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学園へいざ出陣 sideユリアーナ




「エミリアちゃん本当に行くの?あなたの成績なら学園にしばらく行かなくても大丈夫よ?病み上がりなんだから無理をしなくても……」

「レイチェル、それは昨日散々話しただろう?学園には今日半日だけ行って様子を見るだけさ。もしかしたら記憶が戻るかもしれないし、一度は学園に行かせるべきだ」

「でもあなた、またエミリアちゃんに何かあったら……婚約だってどうなるかわからないのに」

「大丈夫、学園にはきちんと言い聞かせてある。婚約も今すぐどうこうするわけじゃない。次にエミリアに何かあれば消すだけだよ。護衛も付いてるし、何も心配することはない」


公爵が違和感なくさらっと言ったとんでもない発言にユリアーナは顔が引きつりそうになるのを必死で抑えた。これは聞いてはいけない、何も聞いていないと自分に言い聞かせる。

ユリアーナが目覚めてから一週間後、学園を見学することになった。体調は良好で知識やマナーといた作法もきちんとできたのでブラック医師からは行かせても問題ないとのことだ。国王と王妃に記憶喪失を密かに伝えたらしいが彼らにとってエミリアの記憶喪失は大事件だったらしく、早期回復を求めたため急遽学園に行くことになったのである。国王側からエミリアの呼び出しがあったらしいが公爵が断ったと言っていた。今のユリアーナに国王に会うだけの自信も気力もないのでありがたい。授業に参加するわけではなく、今日は学園内を見て回るだけでいいらしい。だが王太子には挨拶するよう公爵に言われてしまったので緊張で胸が破裂しそうだ。ここでうまく立ち回らなければ話が進まないしユリアーナの命にも関わる。エミリアの記憶を何度も思い返しながらどう受け答えるか脳内で何度もシミュレーションした。ちなみにエミリアを階段から突き落とした令嬢はその日のうちに消えたと公爵が笑顔で言っていたがもう何も言うまい。


「エミリア、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。散歩をするつもりで行っておいで」

「は、はい」


公爵に優しくそう言われてユリアーナはぎこちなく頷いた。人との接することのなかった彼女にとってレクストン公爵家は試練の連続だ。無視されずに話してくれるのはとても嬉しいが必ず誰かが側にいるので一人になる機会がほとんどない。記憶のすり合わせや出来事もその場で把握できないことが一番の悩みだ。一人になりたいと言えばそうしてくれるのだろうが今まで王女どころか普通の貴族の生活も知らないユリアーナがそう命じられるはずもない。

今回ユリアーナの側には公爵家専属の騎士が3人付いている。そのうち1人は女性騎士で3人ともエレガルド帝国出身の騎士だ。レイチェル様がレクストン公爵家へ輿入れの際に付いて来た人たちだった。帝国出身とはいえポーレリア王国に来てからレクストン公爵領の人と結婚し家庭を持っているのでポーレリア王国の文化や風習にも詳しい。それにいつもエミリアの護衛をしてくれている人たちなので安心できた。

とはいえ、ついに学園へ出陣である。正直今すぐ逃げ出したいがその恐怖は弱音とともに飲み込んだ。落ち着て、と自分に言い聞かせながらユリアーナは決死の思いで馬車まで進む。


「いってらっしゃい、エミリア。何かあればすぐに帰ってくるのよ」


レイチェル様が心配そうにユリアーナを抱きしめると額にキスをしてくれた。公爵にも抱きしられるとユリアーナはお辞儀をして馬車へ乗り込む。馬車が見えなくなるまで公爵夫妻は娘を見送ったのだった。







学園に着いてからユリアーナは視線をキョロキョロさせて見学した。学園はエミリアの記憶にもちろんあるが、実際に自分の目で見るのとでは違った印象があるので見て回るのはとても楽しい。平民でも学園に通えるガージル王国と違い、ポーレリア王国の学園は完全貴族制で学園関係者も全員貴族で構成されている。そのため原則生徒は皆平等といった建前も校則もなく、クラスは身分で分けられているのでこの学園はまさに貴族社会の縮図だ。例外があるとすれば発言の優先順位が下位貴族にあるという点だろう。貴族社会とはいえ学問は皆等しく平等であるべき、身分で意見が抑圧されるべきでないと学園を創立した当時の国王が決めたことだそうだ。

