部の特権で、都市の食べ物になれば何でも超加熱になるんだそうだ。
裏庭で菜園がある侯爵家ですら、加熱の呪縛を打ち破れない。寄生虫とか食中毒喰らうより安全のほうが大事だけど。お肉もそうなんだよな……。
黙々と食べていたら、観察されている気配を感じた。
なんか、じっと見られている。
「貴族的ではない男だ。
おまえは曖昧過ぎると言われたこともあるが、久しぶりに会いに行くのも悪くないか」
「立場的にどうなんですか」
それって巻き込みに行きますってことですよね!?
「火の粉がかかったのだから、あいつもわかっているだろう」
全方位、喧嘩を売りに行かないでいただきたい。
「紹介してもよいが」
「お断りします。もうちょっとご令嬢教育されてからにします」
ものすごく残念そうな顔なのは、演技ですか、素ですか?
「今のほうが気に入られると思うのだが。正式に養子になってからのほうが良いか。
屋敷の外の護衛はまだそろわないから庭にも出ぬように」
「わかってますよ」
貴族のご令嬢らしくないことも、暗殺狙われることも!
祖父、新聞を置いて部屋を出ていったんだけど。
「屋敷のものを困らせぬようにな」
嫌な捨てセリフを残していきました……。