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エミリアの気持ち sideユリアーナ




「エミリアにカヤ領の資料を明日までに作れだって?一体何の冗談だ」


学園から帰宅後、ユリアーナを温かく迎えてくれた公爵夫妻に王太子とのやり取りを包み隠さず全て話した。一言一句間違わず全てである。

それを聞いた公爵は顔から表情が消えていた。隣いるレイチェル様は戸惑いながら公爵の顔色を窺っている。


「あなた、何かの間違いじゃない?殿下がエミリアちゃんにそんなこと言うわけないわ」

「レイチェル、エミリアが嘘を言っていると?」

「そうじゃなくて、だってエミリアちゃんは記憶喪失なのよ?いくら婚約者でもこんな状況で仕事をさせるなんて殿下がするはずないじゃない」

「まさに今、殿下はそれをさせようとしている。レイチェル、信じたくないのはわかるが現実を見てくれ。殿下とエミリアの仲は良好だと君は言っていたがどうやらそれも調べ直す必要があるな」

「待ってヒューバード!エミリアちゃんがうまくやっていたのは本当よ!ただ少し、殿下たちの仕事を手伝っていたみたいで」

「君は!それを知っていて何故黙っていたんだ!ただでさえ王妃教育のせいでエミリアは食事すらまともに取れていなかったんだぞ!それに加えて殿下の仕事まで手伝っていたのを知っていながら何故止めなかった!?エミリアが目に見えて痩せていく姿を見て泣いていたのは嘘だったのか!?私たちの可愛いエミリアがどうなってもいいと言うのかレイチェル!!!」

「違う、違うわ!でもそれじゃ婚約が」

「エミリアの命と婚約どちらが大事かわかるだろう!今回のことは王家にきっちり抗議をする。婚約も見直そう。君が祖国と兄上を想う気持ちはわかるがそれに私たちのエミリアが犠牲になるのは間違っている。レイチェル、私たちにとって何が一番大切なのか、落ち着いてよく考えなおしてくれ」


公爵がレイチェル様にここまで怒ったのはエミリアの記憶にない。それにエミリアが王太子の仕事を手伝っていたことをレイチェル様が知っていたことに驚いた。これはエミリアですら知らなかったことでユリアーナはドレスをぎゅっと握りしめる。エミリアの苦しい生活を知っていながら黙っていたなんて正直彼女には失望した。


それにこれはきっと、エミリアが恐れていた光景だ。言えば自分のせいで両親の仲がこじれてしまう。それにこの婚約は国同士の契約が絡んでいるのでとても気軽に相談できるようなことではなかった。だからジュードの言葉を飲み込んで必死に彼女は隠していた。でもそれは間違いだし、この状況を変えなければユリアーナは悪魔から逃げきれない。公爵夫妻には申し訳ないがこちらは命がかかっている。今こそエミリアが言えなかったことを告白する時だ。


「お父様、お母様、ここで出されるお料理、とても美味しくて私は大好きです」

「エミリア?」

「その、王妃教育のこととか、今までのことはわかりません。でも、食事は皆で食べるのが一番美味しいと思いました」

「…………」

「だから、私、ごはんは皆で食べたい、です……」


口下手すぎてきちんと言えているのか自問自答するがこれは絶対に今言うべきものだ。だってこんなに両親を愛しているエミリアが家族で食事をしたくなかったはずがない。緊張で手を震えさせながらユリアーナは必死に言葉を紡ぐ。


「それに、王太子殿下は私が口答えをしたら困るのはお父様たちだって言っていました。エ、エレガルド帝国のことも言われて、私、す、すごく嫌でした。脅すような発言を続ける人が、これから国を背負っていく王太子とはとても思えません。そんな方と今の私では……この婚約が国同士で交わした契約であることは承知しています。しかしこの現状ではこの先、両国どちらにも不利益を与えかねません。どうか、婚約の見直しをお願いします」


ユリアーナが言い終わるとしばらく沈黙が続いた。恐る恐る顔を上げて公爵夫妻を見るとレイチェル様はドレスを握りしめて小さく震えながら俯いていた。公爵はそんなレイチェル様の手を取りながらユリアーナの方を真剣な眼差しで見つめている。


「エミリア、すまなかった。きっと記憶を無くす前のエミリアはもっと苦しい思いをしていたのだね。婚約のことは王家とは話をつけよう。本当にすまなかった」


泣きそうな顔になりながら公爵は頭を下げて謝罪した。それにどう返事をしていいのかわからずユリアーナがおろおろしているとレイチェル様が突然立ち上がってユリアーナを抱きしめてきた。驚きすぎてユリアーナは石像のように固まる。公爵も立ち上がるとレイチェル様ごとユリアーナを抱きしめた。


「あ、ぁう、あ、あのぉ……」


なんとか声を発したが公爵夫妻は抱きしめたまま全く動かない。

これはちゃんとエミリアとユリアーナの意思を言えた、と認識していいんだよね?

とりあえず自分の言葉で相手に伝えられた。その事実にほっとしながら自分を抱きしめ続ける公爵夫妻にそっと寄り添う。まだ家族の愛情はよくわかっていないけれど、彼らのエミリアへ向ける愛は本物だ。ユリアーナ個人へ向けられたものではなくても心が温まってふわふわして、とても心地がいい。


(私にも、いつかこんな風に愛してくれる人ができるかな……)


そう思いながら目を閉じる。今この時だけでいい、この心地の良い場所にいたい。今まで感じたことのない温かさに浸りながらユリアーナの目から自然と涙が零れた。




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