女神の間② sideエミリア
『ユリアーナ』
女神は先ほどから俯いて何も言葉を発さないユリアーナに視線を移した。彼女は虚ろな目をしながら顔を上げて女神を見る。
「はい……」
『貴女の場合はその生まれと育成環境に加え、アリサを使ってジェシカの憎悪を煽ったせいなのです。ジェシカを使って日常的に貴女を追い詰めて、最後にアリサが絶望を与えました。ダドリスの婚約破棄宣言も、エミリアと同じく貴女を追い込むための下準備だったのでしょう』
「…………」
『最後に貴女を森で殺害するよう命じたのはアリサです。そして貴女は……』
「……女神様、私はどうして生まれてきたのですか?」
『ユリアーナ……』
「私が生まれなければ、母は死にませんでしたか?私が母を殺したから存在しない者として扱われたのですか?私は、何のために生まれてきたんですか!?何の罪を犯したのよ!?どうして、どうして!!悪魔のせいだっていうならどうして助けてくれなかったの!?何もしてないのに、それじゃ私はどうすればよかったの!?どうしたら殺されずに済んだの!?教えてよ!!!」
『……ごめんなさい』
泣きながらそう叫ぶユリアーナに女神は悲しい顔でうつむいた。ユリアーナはその場に崩れ落ちむせび泣く。その姿があまりにも哀れでエミリアはユリアーナをそっと抱きしめた。
ユリアーナの泣き声が響く中、女神は呟くように話始める。
『わたくしは世界の創造主であっても、現実世界に干渉することは許されていません。それがたとえ愛し子の危機だとしても。世界に重大な損害を与える出来事がない限りただ見ていることしかできない……わたくしができたのは、悪魔に魂を食べられる寸前の貴女たちを取り返してここへ運んだこと。それだけなのです』
目を伏せながら女神は悲しそうに涙を浮かべていた。話を聞く限りでは彼女はなにもできなかったことが伺える。そこでエミリアはふと気が付いた。
「……そういえば、私たちは今どんな状態なのですか?悪魔に魂を食べられていないならまだ生きている?」
『正確に言えば、悪魔に魂を切り離された時点で肉体は死亡しています。そして悪魔に魂を切り離された人間は例外なく元の身体に戻ることはできません』
「そんな……それじゃ私たちこれからどうすれば」
女神はエミリアとユリアーナのすぐ近くまでやって来ると、顔を覆って泣いているユリアーナの顔を上げさせた。二人の顔をまっすぐ見るとぎゅっと彼女たちの手を握る。
『貴女たちに残された道は二つ。二人の肉体は死亡し、もはや迷える魂となりました。迷える魂は天上の世界へは行けません。二人がこのまま死を受け入れるというのであれば、魂を輪廻の中へ返し再び生まれ変わるでしょう。でももし、まだ生きていたいと願うのであれば、時を戻してエミリアはユリアーナの肉体に、ユリアーナはエミリアの肉体に魂を入れ替えて再び人間として生きることができます』
「え、えぇ!?お互いの身体を入れ替えて生きろっていうの?」
「私たちは別人になる、の……?」
『通常は人間の魂を入れ替えることは不可能ですが、例外としてわたくしの愛し子であれば、肉体と魂を入れ替えても生を受けることができます。貴女たちの場合は悪魔の干渉によって時間軸が大きく歪みました。その歪みを修正する力を利用して、悲劇のあった日から一年間時を戻します。もし体を入れ替えるならその一年前から二人の新たな人生が始まるでしょう』
エミリアとユリアーナは顔を見合わせた。それではたとえ生き返っても別人として人生を歩むことになる。それは果たして生き返ったと言えるのだろうか。
ちなみに天上の世界とは罪なき人間が死ぬと女神が導いてくれる楽園のことだ。生前罪を犯した者は楽園へ行くことができず、その罪を償うまで輪廻を繰り返すと言われている。悪いことをしていないのに悪魔のせいで楽園へ行けなくなってしまったのならなんと腹立たしいことだろう。
『ただし、その場合は二人とも生き返らなければなりません。どちらか片方だけでは肉体は動かず機能しません。生き返るなら必ず二人ともです。しかしそうなれば、悪魔は再び貴女たちの魂を狙ってくるでしょう』
「…………」
「……」
『これはあくまで選択の一つであって、強要するものではありません。わたくしにできるのは二人の選んだ道を叶えること。それがわたくしにできる唯一の償いです。幸いまだ少し猶予はあります。これからどうするのか、どうしたいのかを二人で話し合ってください。わたくしは二人の質問にできる限り答えましょう』
そう言うと女神は左側を指さした。そこにはいつの間にか柔らかそうなクッションの置かれた白いソファとテーブルがある。三人とも白い空間の地べたに座り込んでいたのでそろそろお尻が痛くなってきたので丁度いい。エミリアは立ち上がるとユリアーナと女神に手を差し伸べた。
女神は目を細めて微笑むとエミリアの手を取りふわりと立ち上がった。体はとても大きいのに空気のように軽くてエミリアはびっくりしたが今はこれくらいで驚いている場合ではない。ユリアーナはエミリアに差し出された手を見て戸惑っていたが、エミリアと女神を見上げて恐る恐るその手を握る。ユリアーナにとって生まれて初めて差し伸べられたその手はとても温かかった。