王妃とのお茶会 sideエミリア
「こんにちはユリアーナさん。お元気になられてなによりだわ。今日のために隣国の茶葉を特別にブレンドしたものを用意したの。それに茶菓子はわたくしの実家お抱えのパティシエが作ったものでどれも絶品よ。是非召し上がって」
優しい声と笑顔でエミリアにお茶を進めてくるのはガージル王国王妃メアリーだ。なんで王妃とお茶をしているかというと、国王の留守中にあちらから接触してきたからである。ツェッドたちと話し合ってから数日間勉強漬けの毎日を送っていたエミリアは王妃からのお茶の誘いに喜んで食いついた。そろそろ誰かが接触してくると予想していたし王妃に確かめたいことがあったので誘いを断る理由がない。今日は清楚なドレスにナチュラルメイクという全体的に控え目な格好でお茶会に挑んだ。こういった装いはエミリアの好みではなかったが、ユリアーナが選びそうなドレスを纏えばすぐ側に彼女がいてくれる気がしたのだ。ちなみに今お茶をしている部屋にはエミリアと王妃の二人だけである。護衛や給仕は全員王妃に部屋から追い出された。
エミリアはお茶の香りを存分に楽しんだ後、カップに口を付けて飲むフリをした。その姿を見た王妃は満足そうに満面の笑みを浮かべている。
「早速で申し訳ないのだけれど、ユリアーナさんに良い縁談があるの」
「縁談、ですか」
「ええ、わたくしの従兄弟の子でね。将来有望な侯爵家の跡取りなの。ユリアーナさんの結婚相手としては申し分がないし、これからはアルメーニャ公爵家が全面的にあなたを支援するわ」
そうきたか、とエミリアは納得しながら作り笑いをするにとどめた。ユリアーナを自分の派閥に取り込めばレオナルドの地位は脅かされることなく監視もできて王家派としてはメリットしかない。王太后は王妃を優遇していたそうなのでアルメーニャ公爵家がユリアーナを抱えるというならおそらく文句は言わないだろう。エミリアの意思を除けば現状誰も争うことのない一番穏便な方法だった。エミリアとしてはさっさと消しにくると思っていただけに少し拍子抜けだったりする。
「王妃様の従兄弟のご子息とおっしゃいますと、ドナテール侯爵家のディオン令息ですわね。でもディオン令息は非公式に四度の婚約解消をなさっているとか」
「えぇ、そうね。でも彼はとても誠実な人よ。婚約解消は全て相手の家から言い出したことだから彼に瑕疵はないわ」
「そうですね。令息がお母様のことが大好きで婚約者と母親を常に比べるなんてよくある話ですし。それに母親似の人形と一緒に眠るなんて気持ちの悪い趣味をお持ちの方となんて瑕疵どころかそれ以前に願い下げですもの。世の中どんな殿方がいるかわかりませんね、王妃様」
にっこりと営業スマイルでエミリアは言い切る。こんな気持ち悪い性癖の令息と結婚なんてお断りだと遠まわしに言った。令息のマザコンについては秘匿されているためエミリアがすでに貴族間内部の情報に詳しいこともこれで伝わっただろう。国王にお願いをして詰め込みで勉強をした甲斐がある。王妃は笑顔こそ崩さなかったが口の端がピクピク動いているので言い過ぎたかなとほんの少しだけ反省した。
「まぁ、ユリアーナさんにも好みがあったのね。良いことを知りましたわ」
「それは何よりです」
「ではもう遠慮する必要はないですね。ユリアーナさん、この縁談を断るのなら今すぐ王位継承権を放棄なさい」
いきなり本題へ突入した。もう少し腹の探り合いをするかと思ったが王妃も存外気が長い方ではなかったらしい。穏やかな笑みを崩さず言い切るその姿勢はさすが王妃だがいささか短絡的ではないだろうか。
「私は王になるつもりもありませんし、王位継承については陛下と話し合いの上放棄するつもりです」
「王になるつもりがないというなら今すぐ態度で示してください。陛下は貴族間の混乱を防ぐために、第二王子を我が王家派で育てることを命じられたのですよ?陛下が築き続けたこの国の安寧を崩すようなことはあってはなりません。今のユリアーナさんならレオナルドが王太子であることが一番平和であるとおわかりでしょう?わかるのなら、どうか今すぐ継承権の放棄をしてください。この国のため、これ以上混乱を招かないためにも必要なことなのです」
「国のためとおっしゃるならなおさら今すぐ継承権の放棄はできません。せめて王太子殿下にお子ができてからです。王太子殿下に万が一のことが合った時、ガージル王家の血筋を絶やすようなことがあってはなりませんから。それに」
エミリアは一度言葉を切ると目の前に置かれたカップを持ち上げた。良い香りのお茶が入っているそれをわざとらしく揺らして見せる。そして袖に隠し持っていた銀製のティースプーンをカップの中に入れると、スプーンはうっすらと黒ずんだ。
「この国の安寧を崩すような事態を招いたのは陛下の信頼を失ったアルメーニャ公爵のせいであって、私のせいではありません。ああ失礼、前アルメーニャ公爵でしたね」




