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因縁の相手 sideユリアーナ

話の区切りがつかなかったので少し長めになります




学園へ見学に行った翌日の早朝、ユリアーナは公爵家の門の前にいた。春を迎えたとはいえ朝はまだ寒い。冷たい風に身を縮めていると馬の蹄と車輪の音が聞こえてきた。顔を上げると上品な黒い馬車がやって来る。馬車はユリアーナのいる前まで止まると御者が優雅に一礼をして馬車の扉を開けた。


「やあ、エミリア。早く資料をくれ。君に挨拶をしている時間はないんだ」


真っ赤な髪を触りながら挨拶もなしに不遜な態度でそう言ってきたのはジュードの側近であるマイク・ルドガー公爵子息だ。ルドガー公爵家の次男でジュードの幼馴染であり、エミリアの天敵だ。彼こそエミリアが言っていた仕事のできない無能の側近である。本来側近がすべきサポートができず、エミリアや彼の従僕たちがその役割を担ってきた。王太子に必要な資料作成も本来はマイクの仕事なのだが、彼が作る資料はいい加減で所々スペルミスがあるし領主の名前まで間違う酷さだ。この酷さであれば王太子の側近になど落とされるはずだが、父親が宰相であることと何故かジュードが引き留めるのでそのまま側近の椅子に胡坐をかき続けている。しかもジュードがマイクの言うことを鵜呑みにしている節があり、資料でミスがあった時にマイクがエミリアのせいだと言えば簡単にそれを信じてしまった。ミスはマイクのせいなのにエミリアが否定しても彼女が理不尽に怒られるだけで結局彼の尻ぬぐいをさせられたのだ。そんなことを思い出していたユリアーナは冷めた目で何も言わずに手紙を差し出した。


「手紙?なんだこれは。資料はどうした?」

「王太子の婚約者が王族の公務を担うことは許されていません。ましてや側近の仕事など、私がする理由がありません。国王、王妃、その側近の仕事についての説明をこちらの手紙にしたためました。この手紙を王太子殿下にお渡しください。では、失礼します」


あらかじめ考えていた台詞を一気に言うと身を翻して足早に屋敷の方へ向かった。

言えた、ちゃんと言えた!エミリアのテディベアに向かって何度も練習した甲斐がある。これでもう王太子の仕事はやらずに済むだろう。言いたいことがはっきり言えるのはなんて素晴らしいのだ。エミリアへのこれまでの仕打ちを考えたらほんの些細なことかもしれないが、ユリアーナにとっては大きな一歩である。

本当は公爵夫妻にマイクの相手はしなくていいと言われていたがエミリアのこともあり、どうしてもユリアーナ自身でけじめをつけておきたかった。公爵に王太子や側近の仕事はもうやらなくていいときっぱり言われたその強みもある。もう嫌々仕事をやらなくていいし、相手と向き合えるようになるためにマイクに会うことを選んだ。もちろん緊張と恐怖で手汗がすごいし足が震えっぱなしだったが言えてしまえばこちらのもの。今は言い切った達成感ですがすがしさを感じるほどだった。


「待てエミリア!!」

「きゃぁっ!!」


思っていた言葉を言えてウキウキしていたユリアーナの腕が乱暴に掴まれた。痛みに思わず顔を歪めると怒りの形相をしたマイクがいて思わず身を引く。


「お前、そんなことを言って許されると思っているのか?俺が少し囁くだけでジュード殿下は簡単にお前と婚約破棄するんだぞ?」

「……」

「お前が婚約者でなくなればエレガルド帝国との同盟も無くなるな。それで一番悲しむのは誰だ?ん?お前の大好きなお母様はさぞがっかりするだろうなぁ?」

「……てください」

「は?」

「言ってみてください。この婚約が国にとってどれほど重要なものなのかわかっていらっしゃるなら」


マイクに睨まれてとても怖いがどこまでもエミリアを見下すその態度に腹が立って震えながらもユリアーナは睨み返した。目を合わせるのも怖いがこんな人にこれ以上エミリアを馬鹿にされるのが許せない。


「お前、本当に記憶喪失なのか?その生意気な目は以前と何も変わっていないじゃないか」

「……どうして記憶喪失のことを」

「そんなの殿下が教えてくれたに決まっているだろ。はぁ、うるさい女が大人しくなったと聞いていたのにつまらないな。お前の鼻っ柱が折れるのを見たかったのに」


エミリアの記憶喪失は現在この国のトップシークレットの扱いになっているはずだ。知っているのはごく一部、王家とレクストン公爵家、宰相だけだと聞いていたのにまさか王太子が外部へ漏らすなど何を考えているのだろう。ジュードとエミリアの婚約はエレガルド帝国との同盟が絡んでいるので婚約破棄になった場合、ポーレリア国側に多大な損失が出る。そのことを彼らは分かって言っているのだろうか。


「まあいい、今はそれより資料だ。お前のことだ、ちゃんと作ってあるんだろう?遅れたら俺の評価に傷がつくんだ、早く寄越せ。それで今日は許してやる」

「……資料はありません」

「はぁ?」

「資料はありません!自分のこともわからないのにいきなり領地の資料を作れだなんて無理です!側近のあなたの仕事なんだからあなたが作ればいいわっ!か、勝手に仕事を私に押し付けないでください!」

「お前、何様のつもりだ!!」


震えながらユリアーナは精一杯マイクに言い返した。すると彼はみるみる内に顔を真っ赤にさせて拳を振り上げた。その瞬間、マイクの真っ赤な髪にユリアーナを睨みつけるその形相が側妃アンジェリーナと重なる。途端に呼吸のやり方がわからなくなり、ひゅっと変な音が喉から漏れた。顔色を失ったユリアーナは拳が自分へ向かってくる光景がスローモーションのように見える。


