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王子たちとの邂逅④ sideエミリア




「ユリアーナの後ろ盾か……今はかなり情勢が不安定だからね。これが落ち着いたら中立派かラフィリア商会の派閥商会の貴族に頼むのが妥当かな。だがおそらく後ろ盾については陛下がすでに動いていると思うからそれ次第になると思う」

「ここはいっそ父上にお任せしてしまった方がいいんじゃないか?」

「任せるって言っても後ろ盾について陛下は全く教えてくださらないのよ。私の今後の人生がかかってるのに当事者に何も教えないなんて後ろ盾を考えてないかもしれないじゃない。だからこうやって二人に色々聞いてるんでしょ」


話し合いにレオナルドも加わりエミリアの今後について具体的な話ができるようになってきた。レオナルドは最初ツェッドと同じくこれまでのことについて謝罪してきたのだが突っぱねる。食堂でのことのみ謝罪を受け取り情報収集を優先した。完全に信用しているわけではないがやはりユリアーナの血縁者で家族だ。悪魔がいる以上味方にしておいて損はない。それにいつまでも家族でわだかまりがあってはユリアーナが報われない気がして仲良くしたいというのが本音だったりする。

一方のレオナルドは異母妹のあまりの変わりように何とも言えない顔をしたがツェッドが首を振っていたので言いたいことは全て飲み込む。食堂でも彼女の変わりように度肝を抜かれたが改めて話してみても別人のようにしか思えない。だが何はともあれ彼女がこの王宮で懸命に生きようと努力していることは十分伝わった。これまでの傍観を貫いて助けてあげられなかった罪悪感もあり、せめてその手伝いができればと思いながらレオナルドは異母妹の言葉に耳を傾ける。


「いや、あの陛下が何も考えていないはずはないよ。ましてやユリアーナのことだ。お言葉は少ないけれど、きっと君が不利な状況にならないよう手を尽くしてくださっているはずだ」

「それならいいけれど」


エミリアはお茶を飲みながら王子二人を横目に見た。それにしてもこの兄妹はジェシカも含めて全員顔が似ていない。ツェッドだけが国王シリウスに顔が似ており、あとの三人は全員母親似で共通しているのはガージル王家にのみ受け継がれるアメジストの瞳だけだ。エミリアのいたポーレリア王国を含めた諸外国は側室を持たない一夫一妻制だったので側室制度のあるガージル王家にとても違和感がある。別に女神教では一夫多妻を禁止していないから問題はない。だが王になれば配偶者を複数持たなくてはならないという点はどうしても許容できなかった。エミリアの両親のように特定の誰かとのみ愛し愛されるような結婚がしたい。まぁ、王族になった以上それも難しいだろうけど。


「そういえば、何故私には後ろ盾がいないのですか?いくら母が没落貴族でも側室になるのなら最低限の後ろ盾くらい用意されていたはずでは?」

「それは陛下のお母様、王太后様がユーリディア様を側室に迎えることに反対なさっていたからだよ。ラフィリア家に睨まれたら誰も手出しできなかったから、あの方は陛下がおひとりで守っていたんだ」

「なるほど、それで」

「ああ、それがユリアーナが皆に無視され続けていた最大の理由でもある。ラフィリア家は伯爵だが力は絶大でね、その辺の貴族なんて一瞬で潰せる。ユーリディア様が亡くなられて陛下が何も言わなくなってしまってから皆どう接していけばわからなかったんだ。下手に接して王太后様の怒りを買えばラフィリア家に何をされるかわからない。だから皆のとった最善策が無視をすることだったんだよ」

「そうだったのか」

「ちょっと、あなたはちゃんとその辺わかってなさいよ」


一人納得するツェッドにエミリアは突っ込んだ。だがわりと重い話になってしまったのでツェッドの発言で少し空気が軽くなった点は良しとする。

レオナルドやツェッドの話を聞いてようやくユリアーナの置かれた境遇の全貌が見えてきた。あの国王でもさすがに母親はどうにかすることはできなかったようだ。だが話を聞く限り、その王太后をどうにかしない限り後ろ盾を得られるかもわからない。ここは国王にもっと頑張ってもらいたいところだ。


「やっぱり陛下に相談するしかなさそうね。はぁ、先が思いやられるわ」

「ユリアーナなら大丈夫だよ。陛下もいるし、これからはなるべく私も協力する。罪滅ぼしにもならないが力になりたい」

「俺も協力する。とはいっても剣の腕以外はからっきしだけど、できることなら何でもするから言ってくれよな」

「その必要はない」


王子二人の言葉を冷たい声が一刀両断した。振り返ると無表情の国王だ。エミリアに向ける穏やかな表情とは無縁の完全なる無の表情である。せっかく和やかな雰囲気で終わりそうだったのに国王の一言で台無しになるとは迷惑極まりない。それにしてもこの三人、人が何かしているところによくもまぁ割り込んでくるものだ。


