酷い人
「陛下、お二人の話に割り込んでしまい申し訳ありませんが王妃様のお気持ちを代弁させていただきます。王妃様は長年陛下を慕っていらっしゃったのですよ。陛下のお近くにいたかったからこそ、王妃になることを選んだのです」
「は?私を慕っている?王妃が?」
この二人だけで会話をさせたらいつまでたっても終わらないと思い少し無礼だがレオナルドは話に割り込んだ。王妃の助け船などではなく早く話を進めてほしかったからだ。
レオナルドのその言葉に国王は心底驚いたように王妃を見た。王妃はドレスを握りしめてぶるぶると体を震わせている。
「だからユーリディアを殺したのか?」
「……ぁ、わた、くしは」
「貴様もあの赤毛と同類だったのか」
「………」
「それで、まだ何も言わないのか?なら私はもう行くぞ」
「……ょ」
「ないならもう用はない。王太子、来なさ――」
「どうしてよっ!!!」
突然王妃は大声を上げた。驚くレオナルドと対照的に国王は冷静な目で王妃を見ている。王妃は大粒の涙を零しながら立ち上がるとテーブルに置いてあったフォークを握りしめて先端を国王に向けた。
「こんなに、こんなに尽くして来たのに!あなたに相応しい王妃になろうとずっと努力してきたのに!あんな平民と変わらない女のどこがいいのよ!?教養だってろくに身についてない、特別美しいわけでもない、わたくしからシリウス様を奪った阿婆擦れなんかにどうしてわたくしが負けるのよ!!」
はぁはぁ、と肩を大きく揺らしながら叫ぶ母親をレオナルドは呆然と見つめた。これが彼女がずっと腹の奥底に抱えていた本音だったのだろう。淑女の鏡とまで言われた人とは思えない態度に立ち尽くした。
「そなたが十年以上かけて終わらせた王妃教育をユーリディアは結婚して一年で終わらせたぞ」
「……は?」
「代々王妃教育を行う教師が合格を出した。嘘だと思うなら確かめるといい。それに彼女はとても美しい。今の醜い貴様の顔と比べたら余計にな」
「………」
「ユーリディアは庶民枠で特待生として入学した王宮文官候補生だ。試験の成績は上位貴族しか載らないからユーリディアの名はなかったが彼女のテストは全教科満点だぞ。その時点で王妃に相応しい教養はすでに身についていた。それで彼女が阿婆擦れだったか?それも違う。彼女に近づく男は全て排除し、常にユーリディアに張り付いていたのは私だ。彼女は側妃として迎えるまで頑なに私を拒み続けた。このことは私の監視役だったそなたの兄がよく知っている。そしてユーリディアはそなたから何も奪っていない。私は今までそなたのものだったことはないからな。それで、他に言うことは?」
国王は王妃の言ったことを片っ端から全否定した。何もそこまで言わなくてもとレオナルドは思ったが口に出す勇気はない。彼女は国王の勢いに気が削がれたのか持っていたフォークをその場に落とした。力なく椅子に座ると顔を覆って項垂れる。
「……わたくしは、あなたをお慕いしていました。出会った時からずっと」
「私はそなたが好きでも嫌いでもない」
「……酷い人。だから愛する人を失ったのよ。あなたのせいでユーリディアさんは死んだの」
「そうかもな」
王妃の言葉を肯定した国王に彼女は鼻で笑った。自分が周囲に無関心すぎたことがユーリディアの死を招いたことに少なからず自覚があったようだ。会話が成り立っているのかもわからない異様な光景にレオナルドはただ立ち尽くすことしかできない。顔を上げた王妃は顔を真っ赤にさせて泣いていたがどこか吹っ切れたような表情だった。
「本当に、酷い人。ねぇ、ユーリディアさんのどこが良かったのですか?わたくしと何が違ったの?」
「彼女はたくさん話してくれた。肥やしの作り方、野菜の育て方、料理、川遊び、原っぱでは青空に向かって寝転ぶととても気持ちがいいらしい。私の知らないこと、楽しい遊びをたくさん教えてくれた。そなたはいつも黙って相槌を打つだけ、赤毛は自分の方が美しいと喚くだけ。一緒にいても心底つまらなかった。国や政治の話以外、誰もそんな話はしてくれなかった」
「……わたくしを、憎んではいないのですか?」
「そなたを憎み、殺してユーリディアが生き返るのなら何度だってそうしてやろう。だが彼女は帰ってこない。やるだけ時間の無駄だ」
そう言いながら国王は王妃に背を向けて扉へ向かって歩き出した。レオナルドも一緒に国王の後をついて行く。これ以上この二人が話し合うことはないと感じた。
「お茶の件はユリアーナが何も言わない以上、私からも言うことはない。だが次はないと思え。そなたはこれまで通り、王妃としての役割を果たせ。そなたが何もしなければ王太子の変更はしない。それから――」
国王は歩みを止めると王妃へ振り返った。しっかり王妃と目を合わせる国王に彼女は戸惑いながらも見つめ返す。
「先ほどのように言いたいことははっきり言え。そなたが大声で怒鳴った時、私は初めてそなたという人間を知ることができた気がする。私と違って、そなたにはちゃんと心があってよかった、メアリー」
王妃の目が零れんばかりに見開かれる。出会ってから初めて国王から名前を呼ばれた。その言葉に返事をする間もないまま、国王はレオナルドと共に部屋から出て行った。
しん、と静まり返った部屋に王妃は一人取り残される。また再びポロポロと涙が零れた。悲しいのか悔しいのか嬉しいのかわかならないが、とにかく感情はぐちゃぐちゃだ。でも先ほどよりずっと晴れ晴れとした顔で扉を見つめる。
「本当に、酷い人ね。一度も呼んでくれなかったくせに、最後にわたくしの名前を呼ぶなんて……余計忘れられないじゃない」
その呟きは誰の耳にも届くことなく静かに消えた。
国王が王妃を貴様と呼んだ時、そこには確かな軽蔑と憎しみがありました