「お嬢様!」


拳がユリアーナの顔に落ちる寸前で誰かが目の前に現れた。ゴン、と鈍い音と同時に誰かが目の前に倒れる。その人はエミリアの侍女であるソフィアだった。ぶたれた際、瞼が切れたのか血が流れていた。


「ソ、ソフィア……」

「お、嬢様……ご無事で……」

「あ、あぁ……」


体中の震えが止まらない。目から涙がボロボロと零れてユリアーナはその場に座り込んでしまった。その瞬間体がふわりと浮くような錯覚に陥る。マイクはソフィアが倒れて動かないことに狼狽えて顔が青ざめていた。


「ち、違う、ちょっと軽く殴っただけだ!それにこいつが突然飛び込んできたのが悪、ゴファッ!!」


マイクが言葉を言い終わる前に彼は後ろへ吹っ飛ぶ。鮮やかで上品なドレスを纏った女性がマイクとユリアーナの間に立ちはだかっていた。彼女は光り輝く金髪に真っ青な瞳、そして何よりその相貌はエミリアにそっくりの人物で……


「お、お母様……?」


どこからどう見てもエミリアの母、レイチェル様だった。ユリアーナは涙を零しながらもぽかんとしたまま彼女を見上げる。彼女はその細腕で軽々とソフィアを抱き上げると駆け付けた護衛騎士に渡す。


「フリーヌ、ソフィアを急いでブラック医師の所へ」

「かしこまりました」


護衛騎士が素早くソフィアを抱いて足早に去って行くと、レイチェル様は堂々とした足取りで頬が赤く腫れあがっているマイクの前までやってきた。


「貴様!私のエミリアに手を上げようとしたな!しかも我が公爵家の侍女にまで怪我を負わせるとは!か弱い令嬢に仕事をさせた挙句手を上げるなどそれでも名高きルドガー公爵家の人間か!!」


勇ましい騎士の如き台詞にユリアーナはあっけにとられて呆然と彼女を見つめる。それはマイクも同じだったようで殴られた頬を抑えながら驚愕の表情でレイチェル様を凝視していた。


「こ、公爵夫人?ど、どういうことだ?」

「貴様は暴行罪と脅迫罪で貴族院に訴える。スレード、ダドリー!この無礼者を騎士団へ連行しろ!」

「はっ!」


レイチェル様の命令に素早く駆け付けた公爵家の騎士がマイクを取り押さえる。マイクは混乱しながらも必死に抵抗していた。しかし屈強な騎士に敵うはずもなくあっさりホールドされると引きずるように連れて行かれる。


「おい離せ!俺はルドガー公爵家次男で王太子殿下の側近だぞ!こんな乱暴が許されると思うな!」

「それを言うならエミリアはレクストン公爵家の娘であり王太子殿下の婚約者だ。そしてエレガルド皇帝の姪でもある。爵位もない側近風情が暴力や脅迫をしていい相手ではないんだよ」


ユリアーナのすぐ後ろからレクストン公爵の声が聞こえた。振り返ると冷え切った目でマイクを見る公爵と公爵家の使用人たちがいる。急いで来たようでみんな少し息を切らせていた。公爵は震えるユリアーナの肩を優しく抱く。


「今までエミリアがどれほどの屈辱に耐えていたのかよくわかった。君がエミリアを脅し、暴力を振るおうとしたところは私も含めてここにいる全員が目撃している。侍女への暴行も含めてレクストン公爵家は正式に君を訴えるとしよう。おそらくエレガルド皇帝からも訴えが来るだろうから相応の覚悟をしておくんだな」

「ち、ちがう!脅してなんかいない!将来王妃になるならこれくらいやって当然だろう!?だいたい公爵夫人だって俺を殴ったじゃないか!立派な暴行罪だぞ!そもそもそいつが言う事を聞かないのがいけ、ぐはぁっ!」

「私のエミリアをそいつ呼ばわりするな無礼者!」


マイクが言い終わる前にバキッという音が響いて彼は完全に意識を失った。レイチェル様が腫れていない方の頬へ鮮やかな回し蹴りをしたのだ。そのまま騎士たちに引きずられて視界から消えてしまった。


「エミリア、すまない。みんな影で令息とのやり取りを見守っていたんだがまさか暴力を振るおうとするとは思わなかったんだ。怖い思いをさせたな」

「お、父様……」

「エミリア!!」


公爵にそっと肩を抱かれてもいまだに呆然としているユリアーナにレイチェル様が勢いよく抱き着いてきた。その力強さにひっくり返りそうになるが公爵が支えてくれたので事なきを得る。


「エミリア、ごめんなさい。お母様が全部間違っていたわ。殿下の仕事のことも、あなたが辛い思いをしていたのを知っていたのに、黙っていてごめんさない。自分のことばかりでエミリアのことなんにも考えていなかった……ごめんさない、ごめんなさい」

「ぅ、うぅ、うわああああああん!!!!」


二人の抱擁に安心したのかユリアーナは声を上げて泣きだした。マイクが振り上げた時、側妃アンジェリーナの姿と重なって本当に恐ろしかったのだ。それにエミリアの味方であり続けてくれたソフィアまで怪我をさせてしまったことがどうしようもなく悔しい。みっともなく大泣きするユリアーナを抱きしめながら大粒の涙を流してレイチェル様は謝り続けた。色々なことが一度に起こりすぎて何を話せばいいのかわからない。取り乱して泣き続けるユリアーナを公爵夫妻は優しく抱きしめて頭を撫でると手を繋いで3人で屋敷に戻った。いまだに嗚咽が止まらないが、優しく心強い公爵夫妻に手を引かれているうちにユリアーナの体の震えはすっかりなくなっていた。





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