王子たちとの邂逅② sideエミリア
温室が空いているとのことで勉強道具を持って中庭の温室へ行くと、しばらく一人で勉強に勤しんだ。本当はエミリアに教師が付いているのだが、教師が教える前に国王がエミリアの質問に答えるのでほとんど空気状態だったりする。あれでは教師が気の毒なので毎度国王が退席した後、教師に細かい部分の質問をしていた。わりと国王に振り回されているなと思いながら覚えたい部分をサラサラと書き写していく。
「ユリアーナ」
夢中になって勉強していると不意に声をかけられて顔を上げた。そこにはこちらを伺うように第二王子のツェッドが立っている。
「その、少し話がしたいんだが・・・今、いいだろうか?」
「えぇ、どうぞ。こちらにお掛けになって」
「あぁ、やっぱ駄目だよな・・・えっ!?いいのか?!」
エミリアの答えが意外だったのか素っ頓狂な声を上げてツェッドは驚いた。エミリアとしてはそろそろ国王以外の王族と話をしたかったのだ。王子たちを紹介してくれるといいながらちっとも紹介する気のない国王にこちらから突撃しようと思っていたので丁度いい機会である。戸惑っているツェッドをよそに広げていた教材やノートを片付けるとマルティがいそいそと二人分のお茶を用意した。
いまだに驚いて固まっているツェッドに早く座ってと目で訴えると彼は慌ててこちらへやって来た。恐る恐る椅子へ座ると彼はちらちらとエミリアの様子を伺ってくる。所作が子供っぽいと感じながらもエミリアはツェッドを真っすぐ見返した。
「私はガージル王国第二王女、ユリアーナ・ガージルです。あなたのお名前を伺っても?」
「え?俺の名前を知らないのか?」
「存じません。食堂では記憶を無くした私がいくら尋ねても教えていただけなかったので」
にっこりと笑うエミリアにうすら寒いものを感じながらツェッドは無意識に背筋を伸ばした。これは絶対に敵に回してはいけないと本能が訴えている。
「あ、えぇと、俺はガージル王国第二王子、ツェッド・ミロー・ガージルだ。俺は元第二側妃の子で君と腹違いの兄になる。その、食堂でのことも含めて謝りたくて来たんだ。今まで本当にすまなかった」
「……食堂のことについての謝罪は受け取ります。しかし私が記憶を無くす前のことに関しては受け取るつもりはありません。許す以前に私はあなたを全く知りませんから」
「ぁ・・・そうだな。すまない、先走ったみたいだ。記憶を無くしてるのにいきなりこんなこと言われても困るよな。でもユリアーナにはずっと謝りたいと思っていたんだ。俺の自己満足でしかないがどうか謝らせてくれ。母上と姉上が本当にすまなかった。ユリアーナへの仕打ちを止めることもできず、助けることも――」
「ちょっと待って。あなたの自己満足を私に押し付けたいだけなら帰ってちょうだい。私は昔のことを謝ってほしくてあなたと話したいわけじゃないの。だいたい私が記憶喪失なの知ってるでしょ?知らない時のことを謝罪されても後味が悪いわ。私が知りたいのは今現在何が起こっているかなの。しみったれた空気を出してないでしゃきっとして」
「………」
絶句しているツェッドにかまわずエミリアは言いたいことをズバズバ切り込んでいった。今は謝罪なんかより情報収集が最優先事項だ。せっかくツェッドから会いに来てくれたのだからなおさらである。国王の妨害がないうちに聞けるだけ聞いておかなければならない。でも自らエミリアの元へ来て謝罪してきたその気概だけは受け取っておこうと思った。
ツェッドは先ほどまでおしとやかな令嬢のような振る舞いから不遜な態度になったユリアーナに驚きが隠せない。いつもおどおどして人の機嫌を伺っていた以前の姿とはかけ離れている。異母妹の変わりように言葉がでないがこのままではようやく掴んだユリアーナとの対話の機会を失うことになる。ユリアーナのスケジュール管理は国王が行っており、ツェッドを含めた王族や高位貴族とは一切接触を断たれていた。今はたまたま温室へ向かう給仕を見かけてもしかしてと思い、追いかけてみたらやっと会えたのだ。これまでの謝罪を受け取ってもらえなかったのは残念だが彼女の言う通り話したいと思った。ツェッドは姿勢を正すと彼女と向き合う。
「わかった。この話はやめにする・・・変わったな、ユリアーナ」
「あらそう。それで、ツェッドは私と実のある会話をする気はあって?」
「いやお前、兄貴に向かって呼び捨てはないだろ!」
「逆に聞くけど、今まであなたが私の兄だったことはあるの?」
「……ありません」
「ならそれでいいわね。さてと、私は今知りたいことがたくさんあるの。知っていることでいいから答えてちょうだい。これからよろしくね、ツェッド」
エミリアは友好の証に手を差し出した。ユリアーナの記憶にツェッドの記憶はほとんどなかったが、一連の会話でなんとなく人柄がわかった。こうやって自らエミリアに会いに来て謝罪をしたり、言われたことに対して素直に答える点は個人的に好感が持てる。正直すぎて駆け引きには向いていないがお人好しを感じるので悪魔と関わるようなことはないだろう。あの気性の荒い元側妃アンジェリーナの子とは思えなかった。
「あぁ、よろしく……」
なんだかうまく丸め込まれているような気のするツェッドは微妙な顔になりながらもユリアーナから差し出された手を握り返した。なんとなくだが今のユリアーナとは気が合いそうである。罪滅ぼしにもならないが今までの分の謝罪も込めて彼女と誠実に向き合いたいと思った。




