プロローグ sideユリアーナ
ユリアーナ視点
◇sideユリアーナ
「ユリアーナ・ガージル!貴様との婚約を破棄する!!」
ガージル国、王立学園創立記念パーティーが始まって早々、ダドリス・モーガム侯爵令息が声高らかにそう宣言した。隣にはふわふわした金髪の女生徒が彼の腕にしがみつき、怯えたようにこちらを見ている。
「あ、あの……私、何のことだかさっぱり――」
「とぼけるな!王女の身分を振りかざして聖女アリサをいじめたことはすでにわかっている!それだけじゃない、姉君であるジェシカ殿下まで陥れようとするなど、貴様に人の心はないのか!」
先ほどから一方的に凶弾されているが、ユリアーナにはまったく身に覚えがない。どちらかというと、アリサとジェシカが一緒にユリアーナをいじめていたのだが何故か立場が逆転している。それにダドリスはユリアーナの婚約者候補というだけであって正式な婚約者ではない。
「貴様は最初からそうだったな。そうやって大人しく真面目なフリをしていれば俺が目を向けるとでも思ったのか?貴様の底意地の悪さは心底呆れる」
「…………」
「黙っていないでアリサとジェシカ殿下に謝罪しないか!どうして素直に謝ることすらできないんだ!」
「ダドリス様ぁ、怖いです。ユリアーナ様って急に豹変するから……」
「アリサ下がっていろ。大丈夫だ、俺が付いている」
下手な三流喜劇を見せられているような気分だ。しかしユリアーナにとってこの状況は大変よろしくない。周りを見回すが誰もユリアーナと視線を合わせず、目を逸らすか嘲笑する人ばかりだ。王女とはいえ、母は没落した男爵家の出身でユリアーナが生まれた時に亡くなっているため後ろ盾となる家も人もいない。名ばかりの王女として王族からも貴族からも見向きもされなかった。
それに、今日はユリアーナの誕生日でもあった。誕生日はいつもいいことがない。いつも誕生日にはジェシカとその母である側妃に辛く当たられる。当然だれも祝ってはくれないしプレゼントなんてものもない。いつも彼女たちの目に怯えて息を潜めることしかできなかった。今日は今までの誕生日で一番酷い日だ。こんな茶番のような出来事が全て夢であってくれればいいのに。
「ユリアーナ」
何も言えないでいるユリアーナの元に一つ上の異母兄であるツェッドがやってきた。彼はジェシカと同じ側妃の子で第二王子だ。
「ユリアーナ、聖女と聖女候補をいじめるなどあってはならないことだ。ましてや王族が聖女に手を出すなどもってのほか……王族として相応の責任は取りなさい」
この人は何を言っているのだろう。まだ何も発していないのにそれではダドリスが言ったことが全て事実であるようではないか。ユリアーナから何も聞かず、的外れなことを言うツェッドが別の生き物に見える。
「わ、私は何もしてませ――」
「何をしているの!だれか、早くユリアーナを連れて行きなさい。この記念すべきパーティーに相応しくなくってよ」
ユリアーナの言葉を被せるように言ってきたのはジェシカだった。ジェシカは壇上にある王族専用の席で優雅に座りながら騎士に命令している。ユリアーナと目が合うと勝ち誇った顔でにやりと笑った。同時にダドリスの影からこちらを覗き見ていたアリサもにんまり笑っている。ユリアーナは二階の貴賓席にいる国王を見上げた。唯一この茶番を止められるその人はどこも見つめておらず人形のように動かない。彼を呆然と見上げていると駆け付けた騎士たちに引きずられようにユリアーナは学園の外に連れ出され、門前で待機していた馬車に無理矢理乗せられた。
〇
しばらく馬車に揺られていたが何かがおかしかった。てっきり王宮に向かっているのかと思っていたがそれにしては乗っている時間が長すぎる。王宮と学園は近いので十分程度しかかからないのにもう3時間以上は経っているはずだ。不安になりながら身を縮めて震えていると急に馬車が停車して騎士に引きずり出された。
「早く降りろ」
「きゃっ!」
腕を掴まれて引きずられながら周りを見渡すとそこは森の中だった。辺りは薄暗く、日が沈みかけていて間もなく夜になるだろう。
こんなところに置き去りにするつもりなのだろうか。一体私が何をしたのだろう。生まれてから良いことなんて何もなかった。唯一味方でいてくれた乳母も3年前に亡くなってユリアーナにはなにも残されていないのに。これ以上自分から何を奪おうというのか。
あまりにも自分が惨めで目に涙が滲んだ。結局ジェシカにも側妃にも、アリサやダリウスにさえ何一つ言い返すことができなかった。悔しくて悲しくてとめどなく涙が頬を伝う。
ユリアーナの腕を掴んでいる騎士がそんな彼女を一瞥すると、彼女を乱暴に森へ投げ出した。
「全く損な役回りだったな。そんな顔されちゃ萎えるし、さっさと終わらせるか」
「ああっ!!」
騎士がそう言い終わった途端、背中に熱い衝撃を受けた。何が起こったのか分からず、騎士を見上げると彼は血のついた剣を持ってこちらに切っ先を向けている。背中を切られたのだと遅れて気付くが痛みでその場から動けない。
「本当はあんたを凌辱してから殺せって言われてたんだが、萎えたからそれはやめてやるよ。あれだけの人前で惨めな思いをしてもう嫌だろ?どうせどこにもあんたの居場所はないんだからここで楽にしてやるよ。哀れな王女様にせめてもの慈悲だ」
「う、うぅ……」
騎士が持っていた剣を大きく振りかぶる姿がスローモーションのようにはっきり目に映る。
涙が止まらない。どうして、どうして、どうして!どうしてなの!?
私は一体なんのために生まれたの?どうして母は私を一緒に連れて行ってくれなかったの?父である王には存在していない者と扱われ、側妃とジェシカにはいじめられ、学園でも何もしていないのに冤罪を被せられて。私は誰もいない暗い森の中で死ぬの?
私は、何のために――――
「う、うぅう、ああぁああああああああ!!!」
絶望の号哭が森に響く中、ぶつりと何かが切れる音がした。