意外な事実と見落とし sideユリアーナ
「それでね、エミリアちゃん。その、謝罪の他にもう一つ言うことがあって……」
「回し蹴りのことですか?」
「っっ!!!!」
ユリアーナが率直に言うと彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクさせて固まった。正直あの時は恐怖で体が固まってしまい、呆然とすることしかできなかったが確かに彼女が回し蹴りするところを目撃した。エレガルド帝国の妖精と言われたレイチェル様とは想像もつかない姿だ。
「ふふ、実はねエミリア、お母様は祖国では大層お転婆で騎士たちと一緒に剣の稽古をしていたんだよ。ポーレリア王国では妖精と言われているけど、エレガルド帝国では姫騎士と呼ばれているんだ」
「ヒューバード!どうして私の黒歴史をペラペラとエミリアちゃんに言うのよ!一生懸命隠してきたのに!」
「だって私が言わないとずっとエミリアに打ち明けないじゃないか」
「そ、それはっ、だって、だってぇ……」
プルプルと震えながらレイチェル様は涙目になっている。なるほど、だからあんなに鮮やかな回し蹴りができたのか。ということは、ユリアーナがぶたれそうになった時マイクが突然吹っ飛んだのもレイチェル様が助けてくれたのだ。これまでの憤りは一度置いて、ユリアーナはレイチェル様にお礼を言った。
「お母様、あの時私を助けてくださってありがとうございます。ソフィアのこともすぐに指示を出してくれて……本当にありがとうございました」
「お礼なんていいのよエミリア。母が娘を守るなんて当たり前だもの。むしろ今まであなたを守らなかったことを謝罪させて。本当にごめんなさい。私はもう間違えないわ。だからこれからもあなたの母として接してほしいの」
「……」
「ああ、ごめんなさい。何も強要しているわけじゃないのよ。急に言われても困るわよね」
「いえ、あの……なんて答えればわからなくて……」
正直ユリアーナとしては彼女を許せないでいるが、これからのことを考えれば関係は良好なものにしておきたい。それにエレガルド帝国へ行くためにはレイチェル様の協力が必要不可欠だ。でもなんと答えたらいいのかさっぱり思いつかない。
お互いにもごもごとしていると公爵がパン、と両手を叩いた。そこまで大きな音ではなかったがユリアーナたちの意識が向くには十分な音だ。
「エミリアもレイチェルもこの話は一旦おしまいにしよう。時間はある、これからよく話し合い、お互いを知ってもう一度家族になっていこう。エミリアも、これからどうか私たちと向き合ってほしい」
「はい」
公爵の言葉を素直に受け入れると不思議と躊躇わずに返事ができた。公爵は笑顔で頷くとすっと真剣な表情になる。その顔を見てユリアーナは思わず姿勢を正した。
「それで本題だがエミリア、私たちはこれから国王陛下と話し合い、王太子殿下との婚約を本格的に解消しようと考えている。調べたてみたら記憶を無くす前のエミリアは学園で王太子殿下の婚約者として到底許されないほどの仕打ちを受けていた。ありもしない噂、身分が上の者に対する礼儀のなさ、殿下の側近の尻ぬぐいに仕事の手伝い……何よりもそれら全てを知りながら君を庇いもせず婚約者としての振る舞い一つしなかった殿下。そして極めつけは君が記憶喪失になるきっかけとなった階段からの突き落としだ。その件は私が動く前に陛下が突き落とした令嬢の一家と派閥を処分したので形だけは話が終わっているが全くもってよくない。学園を含め、この国の貴族たちはエレガルド帝国、そして国の同盟を軽視しすぎている。この国の公爵家として、皇帝と両国の良好な関係を約束した者として、そしてエミリアの父として、この婚約にもはや意味はないと考えた。お母様も同意見だ。それらの話も踏まえてエミリアの意思を改めて聞きたい。このまま殿下の婚約者でいるのか、それとも婚約を解消してレクストン公爵家の女公爵として家を継ぐのか。あまり時間はないがよく考えてほしい。私たちはエミリアの意思を尊重する」
この国の公爵としての顔でそう話す彼を見ながらユリアーナは内心あっけにとられていた。婚約解消できる決定的なもの、階段突き落とし事件があったではないか。国内の派閥争いはあれど、大国エレガルド帝国という後ろ盾のあるエミリアに危害を加えることは最悪国交断絶になりかねない。そこまで大事にならなかったのはエミリアに危害を加えた一派を王家がすぐに消して話をもみ消したこと、そしてレイチェル様が王太子との婚約に固執しすぎていたことで今まで有耶無耶になっていただけに過ぎない。どうしてこんなに簡単なことに気付かなかったのだろう。そこを公爵に突っ込みまくって学園でのことをすぐに調べてもらっていたらこんなに時間はかからずに済んだはずなのに。レイチェル様が反対してもユリアーナがもっと強気に押していればきっと公爵は積極的に動いてくれたはずだ。今すぐ壁の隅っこで三角座りをして家具の一部になりたい。色々深く考えすぎてしまうのはユリアーナの悪い癖だ。エミリアに会せる顔がないと心の中でがっくり項垂れた。




