公爵夫人の懺悔
エミリアの母、レイチェル夫人の視点になります
「エミリアは?」
「泣き疲れたようでお茶を飲んだら眠ってしまったわ。あの子があんな風に泣くなんて、小さい頃以来ね」
「そうだな、6歳の時にお気に入りのテディベアを枝に引っかけて腕を破いてしまったんだ。さっきみたいに大声で泣いて……あの子が素直な感情を私たちの前で見せてくれたのはあの時が最後だった。あの後すぐ王太子殿下との婚約が決まり、王妃教育であの子からほとんど表情が無くなってしまったから」
夫婦の部屋にやって来たレイチェルの手を取り、流れるような動きでソファまで公爵はエスコートをする。レイチェルははらはらと涙を流しながらソファに座ると夫にしがみついた。
「……私、あの子が学園で孤立していたのを知っていたの。令嬢たちからは嫌味を言われて、学園内だけでエミリアの悪い噂が流れていたり、殿下の側近たちの仕事をしていたり……知っていたの。全部、全部知っていたのよ」
「レイチェル……」
「でも私は全部無視したわ。エミリアのためだって、将来この国の王妃になるのはあの子なんだからそれまでの辛抱だって。あの子が学園のことで悩んで食事も碌に取れなくて、痩せていく姿は本当に辛かったわ。でもこれは全部エミリアのためなんだからと、私は自分に言い聞かせて、あなたにまで嘘をついて……」
記憶を無くす前のエミリアは何でも言うことを聞いてくれた。言語、ダンス、作法、刺繍……レイチェルがお願いしたものは全て習得した上に王妃教育も弱音一つ零さずにはげんでくれた。今思えば血の滲むような努力をしただろう。エミリアはレイチェルに似て勉強が苦手だったはずだから人の何十倍も努力をしたはずだ。それなのにレイチェルはエミリアのため、この国のためだと言って彼女が無理をしているのを知りながら勉強を優先させた。ヒューバードがやりすぎだと言っても聞かずに、どんどん王太子との婚約に固執していった。王太子の仕事を手伝っているのも、学園内でのことも知っていながら止めもせず見て見ぬフリをし続けて。
公爵は話しているレイチェルの顎を持ち上げて顔を上げさせた。美しい青い瞳から絶え間なく涙が溢れている。そのまま公爵は彼女を優しく抱きしめる。レイチェルはさらに涙を溢れさせて嗚咽しながら夫を抱きしめ返した。
「本当に私はバカだったわ!どうしてっ、どうしてこんな酷い仕打ちが全部エミリアのためになるのよ!あの子が突き落とされて、記憶喪失になった時も婚約のことしか考えていなかったわ。あの子の命に代えなんてないのにっ……でもあの子が食事が美味しいって、私たちと一緒に食事をしたいって言った時、ようやく自分がどれほどバカだったのか目が覚めてっ……ごめんさない、ごめんさないエミリア、ヒューバード!」
「そうだな、エミリアの学園でのことを黙っていたのは君が悪い。でも君が私に何か隠していることを察していながら君と向き合わなかったのは私にも責任がある。エミリアが無理に作り笑いをして学園のことを話していたのも知っていながら調べもしなかった。二人の言うことを信じたかったと言えば聞こえはいいが結局それは言い訳でしかない。そういう意味なら私も同罪だ」
公爵は抱きしめていたレイチェルの体をそっと離すと目を合わせた。彼女も泣きながらもしっかりと夫と目を合わせる。
「君の知っている限りでいい、学園でのエミリアを教えてくれ。すでにエミリアは階段から突き落とされている。このまま話を突き詰めていけば婚約は解消、あるいは破棄になる。そうなれば君とエミリアを架け橋にポーレリアとエレガルドが信頼し合えるような国にするという、皇帝陛下との約束を私は破ってしまう。君が兄君のために一生懸命この国に尽くしてくれたことも、全て無駄になってしまうかもしれない。それでも、それでも私にとって一番の宝物は君とエミリアなんだ。私の持てる全てを使って国王陛下と話をつける」
「ええ、それは私も同じ気持ちよヒューバード。エミリアのために私ももう、間違えないわ。お兄様には私から全て打ち明ける。最悪縁を切られるかもしれないけれど……あなたとエミリアが一緒なら私は何も怖くないもの」
公爵も涙を滲ませるとレイチェルは彼の涙を指で優しく拭った。お互い見つめ合うともう一度抱きしめ合う。
ポーレリア王国と祖国エレガルド帝国が良好な関係を築いてほしいと願ってきた。いまだにポーレリア王国の人々はエレガルド帝国を侵略国だと思う人は少なくない。たった一人の血の繋がった兄、現エレガルド皇帝の印象を良くするためにどうしても何か力になりたかった。彼は侵略を繰り返す狂王となった父、先代皇帝から国とレイチェルを守る為に立ち向かい、狂王を討ち取り玉座を得たのだ。そして兄の血の滲むような努力の末、エレガルド帝国は非常に温厚で平和的な国として現在大陸で一番の穀倉地帯となった。今でも先代皇帝のせいで距離を置く国も多いが、友好国や同盟国となった国も年々増加している。だからエミリアが生まれてきた時はチャンスだと思った。王太子とエミリアがポーレリアとエレガルド両国を繋ぐ架け橋だと信じて疑わず、王家から婚約の打診が来た時は二つ返事で了承してエミリアをこの国の立派な王妃にしようと誓ったのだ。これでエレガルド皇帝の印象は良くなる、兄も喜んでくれる、そう強く思い込んで。その勝手な思い込みがエミリアを不幸にしているとも気付かずに。兄も国のことよりエミリアのことを第一に考えなさいと言ってくれていたにもかかわらず、何も見えなくなっていた。
エミリアが生まれた時、どんなことがあっても守り抜くと女神様に誓ったのに、婚約のことばかり気にしているなんて今思い出しても愚かだ。エミリアがこんなに傷つけられていたのに自分は一体何をしていたのだろう。こんな親として失格で最低なこと、女神様の誓いに反する行為だ。
「エミリアに謝ろう。そしてこれからはあの子の幸せを考えていこうね」
「ええ、もちろんよ。ありがとう、ヒューバード。こんな私と結婚してくれて、愛してくれて、本当にありがとう。愛しているわ」
「不意打ちはよしてくれ、君に一目惚れをして求婚したのは私の方だぞ?そう簡単に私の愛が消えるわけないじゃないか。もちろん私も愛しているよ、レイチェル」
公爵夫妻は泣きながら愛娘の幸せを願い笑い合った。貴族は政略結婚がつきものだが愛娘には自分たちと同じように真に愛する人と結ばれてほしい。勝手に王太子との婚約を取り付けておいてなんだがエミリアが傷つけられているのを知った今、黙っているわけにはいかない。
今度こそ間違えてはならないと、心の奥底で無意識に思っていることには気付かずに。




