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会いたくなかった人 sideユリアーナ




「エミリア様、こちらが学園のカフェテリアでございます。プライベートルームで休憩いたしましょう。この時間帯の授業が終わり次第、王太子殿下がお越しになります」


一通り学園内を見て回った後、案内してくれた女性騎士にそう言われてユリアーナは忘れていた緊張が戻ってきた。王族とその婚約者のみが使用を許されるカフェテリアのプライベートルームは王太子と側近がいつもエミリアを呼び出す場所だ。言われることは決まって自分たちの仕事や後始末の押し付けで彼女はいつも疲弊していた。学園での勉学に王妃教育と毎日多忙な生活を送っているエミリアを労うどころか自分たちの仕事をさせるなんて最低もいいところだ。そんな場所に行くなんて気が重すぎる。でも今は嫌だなんて言えないし味方の騎士がいるのでなんとかなる、よね?


王族専用というだけあってプライベートルームは豪華絢爛でカフェテリアとは思えない内装だった。エミリアの記憶で知っていたとはいえ部屋の美しさにユリアーナは言葉を失う。飾られた花は摘み立てのように瑞々しく、置いてある家具には繊細な柄が施されていて非常に美しい。エミリアがされた嫌な思い出さえなければいつまでもくつろいでいたい部屋だった。女性騎士に促されて柔らかいソファに腰をかけると彼女がお茶を淹れて騎士の一人が茶菓子を用意してくれる。甲斐甲斐しく世話をされることをこそばゆく思いながら温かいお茶を一口飲んだ。香りが口いっぱいに広がってとても美味しい。こんな風に素敵な部屋で美味しいお茶が飲めるなんて幸せだ。何よりここの人たちはユリアーナを無視しない。レクストン公爵家で息苦しさは感じても存在を無視されないので自分がここにいるのだと強く実感できる。それが今のユリアーナには何よりも嬉しいことだった。


「エミリア!」


お茶を飲み終わり、おかわりをもらおうと思った瞬間、ノックもなしにプライベートルームの扉が乱暴に開けられた。騎士が一斉にユリアーナを守るように立ちはだかる。


「何だお前たち、ここは王族専用の部屋だぞ。早く出ていけ」

「王太子殿下、我々はエミリアお嬢様の護衛であり、旦那様より絶対にお嬢様のお側を離れるなとのご命令です。ここへの立ち入りは国王陛下並びに王妃様の許可をいただいておりますので何卒ご容赦を」


騎士が頭を下げながら丁寧に説明した。いくら王族でもノックもなしにいきなり入室するなんてマナー違反である。濃い茶髪に翡翠色の瞳をしたこの人こそポーレリア王国の王太子であり、エミリアの婚約者であるジュード・ポーレリアだ。彼は不機嫌そうに騎士たちを一瞥するとユリアーナと向かい合わせのソファに座った。エミリアの記憶喪失は秘匿されているので側近たちはさすがに連れてこなかったようで安心する。何か言いたげなジュードにかまわずすかさず女性騎士がお茶を淹れて彼の前に置く。その様子を目で追いながらユリアーナは緊張と不安で体がぶるぶると震える。


「それで、記憶は戻ったのか?」

「……っ」

「殿下、お嬢様の記憶はまだ」

「エ、エミリア・レクストンです!はじめまして!」


侍女の言葉を遮ってユリアーナは勢いよく自己紹介してしまった。ちゃんと考えていた挨拶の言葉なんて頭から吹っ飛んで出てきた言葉がこれだ。普通は許可を出されてから挨拶や自己紹介をするのだがそんな常識すらわからないほど今のユリアーナは大パニックだった。緊張で手は震えるし顔は真っ赤になるしすでに泣きそうである。


「エ、エミリア?本当に君はあのエミリアなのか……?」

「ひっ、ご、ごめんなさい!」

「エ、エミリアが謝った!?」

「王太子殿下!お嬢様はまだ記憶は戻られておりません。どうか寛大なお心で無礼をお許しください」


目を見開いて驚くジュードに女性騎士が強く訴えるとはっとしたように彼はユリアーナをまじまじと見つめた。男性に見つめられるなんて経験のないユリアーナはぴしりと固まる。


「ええと、私はこの国の王太子であり、君の婚約者でもあるジュード・ポーレリアだ。記憶は……戻っていないようだな」

「す、すみません」

「…………」

「??」

「ああ!いや、その、なんだ。君はいつも私に口うるさく意見ばかりしていたから、こんな風にやり取りをするのに慣れていなくてだな……」


エミリアが意見ばかりする?何を言っているのだこの人は。

自分の仕事を彼女に押し付けているだけのくせになんて言いようだ。ジュードは優秀だが無能の側近たちはエミリアがフォローしなければ公務で大失敗をして恥をかくのは主たる彼である。彼女の助言を口うるさく感じていたなんて記憶がなくとも本人の前で言うのは失礼だ。ジュードのこの発言にユリアーナは一気に頭が冷める。先ほどあんなに緊張していたのに言葉一つで冷静になれるなんてよほど不快だったのかもしれない。冷静になったユリアーナは背筋を伸ばしてジュードの口元を見つめた。まだ人と目を合わせて話すことができないので彼女なりの措置だ。

ジュードはユリアーナを落ち着かない様子でちらちらと見ている。顔が赤くなっているが風邪をひいているならいっそ寝込んでいてほしかった。





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