大っ嫌い sideユリアーナ
やっとネットが復活しました。連載を再開します。
引き続きユリアーナ視点となります。
「学園を見て回っていると聞いたがどうだ?何か思い出せたことはあったか?」
「いいえ、何も」
「そうか……エミリア、少し二人だけで話がしたい。お前たちは席を外してくれ」
「えっ」
「殿下、それはできかねます。我々はお嬢様の側を離れるなと旦那様、並びに国王陛下から命じられております故。どうかご容赦を」
「なら私とエミリアはテラスの方で話す。お前たちはその場にいろ。婚約者なんだ、そのくらいなら許容範囲だろう」
「しかし……」
女性騎士がユリアーナの方をちらりと見ると彼女は嫌だと目で必死に訴える。ただでさえ異性と話したことなんてないのにこのジュードと二人きりなんて嫌だ。いつか乗り越えなければならないのはわかっていたけどこんなに早いとは思わなかった。目をうるうるさせて護衛騎士たちを見つめていると彼女が口を開く前にジュードがユリアーナの隣までやって来て手を取った。
「ひっ」
「エミリア、私はただ君と少し話したいだけだ。すぐに済むことだし、ほら、この通り何も持っていない。護衛たちだって同じ部屋の中にいるから大丈夫だ」
ジュードはユリアーナの両手を持って立ち上がらせるとテラスの方へ歩き出す。何も言い返せないユリアーナは大人しく彼について行くしかなかった。騎士たちを振り返ると大丈夫です、ここにいます、と目で言われて腹を括るしかない。
ユリアーナが身を固くしてテラスへ出るとジュードが騎士たちの位置を確認してこちらへ振り返った。
「えぇと、エミリア、その、雰囲気が変わったな」
「そ、そうですか」
「…………」
ジュードは黙り込んで先ほどと同様にまたも顔を赤くしてユリアーナを見つめている。エミリアの記憶ではいつも偉そうな態度で饒舌に話すのに。今日はそんなに具合が悪いのだろうか。
「殿下?」
「あっ、いや、なんでもない!なんでもないんだ!」
「はぁ、そうですか」
「そ、そういえば聞きたいことがあったんだ!エミリア、君の部屋にバーズ領やカヤ領についての資料はなかったか?」
「……え?」
ユリアーナはぽかんとしながら目を瞬かせた。何を言われるのか身構えていたのに領地の資料とは?
「その、以前君と一緒にその領地の資料を作ったことがあったんだ。今その資料がちょっと必要になってね、あれば参考にしたいと思ったんだが」
ジュードの言葉にユリアーナは口をきゅっとさせた。バーズ領、カヤ領の資料は確かにエミリアの机の引き出しの中にある。それも引き出しは鍵付きで二重底の下、エミリアの日記の間に挟まっていた。エミリアがそこに隠すのはきまってジュードの公務関連の資料ばかりで全てエミリアが一人で作成したものだ。忙しい彼女が寝る間も惜しんで一生懸命作った資料なのに一緒に作ったなんて真っ赤な嘘である。だいたい一緒に作ったのならジュードだってその資料を持っているだろうに。
確かバーズ領の領主はエミリアが倒れた翌日に来城したはずで、カヤ領はジュードが王太子の公務でこれから視察に行く予定の場所だったはず。その資料について話を振ってくるなんて嫌な予感しかしない。
「申し訳ありません、資料について私にはわかりかねます」
「そうか……ならエミリア、カヤ領についての資料を明日の朝までに作成してくれ。朝マイクを公爵家へ行かせる。彼にこっそり渡してほしい」
その言葉にビシリと固まる。この人は一体何を言っているのだろう。
記憶喪失の婚約者に自分の仕事をさせるなんて信じられない。それに彼は会ってから一度もエミリアの体調を心配するようなことを言っていなかった。エミリアが記憶喪失だと彼は知っているはずなのに忘れたのだろうか。
「あの、何故資料を私が?」
「何故って、それが君の仕事だからだ。マイクが言っていたが王妃は国王に代わって仕事をする時もあるんだぞ?私の公務についてしっかり思い出してくれないと困る。いくら記憶喪失でもそれくらい教えられるだろうに、しっかりしてくれよ」
やれやれ、と呆れるジュードの言いように言葉が出ない。目覚めた後、もちろん教育係に王妃教育について大まかにだが教えてもらった。王妃が国王の仕事を代わる時は国王が病気や急死で仕事ができず、なおかつ王太子が不在の場合のみだ。だがそれも建前でたとえ王太子が不在でも実際に仕事を行うのは王の血族か側近で王妃は臨時で国の代表者となるだけだ。つまり、王妃が国王の仕事をすることはない。そんなこと勉強していればわかることなのにさも当たり前のように言ってくるなんてこの人はエミリアを何だと思っているのだ。
「……教育係の者から王妃が国王の仕事を代わることはないと伺いましたが」
「なんだ、やっぱり君はエミリアだな。記憶を無くしてもそうやって言い訳ばかり。言い方が優しくなったししおらしい態度で危うく騙されそうになったよ。いいか、君は私に言われたことを素直にやっていればいいんだ。そうやって口答えをしてご両親に迷惑をかけたくないだろう?エレガルド帝国とは将来私も仲良くしておきたいからな」
ジュードのこの言葉にユリアーナは胸が熱くなって拳をぎゅっと握りしめる。そうだ、この人はエミリアに自分の仕事をさせる時に決まってエレガルド帝国や公爵夫妻の話を持ちだす。エミリアの性格を考えれば必要のないことはきっぱり断るはずなのにジュードの仕事は嫌々ながらも手伝っていた理由はこれだ。こうやってジュードに半ば脅されるように言われて手伝うしかなかったのだ。エミリアの記憶でジュードや側近たちとどんなやり取りをしていたのかは知っているつもりだった。でも実際にユリアーナがエミリアの立場になった今、その脅しがいかに卑劣なのかが嫌でもよくわかる。
それにどうして忘れていたんだろう。エミリアが絶望したのはジュードが公爵夫妻に冤罪を被せて処刑したせいだ。彼が悪魔の手駒であるプリシラに唆されなければこんなことにならなかったのに。エレガルド帝国へ行くことばかり考えていたせいでジュードという人間の本質を見ていなかった。ユリアーナの中で体が震えるほどの怒りが湧き上がって来る。
ユリアーナにとってエミリアは生きる道を指し示してくれた人だ。そして初めて手を差し伸べてくれた、ユリアーナにとって初めてできた大切な人。記憶を失った婚約者を平気で傷つけるなんて。
こんな人、大っ嫌い。




