目標達成? sideユリアーナ
「エミリア、大丈夫か?」
「あ、はい!なんでもありません大丈夫です!」
「ならいいが……それで、これからどうしたい?エミリア次第でもあるが、私たちとしてはこの婚約解消を含めた一連の問題が解決するまで療養の名目で領地に行ってもらおうかと思っているんだ。王都から遠いがエレガルド皇帝の騎士が常駐しているから身の安全は保障できる」
ユリアーナの苦悶する表情が出ていたのだろう、公爵夫妻は心配そうにこちらを伺っているが慌てて答えた。表情をなんとか取り繕うと顔を上げて公爵に向き合う。
「私は先日お話しした通り、王太子殿下との婚約は解消していただきたいと思っています。それから、その、もし許されるならエレガルド帝国に行きたい、です」
「エレガルド帝国へ?それは、理由を聞いても?」
「日記を、見つけたんです。そこには殿下の仕事を手伝っていたこと、側近たちの尻ぬぐいをしていたことが詳細に書かれていて……それを読んだらこの国に自分がいることが間違いな気がしたのです」
「……そうか。エミリア、後でその日記を見せておくれ。さすがは我が娘、だな。これで婚約解消がスムーズにいくだろう」
「エミリアちゃん……」
目を伏せる公爵夫妻によし!と内心ガッツポーズをする。この流れならきっとエレガルド帝国へ行けるはずだ。もう一押しだとユリアーナは慎重に言葉を選ぶ。
「これから殿下と婚約解消をすれば、何も起こらないわけがありません。私がエレガルド帝国という後ろ盾を持っている以上、それを利用しようとする者は必ず現れるでしょう。貴族の婚姻は契約ですから、お互いの合意があれば政略結婚も承知の上です。でもそれをする覚悟が今の私にはありません。学園も、私の身に起こったことを考えれば正直一人で通うことは恐ろしいのです。それほど私は今、この国の貴族に不信感を持っています」
「エミリア……」
「もし、皇帝陛下のご迷惑にならないようでしたら一年間だけでかまいません。見聞を広めるために留学という形でエレガルド帝国へ行きたいです。今はこの国とは距離を置いて、お母様の故郷でこれからのことを考えていきたいのです」
ユリアーナは切実に訴えた。悪魔が動き出すまでのタイムリミットはあと二週間。それまでになんとしてでもエレガルド帝国へ行って女神教の教会本部で女神様の加護を得たい。ポーレリア王国の教会にも連れて行ってもらったがユリアーナの祖国であるガージル王国より信仰が遥かに劣っており、これでは女神様の加護など到底望めそうにないと感じた。少しでも自分の身を守れるようにしておくためにも絶対に必要なことだ。
「エレガルド帝国か……」
「……ヒューバード」
「ああ、わかっている。でもな……」
「あ、あの、もしかして、私がエレガルド帝国へ行っては不都合が……?」
公爵夫妻の戸惑いにユリアーナは戦慄した。エレガルド帝国へ行けなければ今の計画は全て水の泡だ。この大陸でもっとも女神教の信仰が厚いのはエレガルド帝国であり、伯父である皇帝もエミリアには甘いと本人が言っていた。生憎エミリアの体にはエレガルド皇帝の記憶が曖昧でよく覚えていないがいつもエミリアを想う手紙やプレゼントを贈ってくれるので嫌な思いはしていなかったはずだ。どうしようと内心大いに焦りまくる。
「いいえ、違うわエミリア。不都合なんて全然ない。むしろお兄様は喜んであなたを迎えるでしょうね。ただ、エミリアに起こった一連の出来事を踏まえると、今エレガルド帝国へ行ったら二度とポーレリア王国に帰って来られなくなるかもしれないの」
「え?帰って、来れない?」
エレガルド帝国へ行けることに安堵したがポーレリア王国に帰れないとはどういうことだろう?首を傾げていると公爵夫妻は困ったように口を開いた。
「皇帝陛下はエミリアをそれはそれは溺愛していてな。エミリアが3歳の時、皇帝陛下にエミリアをお披露目しに行った時は陛下がごねて滞在が1カ月延長になってしまったほど大変だったんだよ。最終的にレイチェルが帰らないでくれと泣きわめく陛下にアッパーと回し蹴りを数発叩き込んでなんとかポーレリアへ帰ってこれたんだ」
