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デリカシーのない人 sideエミリア

エミリア視点に戻ります




その頃、王宮でとんでもない騒ぎになっているなどつゆ知らず、エミリアはパンを食べていた。調理室からもっと何か持ってくるべきだったと思いながらパンを二つ食べ終えると、最後の一つはナプキンに包む。念のため明日の朝用に取っておこう。国王がまともっぽくなったみたいなので文句は明日になってからだ。それに今日は目覚めたばかりなのに色々な出来事があってとても疲れてしまった。さっさと着替えてもう寝ようと、夜着を出して服を脱ぐ。するとノックもなしにいきなり小屋の扉が開いてその人物と目が合った。


「あ……すまな」

「きゃああああああああああっ!!!!!!」


エミリアは思い切り叫ぶと近くにあった枕を全力でその人物にぶん投げる。枕はその人の顔にクリーンヒットし彼は後ろへ倒れた。エミリアはドレスで体を隠しながら扉の取手を掴むと力任せに扉を閉める。バキッと変な音がしたが無視だ。


「最っ低!ノックくらいしなさいよっ!!!」


羞恥と怒りに震えながら扉に向かって怒鳴るとエミリアは机を扉の前まで持ってきてしばらく立てこもった。


「……陛下、さすがに今の行いは擁護できませんぞ」

「言うな、私が一番わかっている。まさかこんなボロ小屋に住んでいると思わなかった」


顔から枕をはがすと、国王は力なく起き上がった。





「本当にすまなかった」


頼りない声で謝るのはこの国の国王であり、ユリアーナの父親だ。しばらく立てこもったが、ずっと扉の外から謝る声が聞こえたので渋々扉を開けた。ずっと無視しようと思っていたが予想外にしつこくうるさかったのだ。枕を当てた相手が国王だと知った時は一瞬まずいと思ったけどどう考えても淑女の部屋にノックもなしに入って来るこの男が悪い。エミリアの父だってこんな失礼なことはしなかった。一緒にいた医師が診察をしてくれると言うのでそこは素直に従う。エミリアは国王の謝罪にはあえて何も返さず医師の診察を受けていた。


「頭はコブができておりますが記憶喪失以外これといった後遺症はありませんな。それよりも栄養失調と足先が凍傷になりかけています。至急こちらの治療をいたしましょう。今晩の夕食はもうお取りに?」

「パンを二つ」

「では温かいスープを用意しましょう。それにこの部屋は冷えます。布団も薄いので十分な防寒にはなりますまい。お手数ですが温かい部屋へ移動をお願いします」


診察に来てくれたホワイト医師は優しく声をかけるとそう言ってくれた。彼はユリアーナの記憶にもいない初めて会う人物だったので最初は警戒したが、首に女神教の信者の証である太陽と月のネックレスをしていたのでほっとする。足先が凍傷だなんてどうりで感覚がおかしかったわけだ。それに温かい場所で食事がもらえるのはありがたい。エミリアは頷くと机の引き出しで見つけたユリアーナの日記を持って立ち上がる。より詳細にこれまでのことを順に思い出すのに日記はうってつけだ。彼女や周辺のことを知るためにもこの日記は必要だった。


「ユリアーナ、その」

「何か?」

「食事がまだならこれから一緒に取らないか?」


国王のその言葉に露骨に顔をしかめそうになるのをぐっと耐えて必死に表情を取り繕った。こんな失礼な男と食事だなんて嫌に決まっている。いくらユリアーナの実父でもエミリアから見れば他人だ。国王に生活の保障をしてもらう必要があってもエミリア自身が拒絶していた。それに今日は疲れてしまったので国王と食事だなんてとてもできそうにない。


「本日は疲れてしまったので控えさせていただきます」

「それなら、明日はどうだろう?少し話がしたい」

「明日は陛下からお話しを伺う予定だったと記憶しておりますが」

「ああ、そうだったな。では明日話そう」


笑みこそないがとても嬉しそうな声で国王はエミリアと一緒に連れ立って歩いている。外はチラチラと雪が降っていてとても寒い。国王は自分の外套を脱ぐとエミリアの肩にかけてくれた。とても大きくて温かい。寒い日はよくエミリアの父が母にしていたと思い懐かしく思う。そういえば自分の婚約者は全然気が利かず、こんな気障なことどころか気を使われたこともなかった。そう思うとこの国王様の方がまだマシに思えてくる。


「ありがとうございます」


あの最低な婚約者と比べればだいぶマシなのだと思い直して幾分か機嫌が戻った。素直にお礼を言うと国王は目を見開いた後、微笑む。


「そなたは本当にユーリディアにそっくりだ」


その優しい微笑みにエミリアはドキリと胸が高鳴る。この国王、よく見れば大変美しい顔立ちをしていた。無表情から微笑む顔になるだけでこの攻撃力とはなかなかやるではないか。イケメン具合で言えばエミリアの父だってなかなかの男前だがこの国王様は子どもが4人いるとは思えないほど若々しい。ユリアーナと同じアメジストの瞳は最初に見た時のように暗く濁ってはおらず、今は力強い光を宿している。何があったかはわからないがこれがユリアーナの記憶にはない本来の国王の姿なのだと思った。こんな風にまともな国王だったらユリアーナがあんな悲劇に見舞われることもなかったのに。遅すぎる国王の態度に憤りを感じながらも、エミリアではもうどうすることもできない。これはユリアーナに報告すべきだろうか?女神が定期的にユリアーナと合わせてくれると言っていたのできっと会う機会はある。一応ユリアーナの実父なのだとは思うが、彼女に伝えようかエミリアは迷った。


「ユリアーナ?どうかしたのか」

「いいえ、なんでもありません」


急に立ち止まったエミリアを心配そうに見る国王にはユリアーナへの確かな愛情を感じる。それを本来向けるべき相手はもう二度と戻ることはない。強烈な皮肉を感じながらエミリアは何とも言えない虚しさにため息を零した。




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