愛憎と無関心
「王妃様、ユリアーナをお茶に誘ったそうですね」
「……」
「このお茶を出してどうするつもりだったのですか?」
「……」
王妃の元へやってきたレオナルドはユリアーナとお茶をしたことについて問うが、彼女はそれに反応することなくぼーっと扉を見つめている。部屋はユリアーナとお茶をしていたであろう時のままになっており、お茶の減っていないカップと綺麗に並べられた焼き菓子が並んでいる。部屋はお茶の香りが充満しており、ユリアーナにユーリディアと同じお茶を淹れたことを如実に示していた。このお茶を調べれば王妃は罪に問われるが、このまま彼女と何も話せず終わることがレオナルドは納得できなかった。
「王妃様、何故何も話してくださらないのですか……」
「……」
「ユーリディア様を殺したお茶を出すほど、ユリアーナが憎かったのですか?」
「…………どうして」
何を言っても反応しなかった王妃がユーリディアの名前に反応した。レオナルドは何も言わず彼女の言葉の続きを待った。
「どうして、陛下はあのお茶のことを知っていたの?どうして、あの女の死因を知っていたのよ。何でそのことをユリアーナさんに教えたの?いいえ、それ以前にあの人はユリアーナさんじゃないわ。そう簡単に人が変わるはずないもの……そうよ、きっと何かに取り憑かれているに違いないわ。きっと邪神教よ!ユリアーナさんは邪神教によって操られているのよ!ああ、何て恐ろしいの、すぐに神官に来てもらって――」
「いい加減にしてください!!」
ガシャン、とレオナルドはテーブルを思い切り殴りつけた。王妃の近くあったティーカップが倒れてお茶が零れたがそんなものどうでもいい。
「女神教の宗主国である我が国の、我が王家に邪神教などいるはずがないでしょう!ユリアーナは毎日教会で女神様に祈りを捧げ、聖水を飲んでいるのですよ!?邪神教の者が聖水を飲めないことくらい常識でしょう!ユリアーナに言い負かされた腹いせとはいえ言っていいことと悪いことの区別すらつかなくなったのですか!」
「レ、レオナルド……あなた、誰に向かってそんな口をきいているの……?」
「あなたですよ、王妃様。いい加減現実を見てください。陛下がこのお茶のことを知っていたのならあなたのしたことは全てご存じですよ。これを機に、ご自分のしたこと償ってみてはいかがですか?」
わなわなと震えながら驚愕の表情で王妃はレオナルドを見る。王妃に向かってここまでレオナルドが言い返したのは生まれて初めてだった。
レオナルドは冷めた目で王妃を見つめ返した。彼女は王妃なだけあって腹の探り合いには慣れているが、真っすぐに言い返されることは苦手だ。この様子では目覚めてから随分気の強くなったユリアーナ(エミリア)に王妃が言い負かされたことは容易に想像できる。
「ユリアーナが今回王妃様を訴えるつもりはないようなのでお茶の件については私も言及しません。しかし邪神教の発言だけは絶対に許すことはできません。陛下、そして教皇猊下に報告させていただきます」
「わ、私はあなたの母親よ!?陛下だけでなく猊下にまで報告するなんてなんてことを言うの!全部あなたのために――」
「あなたが私の母親だったことなんて一度だってないでしょう!あなたが私に何をしてくれましたか?都合のいい時だけ母親などと言わないでください。私を育ててくれたのはおじい様たちとユーリディア様です!あなたではない!」
「そなた、ユーリディアと知り合いだったのか」
その声にはっとしてレオナルドは振り返った。そこには扉に寄りかかってこちらを見つめる国王がいる。話に夢中になりすぎて周りが見えていなかったせいでいつから国王に話をきかれていたのかわからない。
「邪神教のことについてはさすがに私も看過できないな。女神様に対する侮辱だ。教皇には私から話をしておこう」
「も、申し訳ありません、陛下」
女神教において邪神教について大っぴらに語ることはタブーとされている。王妃が興奮していたとはいえ邪神教に誰かが操られているなんてことは絶対に口に出してはならないのだ。ましてや教会の次に神聖な場とされている王宮でそんなことを言えば背信者だと後ろ指を指されてもおかしくない。あのアンジェリーナやジェシカですら邪神教について話を持ちだすようなことは決してしなかったくらいだ。
「謝る必要はない。私はそなたを勘違いしていたようだ」
「え……?」
「そなたに話がある。だがその前に――王妃」
国王は寄りかかっていた扉から体を離すとゆっくりレオナルドたちのいるテーブルに近づいてきた。彼はそのアメジストの瞳に王妃をしっかりと映している。レオナルドの人生の中で国王が王妃を呼んだ姿は初めてだった。
「私に言いたいことがあるなら言え。今なら聞いてやる」
「へ、陛下……」
「早くしろ。王太子にも話すことがある。それにもうすぐユリアーナがダンスのレッスンだ。遅れたくない」
どう考えても後半部分が本音でレオナルドとの話はおまけだったらしい。レオナルドは国王のあまりの素直さに思わず苦笑いを零す。ようやく話しかけてくれた国王に王妃が一瞬顔を輝かせるが、ユリアーナを優先させる国王にすぐに真顔になった。
「………は、ははっ」
「?」
王妃は突然ボロボロと涙を零しながら力なく笑っていた。その姿を不思議そうに見ながら国王は首を傾げる。
「結局、わたくしは、選ばれることはないのですね」
「選ぶ?選ぶも何も、王妃という椅子に座ることを選んだのはそなただろう」
「違う、違います、わたくしは……」
「何が違う?ユーリディアと出会う以前から私はそなたに言っていただろう。私はそなたに王妃としての役割しか望んでいない、このまま婚姻すればお飾りの王妃となるからいつでも私の有責で婚約破棄してかまわないと。ユーリディアと出会ってからも同じことを繰り返し言ったがそなたはお飾りで構わないと言った。私とそなたの両親がいくら婚約を解消するよう説得しても頑なに王妃になると言ってきかなかったではないか。そなたが選んだ通り王妃となり、そなたの子は王太子となって万全の地位を築いた。王妃になりたいというそなたの願いは叶ったのに何が不満なんだ?」
心底意味がわからないといった風に国王はただただ首を傾げている。言葉も表情も一切感情が入っておらず、最愛の女性を殺した相手だというのに憎しみすらなく王妃への無関心さが現れていた。そしてこの会話から察したが王妃が国王を好いていることを彼が知らなかった事実にレオナルドは驚いた。てっきり王妃の想いを知っていながら国王は無視していたとばかり思っていたからだ。国王と王妃、二人の認識そのものが最初からずれていた。自ら動こうとしなかった王妃が国王に想いを伝えているはずがない。誰かがそれとなく教えていたと思っていたがそれもなかったらしい。国王は彼女が王妃という役職になりたくて王妃になったと思っている。であれば何故王妃がユーリディアを殺害したのか動機もきっとよくわかっていないだろう。ユーリディア以外に全く関心のない国王が王妃の持つ嫉妬と愛憎を感じ取れるはずがない。蓋を開けば至極単純なことだった。
王妃は口をパクパクさせてわなないている。自分の想いが国王に全く伝わっていなかったことにようやく気付いたらしい。そしてどこまでいっても国王が自分に無関心であったことにショックを受けている。王妃の顔色は青から白に変っていた。
余談ですが作中一番のイケメンはシリウス国王、次いで彼に似たツェッドだったりします




