女神の間③ sideエミリア
柔らかいソファの上にちょこんと座りながらエミリアとユリアーナは向かい合って座っていた。女神は二人を見守るように横の大きなソファに座っている。エミリアは背筋をピンと伸ばして真っすぐユリアーナを見るが、彼女は身を縮ませてエミリアと女神をおどおどとした様子で伺っていた。
「まずは自己紹介ね。私はエミリア・レクストン。ポーレリア国レクストン公爵の一人娘よ。あなたは?」
「わ、私はユリアーナ・ガージル。一応、ガージル国の第二王女、です……」
「まぁ、王女殿下でいらしたのですか。失礼しました。無礼をお詫びいたします」
「や、やめてください!王女といっても名ばかりだし、先ほどと同じ言葉使いでお願いします。それにもう、死んで王女でもなくなりましたし……」
「そうね、私ももう公爵令嬢ではなかったわ。なら私たちはただのエミリアとユリアーナなのね。改めてよろしく、ユリアーナ」
「はい、エミリア様……」
「エミリアでいいわ」
「いえ、あの……癖なのでそう呼ばせてください。それに私が年下みたいなので」
そんなやり取りをしてお互いに何があったのか、自分たちの生活背景も交えながら簡潔に話した。ガージル王国なんて聞いたことがないが聞けばユリアーナもポーレリア王国を知らないと言う。女神が言うには二人は別の世界の住人らしい。まず世界そのものが違うことに驚いたがその話は今は置いておく。二人とも話しながら再び涙が溢れそうになったが、先ほど散々泣いたせいか頭は冴えていて状況を冷静に把握できた。しかし過ぎてしまったことは覆らないし、現実を突きつけられてやり場のない憤りが二人の心に重く圧し掛かる。
「本当にお互い最悪ね。ここまで来るといっそ潔いくらいだわ」
「……」
「ユリアーナはどうしたい?私は今すぐその悪魔をぶん殴ってやりたい気分よ」
「……エミリア様はお強いのですね」
「強くないわ。強がってはいるけどね。今だって虚勢を張るのがやっとだもの」
そこで会話は途切れた。声をかけようにも言葉が出てこないし、どうすることもできない。女神に選択を与えられているがとても決められるような状態ではなかった。二人とも俯いて重い空気と沈黙が続く。
「……私、もう終わっていいです」
静かな空間にそんな呟きが聞こえた。エミリアは顔を上げて目の前にいるユリアーナを見る。彼女はどこか諦めたような顔でソファに沈んでいた。
「私、生まれた時から良いことなんて何もなかった。最後も結局は何も言い返せずに捨てられて、惨めに殺されたし。生き返ったって悪魔が襲ってくるならもう無理よ。どうせまた絶望の中で死ぬだけだもの」
「……」
「もう嫌、嫌なの。こんなに苦しい思いをするなら終わりにしたい」
そう言いながらユリアーナの目に涙はなかった。暗い瞳でどこでもない場所を見つめている。
本音を言えばユリアーナの言葉にエミリアも賛成だ。もう二度と愛する両親の死を見たくはないし、会えない。このまま終わってしまうのも一つの選択だし間違いではないのだ。
でも、今目の前にいる彼女をこのままにしていいのだろうか?
それに、悪魔にやられっぱなしで逃げだすの?
皆に見放されて殺されたユリアーナを本当にこのまま死なせていいの?エミリアには心から愛してくれる家族がいた。だからどんなことでも耐えられた。でも彼女は?愛も知らずにこのまま死んでしまうなんてそんなのあまりにも残酷だ。それに自分の両親を殺した悪魔を許せない。直接処刑を命じたのはジュードだがそう仕向けたのは悪魔だ。さっきユリアーナに悪魔をぶん殴ってやりたいと言ったのは紛れもないエミリアの本心で、冷静になればなるほどその思いは強くなっていく。エミリアは拳を固く握った。
「ごめんなさいユリアーナ。私、生きたい」
「えっ……」
「生きて、悪魔をぶん殴ってやりたい。両親を殺して、私を絶望させた悪魔を許せない」
「……」
エミリアはユリアーナを真っすぐ見るが、彼女はエミリアから視線を逸らした。両手をぎゅっと握って震えている。
「ごめんなさい、無茶を言ってる自覚はあるわ。私はあなたが嫌がっていることを強要しようとしてる。でもどうしても許せないの」
「……どうやって?そんな得体の知れない化け物を相手に、私たちに何ができるんですか」
「それは……」
『対抗手段はあります』