王妃とのお茶会② sideエミリア
王妃の兄であるアルメーニャ公爵は宰相職を辞めてからすぐ家督を子息に譲り、領地へ旅立ったそうだ。エミリアは薄く黒ずんだスプーンを見つめた後、王妃へ射止めるような眼差しを向ける。途端に王妃は笑みを無くして真顔になった。そして刺すような鋭い視線をエミリアに向けてくる。間違いない、エミリアが目覚めた日に食堂で感じたものだ。王妃はあの側妃アンジェリーナ以上に苛烈な想いをその穏やかな笑みの裏側に隠し続けていたらしい。
「どうして、わたくしの前から消えてくださらないの?やっと、やっとあの女が消えてくれたのに」
「………」
「陛下のことなんて欠片も愛していなかったくせに。なのに、陛下からは心から愛されていたわ。そこに胡坐をかいて堂々としていればまだ素直に憎めたけど、いつもわたくしの顔を立てて、身の程をわきまえていて真面目で謙虚で……やっといなくなったと思ったら今度はあの女と同じ顔をしたあなたが現れた。負け犬みたいに惨めに地面へ這いつくばっていたはずなのに――また、わたくしから全てを奪うつもりなの?」
明確に言わないがあの女とはユリアーナの母、ユーリディアのことだろう。それは怒りなのか悲しみなのか、身体を震わせながら王妃はエミリアを強張った表情で見つめてくる。エミリアはスプーンをテーブルに置くと、お茶の入ったカップを見つめた。
「このお茶は、隣国の高級茶葉に南国の薬草を混ぜたものですね。この二つを組み合わせることでお茶の味と香りがより引き立つ。でも実際は逆で、茶葉が薬草の効果を増幅させていて、その副作用として味と香りが強くなっただけにすぎない」
「……」
「何故私がこのお茶について知っているのか、答えは簡単です。陛下が実際にこのお茶を私に見せて、教えてくださったのです。この香りのお茶は絶対に飲むなと。ユーリディア様を死に追いやったものだと言って」
「え……」
エミリアの言葉に王妃は目を見開いて顔を青ざめさせた。うそ、そんなはずない、とブツブツと繰り返す。国王は全て知っていた、その事実は彼女を絶望させるのに十分だったらしい。その姿に哀れみを感じながらエミリアは席を立った。
「ユーリディア様と会う度に美容に良いと言ってこのお茶を出していたそうですね。実際このお茶は美容に良いのは本当ですから嘘ではありません。毒性も低いものです。ただ、飲み続ければやがて子のできない体になる避妊効果もあった。そして毒が少しずつ蓄積されて最悪命を落とす。今日私にこのお茶を出したのは、私が気に入ることを想定して薬草入りの茶葉を持たせるつもりだったのでしょう?でも残念ながら私はお茶について特にこだわりがありますの。このお茶は好みではありませんね」
「……わたくしを、どうするつもりですか?」
「別に、どうするつもりもありません。王妃様には何もしないでいただきたいだけです」
震えながら王妃はエミリアを睨みつけてきた。おそらくエミリアが今日のことを国王に告げ口することを恐れているのだろう。だがそんなつもりは全くない。だって、告げ口しなくてもあの国王はきっと全てを知っているからだ。
「王妃様、私はあなたや陛下、ユーリディア様との間に何があったのか興味はありません。私の願いは生きることです。王女として周囲に認められ、第二王子と共に王太子殿下を補佐しながら笑って次の誕生日を迎える。それが、今の私の目標です。それを邪魔する者は、私の持てる全てを使って排除します。誰であろうとも」
「あ、あなた、一体誰なの?本当にあのユリアーナさん、なの?」
エミリアの発言に王妃の視線は恐怖と憎しみの混ざったものから得たいの知れない者を見る目に変わった。なかなか核心を突くことを言ってくれるではないか。エミリアは綺麗な笑みを浮かべると、その質問には答えず立ち上がって美しいカーテシーをした。
「王妃様、私は王になるつもりはありません。この先王太子殿下がご成婚し、お子が授かればいずれ私もどこかへ嫁ぐ身です。それまでどうか、私のことはこれまで同様放っておいてください。私が王妃様へ願うのはそれだけです」
そう言い終わると、エミリアは扉へ向かって歩き出した。扉の取っ手に手をかけようとしたところで振り返る。
「王妃様、これは余計なお世話かもしれませんが過去のことばかり見つめていないで未来を見てください。陛下のような方にはさっさと見切りを付けて王妃様の好きなことをなさればいいのですよ。王妃様の人生なのです。楽しんで生きなくては損ですよ」
呆然とする王妃を残してにこ、と笑ってエミリアは退室した。王妃はしばらく間、エミリアが出て行った扉を見つめ続けた。