「お言葉ですが陛下、殿下たちとは大変有意義なお話しができました。せっかく皆揃ったのです。よろしければ陛下も一緒にお茶をしませんか?」

「えぇっ!?んぐっ!」


ツェッドが素っ頓狂な声(三回目)を上げようとしたところでレオナルドが素早く彼の口を塞いだ。さすが兄王子、弟の性格をよくわかっている。それにしてもこの重たい空気の中でツェッドはよくそんな反応ができたものだ。ある意味尊敬できるかもしれない。

国王はエミリアの言葉に不思議そうに首を傾げた。


「何故王子たちと一緒の席に着く必要がある?」

「殿下たちも私と同じ陛下の御子です。それに私たちには話し合いが圧倒的に不足しています。よい機会ですし、一度は家族で話し合ってみるのもいいと思いますが」

「私にとって家族はもはやユリアーナ唯一人だ。家族ではない者と過ごす価値を私は見いだせない。時間の無駄だ」


真顔でさらっととんでもないことを言う国王にエミリアはあっけに取られた。この家族、思った以上に闇が深かったらしい。国王はレオナルドとツェッドに嫌悪を通り越して完全に無関心になっている。彼にとって王子二人はそこにただいるだけの『王子』という役割的存在なのだ。エミリアの知る家族の関係とかけ離れすぎているし、あんまりな物言いに思わず言い返した。


「無駄などと何故言い切れるのです?陛下は彼らと一度でも向き合い、会話をしたことがありますか?碌に話したこともないのに第三者からの報告だけで相手のことを全て知れるとでも?陛下ともあられるお方が対話の大切さを知らないはずがありません。なによりも血の繋がった者に対してその発言はとても悲しいことです。相手を顧みない発言は不幸と孤独を招くだけです」


凛とした表情でエミリアは国王を真っすぐ見つめた。国王は何も言わずエミリアを見つめ返し、空気が張り詰めていく。レオナルドとツェッドは複雑そうな表情で二人の様子を伺っていた。やがて国王は視線をエミリアから床に落とすともう一度エミリアと視線を合わせる。


「軽率な発言だった。今後は気を付ける」


短く簡潔な言葉に表情を一切崩さずエミリアは心の中で盛大にため息をついた。本当はレオナルドとツェッドに謝ってほしかったが今の状態では無理だろう。一応自分の発言に非を認めてくれたし、正直エミリアも国王に対してかなり不敬な発言なのでこれ以上何か言うつもりはない。まぁ、言ったことは後悔していないけど。


「陛下の寛大なお心に感謝いたします」


エミリアが形だけのカーテシーをするとようやく空気が軽くなった。側で見守っていたレオナルドたちもほっとした表情だ。


「ユリアーナ、そなたは王になりたいか?」

「え、なりたくありませんけど」


そんな中空気も読まずに国王がいきなり予想をはるかにぶっ飛ぶ質問をしてきた。あまりの突然さにエミリアは思わず素で答えてしまった。まずいと思った時には遅く、レオナルドとツェッドは顔を強張らせて国王の様子を伺っている。さきほどの張り詰めた空気よりも変な空気になってしまった。かなりデリケートな話題をよく考えもせず発言してしまったことを後悔したがこれならまぁいいかとエミリアは開き直る。どうせ王になどなる気はないのでここではっきり言っておいた方がいい。


「そうか、ユリアーナが望まないならいい。それより先ほどの外国語の授業ではすまなかった。そなたに対して失礼な発言をしたことを謝罪させてくれ」

「こちらこそ、大声を出して申し訳ございませんでした」

「謝罪は不要だ。私のせいだからな。それに後ろ盾のことだが何も心配はいらない。話がまとまり次第すぐに報告しよう。さぁ、もうすぐ刺繍の時間だ。教師が待っているから移動しよう」


国王にとって王位継承についてそうかの一言で済むことらしい。いやダメでしょ!とエミリアは内心突っ込みまくるが彼はエミリアの肩に手を回してやや強引に移動を促した。無理矢理話を変えられた感が否めないが、時間的にも引き時だ。少しだがレオナルドとツェッドと話せたのでここは大人しく従うとしよう。


「王太子殿下、ツェッド。またお話ししてくださる?」

「あ、それは……」

「俺でよければいつでもいいぞ」


一瞬言い淀んだレオナルドとは対照的にツェッドは素直に頷く。ぎょっとしてツェッドを見るレオナルドをよそに言質をとったエミリアはにやっと笑った。


「あらありがとう。それじゃあまたね!」


ひらひらと手を振りながらエミリアは国王と一緒に温室を出て行った。呆然とするレオナルドと手を振り返すツェッドを残して。

そんな王子たちを国王はチラリと振り返ると、前を向いてエミリアの肩に回した手に少しだけ力を入れた。





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