家族会議を仕切るだけの簡単なお仕事 1
ああ、まつげ長いなこの人。
薄らぼんやりとした脳内にそんな言葉が落ちてきた。貴族のご令嬢としては日に焼けた肌としなやかな筋肉に覆われた腕、奇妙な泣き笑いといった表情がその内面を映し出しているようだ。
レティシアの姉。シュウレイ男爵家の次期当主であり、流派の主ともなる人。産後の肥立ちが悪く結構、早めに亡くなる事が多い。あたしはそれを知っている。
そして、レティシアとは少々縁遠い。だから、目の前にいることに驚きを隠せない。たぶん、従兄が居ると思ったのだ。
冷静に考えれば、女性の部屋に未婚男性を入れるわけがない。
姉になんと声をかけて良いのか戸惑う。お互いに第一声を発せずに見つめ合い、お互いの出方を伺っているようだ。
「やあ、知らない人」
ふぉっ!?
変な声が漏れそうになる。微妙な緊張感を破ったのは姉ではなく、別の男だった。推定姉の婚約者。おそらく最初から居たのだろう。この場に姉が一人とは思えない。その立場的に。
そして、その発言の意味を理解する。少なくともレティシアは彼とあったことがある。知らないと言われる方がおかしい。
レティシアの中身が違うと知っていなければ、そんな言い方しない。
あたしは神殿からやってきた青年の目が特別製だということを思い出した。
魂の選別。
なにやらオーラ的なふんわりしたもので違いがわかるそうだ。
異世界から転生やトリップなどがわりとあるこの世界で、人にも確定情報を伝えるためにその目は与えられた。ってことになっている。どこかの知らない神(仮)が格好良くない? とか言って与えたものが最初とか黒歴史すぎることはあたしの心の中に止めておく。
現在のあたしは、レティシアという少女を乗っ取っている、ということになるので、まあ、ばれるとは見込んでいた。会わないどころか、現場にもいたし。
しかし、数時間も持たないとは思わなかった。あたしをここに送り込んだ神(仮)は成敗されないように神託しとくからと言っていたが、間に合っているのだろうか?
え、もう、すぐに死んじゃうの?
殺気まみれの姉が超至近距離なんですけどっ!
それをなんとか押しのけて起き上がる。
「……どうも、はじめまして。名乗れませんが、神の使いでここにいます」
だから、お二人さん、殺気立つのはやめてくださいっ!
いや、魂がないということは一般的に死であるからして当たり前といえなくもないけど。確かに家族愛がないとは言えませんでしたね。あなた方。
「レティシアはどうしたの?」
「大変疲弊していましたので、静養中です。この体に戻されるか、生まれ変わるかは神の都合によります」
というのは建前である。問題が解消された段階で、再度やり直しになる可能性が高い。
これでも数百年は越えるほど神(仮)と付き合ってきたので、魂胆が見えていた。それをどうしようかとあたしはまだ考えている。
なにせたった一度のみの機会だ。
「何故です」
姉が押し殺したような声で、問う。実に恐い。
ああ、神(仮)よ。すぐに出戻ってしまうかも知れません。
チョイス間違いましたか? そうなんですか?
でも、正直に事情言う以外あたしに取れる選択肢ないんですけど。
「まあ、信じなくても良いですが、レティシアが死ぬことにより遠い未来に支障が出るから、としか言えません。その事情により魂が変わることを時の神より神託を与えると聞いていたのですが」
神たちも神託という形で意志を人に伝えられる。
ただし、神託を下そうが、夢に現れてみようが、他人をそそのかしてみようが、レティシアは婚約者、後の夫のせいで死んでしまうのである。
ちなみにレティシアの死の回避のために数え切れないほどの巻き戻しを行ったそうだ。あたしが付き合ったのは直近の100回くらい。
短くて十数年、時には百年後とかまで見ては巻き戻したりする。そろそろこの世界の歴史を暗記し始めている。誤差はあれど、大体は同じだから。だから巻き戻しするんだけど。
「ええ、確かに神託はいただきました。
神の言葉は嘘をつけない。これは我々の約束であるので信用はいたしましょう。しかし、使いの方、貴方はいかがですか?」
手をかくしてこちらに問いかける姉の婚約者殿はとても恐い。悪霊として払われてはどうしようもないからだ。魂が体に馴染んでない今なら神殿の技で殺れる。
「嘘をつかない証明などできません。そして、効果があったかということを知らせることも。
遠くに見える道の詳細などわからないでしょう? 遠くに崖があれば避ける。そのくらいしかできません。神さえも時には無力です」
正直であれ。
これがこの婚約者の対処法として教えられたこと。言えないことを言えないというのは許せても、意図的な嘘は嫌う。通常は見過ごしているようだが、大事な時にこれが引っかかったりする。
レティシアの死後、領内の出身者及び、流派の門下生引きこもり事件を計画したのは姉だが、実行したのは彼である。それでひどい目にあったのはレティシアを無視したり、悪意をぶつけていて、しかし、していないと言っていた娘の家だった。
もっとも、元々心証も良くなろうはずもないので自業自得ではあるが。
「なるほどね。アリア。一度目覚めたと伝えに行って?」
彼は複雑な表情を浮かべている姉を気遣う。そういう物言いでなければ、決断などしないだろうし。
彼女はごめんなさいと呟いて部屋を出て行く。
まあ、半ば予想通りである。
身内の中身が別の生き物である状況が受け入れがたいのだろう。それが、疎遠な妹であろうとも。
「それで何が聞きたいんです? 神官様?」