そんな中で王太子の婚約者であり、エレガルド帝国との縁のあるエミリアはやっかみの恰好の的だった。学園内は関係者以外立ち入り禁止なので皆が黙っていれば何があったかを隠蔽しやすい。目に見えた嫌がらせはなくとも陰口は絶えず、こちらに聞こえるように言うので常にエミリアは悪意の中に晒され続けた。しかも最近では王太子の婚約者に無理矢理なった挙句ポーレリア王国をエレガルド帝国の属国にしようとしているなどと根も葉もない噂まで広まっている。この婚約はポーレリア側からの強い要望かつエレガルド帝国からの支援を受けるための契約でもあるのに今の学生たちがこんな風ではこの国の将来はもう終わりだとしか思えない。幸いなことにこの噂は学園内だけで出回っているようだがこのままでは外部に出回るもの時間の問題だろう。エミリアはなんとか火消に奔走していたが噂が消えることはなかった。大好きな両親を心配させたくなくて公爵家では相談できず、かといって王妃に相談しても上に立つ者の宿命だと諭されて。婚約者である王太子は知っていながら庇いも擁護もせず放置。エミリアが王太子の公務を手伝いながら側近の尻ぬぐいをしているのに側近と一緒に叱責してくる始末だ。王妃教育も忙しく、最近では公爵夫妻とも一緒に食事もできず休憩中に軽食と取る程度でゆっくり休む暇もなかった。

記憶を思い返してみても酷いと思った。エミリアが針の筵だと言っていたのも頷ける。ユリアーナは誰にも存在をないものとして扱われていて辛かったが、彼女は彼女で辛い思いをしていたのだ。臆病なユリアーナにできるかはわからないが、どうにか少しでもエミリアに報いたいと思った。


「あら、ごきげんようレクストン公爵令嬢」


教室の移動なのか豪華なドレスを纏った令嬢の集団に出くわした。声をかけてきたのはこの集団の中心人物であるソルラ・ミッチェル侯爵令嬢だ。不敵な笑みに切れ長の目は勝気に光っており自信満々にドレスを靡かせている。レクストン公爵家とは特に敵対しているわけではないが個人的にエミリアを目の敵にしている人だった。この学園では成績は男女別に発表される。彼女は勉強や作法、令嬢としての品格においてエミリアに勝つことができずに成績は常に2番だ。成績では不動の1位を獲得しているエミリアに嫉妬しまくり会う度に嫌味を言ってくる筆頭人物でもあった。

そんなことを思い出しながらもユリアーナは満面の笑みを浮かべた。エミリアの記憶にあってもユリアーナにとって初対面の人物だ。そして何よりユリアーナの存在を無視していない。ここがとても重要である。

実はガージル王国では王女でありながら学園で誰からも挨拶をされたことがない。そう、誰からも!挨拶を!されたことがないのだ!こちらから挨拶しても無視され続けていた。だから学園においてミッチェル侯爵令嬢からの挨拶はユリアーナの人生において相手からの初挨拶でもあった。これを喜ばずにいられようか!無視されないって素晴らしい!嬉しくて小躍りしそうな勢いを必死に抑えてユリアーナは美しいカーテシーをする。


「ごきげんよう」


王妃教育でエミリアの体に染みついた美しく洗練された所作、そして普段作り笑いしかしないエミリアとは思えない儚げで優しい笑みを浮かべている。そのあまりの美しさにミッチェル侯爵令嬢をはじめとした令嬢集団、周囲にいた令息、令嬢たちも顔赤くしてその場で固まった。後ろにいる護衛騎士たちは口元を押さえて「お嬢様、何てお美しい……」と感動している。エミリアはエレガルド帝国の妖精と言われた母レイチェルにそっくりだ。学園環境と王妃教育のせいで無表情と作り笑いしかできないだけで本来はすれ違ったら誰もが振り返る美少女である。しかしそんなこととはいざ知らず、ユリアーナはその美しい笑みを惜しげもなくミッチェル侯爵令嬢に向けた。


「…………」


いつもならエミリアに挨拶を終えた二言目には嫌味の嵐を浴びせるミッチェル侯爵令嬢だが、今回はそれがない。元気そうなのに授業も出ないでいいご身分だと用意していた言葉が喉に突っかかって出なかった。ユリアーナは挨拶だけだと思いそのまま令嬢集団を護衛と一緒にすたすたと横切る。現在エミリアは記憶喪失の設定なので挨拶以外の会話はしない方がいい。挨拶だけでもしてもらえたことを嬉しく思いながらユリアーナは満足気に学園見学に戻って行った。


「……あの人、エミリア様本人、よね?」

「ええ、なんだか別人に見えたわ」

「お休みの間何かあったのかしら?」


エミリアが階段に突き落とされたこと、記憶喪失であることはごく一部の人間しか知らされていない。エミリアは体調不良で休んでいたと周知されていたのでエミリアの変りように周囲は驚きを隠せなかった。


「……なによ」


ミッチェル侯爵令嬢は誰にも聞こえない声でそう呟くと、歩き去って行くユリアーナの後姿を睨みつけた。



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