ハーレム男を振るだけの簡単なお仕事 0
薄明かりの廊下を彼女は歩いていた。人のざわめきは少し遠い。
声の聞こえるほうへ視線を向けてはため息をこぼし、力なく首を振った。
今日、この夜に、彼女の婚約が広められ結婚へと至ることが確定される。遠くから聞こえる人のざわめきはそのための宴であり、主役たる彼女は笑顔で祝福を受け取る役目が与えられていた。
ここにいると言うことはそれらを放棄していると見なされても仕方がない。
しかし、彼女にはあの場に留まることは出来なかった。
煌びやかで、華やかな人々が集い、笑いさざめく中には。
祝福の裏での嘲笑と悪意の中には。
脳天気な顔をした婚約者の隣に立ち続けることはとりわけ度し難い。
だからといって逃亡する勇気もない。ただ、気分転換と言って逃げ出すのが精一杯で、それもすぐに戻ることになることを考えれば意味のない行動だった。
再びため息をついて、廊下から外へ視線を向ける。
廊下でありながら庭に面する壁にはガラスがはめ込まれ美しい庭が観賞出来るようになっている。とりわけ大きな扉さえもガラスがはめ込まれていることからよほど力をいれていることが伺えた。
ガラス窓は普及し始めたとはいえ、これほど大きなものを作るには財力が必要だった。それほど侯爵たる祖父の館は見事な庭園が自慢としているとも言える。
今日の場を貸してくれた祖父は自分のことをどのように思うだろうか。母方ということであまり会うことはなかったが、厳しいながらも優しさを持って接してくれたと思う。
そうでなければ、婚約式という重要な場として屋敷を貸してくれることもない。そして、見届け人として婚約の契約書に名を書くことも。
見届け人は婚約から結婚まで見届ける役目も負う。
そんな役目までさせてしまう祖父にまでため息をつかせたくはない。
もう少ししたら、戻りましょう。
そう心の中で呟き庭園へと視線を向けた。
彼女は誘われるように庭へ降りる扉を押し、階段を降りようとした。
見えにくい階段へ慎重に足を乗せる。不意に背中を押された。
「え?」
なにも気配を感じなかった。足音も聞こえず、そこに突然手が現れたような唐突さ。
一人でいることの危険性くらい知っていたつもりだった。ここ最近では、事前に察知できるようにしていたはずだ。
ごめんね。
どこかで誰かが呟いた気がする。
思い出せない知っている声。
そっと、誰かの手が触れた気がした。