「…………」
とりあえず、エレガルド帝国へ行けることはわかった。だがポーレリア王国に帰ってこれないのは少々まずい。ユリアーナ個人としてはポーレリア王国に未練はないのでエレガルド帝国へ永住できるのは最善の道である。しかしレクストン公爵家で嫡子はエミリア一人であり、王太子と結婚した際の跡継ぎはまだ決まっておらず貴族院でも継承問題になっていた。公爵に兄弟姉妹はいないので跡継ぎの養子にするならかなり遠い親戚になってしまうとのことだ。王太子とは婚約解消すると言ってもそうなれば公爵家は直系のエミリアが継ぐことになるのでいずれは話し合いが必要だ。また新しい問題が出てきてユリアーナは頭を抱える。
「でもエミリアがお願いすれば大丈夫じゃないか?あの通りの溺愛ぶりだ。かなり渋るだろうが帰省くらいはできるんじゃ……」
「甘い、甘いわヒューバード。あのお兄様よ?なにかにつけてエミリアを寄越せって言ってくる人が簡単に帰すわけないじゃない。帝国へ行ったらまず帰って来れないわね、絶対に」
「……やっぱりそうだよな」
「でも、今の状況では確かにこの国にエミリアはいない方がいいかもしれないわ。国王陛下も王妃殿下もエレガルド皇帝との同盟は悲願よ。それを決定付ける王太子殿下とエミリアの結婚は必要不可欠。今までは私が表立って賛成していたから何もなかったけど、私が婚約解消へ回ったとなれば黙っているはずがない。私がお兄様に言えば一瞬で解消だもの。最悪エミリアと既成事実を作ろうとしてくるかもしれないし、エミリアの安全を考えるならエレガルド皇帝へ行った方がいいわ。それに、エミリアを蔑ろにしてきた学園の令息令嬢、その親も含めてこの国の貴族たちにエミリアの存在がどれほど大事なものだったのかを改めて認識させる必要があるもの」
レイチェル様は強い意思を瞳に宿してユリアーナを見た。凛としたその表情は悪魔に立ち向かうことを選んだエミリアと瓜二つだ。ユリアーナは目を見開いてその美しい青い瞳を見つめる。
「エミリアちゃん、エレガルド帝国へ行きましょう。でも私とお父様はしばらくここへ残って王家と話をつけるわ。必ず後で私たちも向かうから先に行っていて」
「お母様……」
「大丈夫、もうエミリアちゃんは何も心配しないで。実はもう手は打ってあるの。だから安心してエレガルド帝国へ行きなさい」
その表情や仕草がエミリアにそっくりで、まるで彼女がユリアーナを元気付けてくれているようで泣きそうになる。そんなユリアーナを見て公爵夫妻は慌てて立ち上がるとユリアーナを抱きしめた。ユリアーナはレイチェル様のドレスをきゅっと掴むとコクコクと頷く。
「はい、エレガルド帝国へ行きます。必ず、必ずお母様たちも来てくださいね」
「もちろんよ。ああ、お兄様が鬱陶しいだろうけど適当に流していいからね。でも絶対にエミリアを傷つけるようなことはないわ。安心して行きなさい」
「エミリアばかり苦労させて本当にすまない。家のことは何も心配しなくていい。向こうに着いたらゆっくり考えなさい」
「はいっ……」
言いながら三人で抱きしめ合う。
ようやく、ようやく一歩を踏み出せた気がする。これでエレガルド帝国へ行き、教会本部で女神様へ祈りを捧げよう。少なくとも悪魔の脅威から少しは遠ざかることができるはずだ。ガージル王国にいるエミリアのことも心配だし、早く女神様と彼女に会いたい。うまく婚約解消に話がいくことの不安なのか、あるいはこれからエレガルド帝国へ行くことの緊張なのか、先ほどから心臓がバクバクと早鐘を打っている。それを落ち着かせるために公爵夫妻を抱きしめる少し腕に力を込めた。
ストックが尽きましたのである程度文字がまとまったら投稿します。当初は10万時程度で終わるはずだったのですがまだ話の序章っぽいところなのが自分でも不思議です…




