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さらに因果は巡る

ガージル王国側妃アンジェリーナの視点になります




「お母様、どうしましょう」

「大丈夫よ、侍医には言い聞かせてあるから心配することはないわ。それよりユリアーナよ。この私に恥じをかかせるなんて絶対に許さないわ」


ジェシカが手足や口元にあるできものを心配するがこれから診察に来る侍医にはすでに手を回してある。たとえ騎士団で流行っている性病でも誤魔化すことは可能だ。

それよりあの女、ユリアーナだ。ただでさえ存在が邪魔なのに歯向かってくるなんて。いつもびくびくしながらこちらの顔を伺ってくるくせに面と向かって発言してくるなんて本当に頭がおかしくなっている。改めて自分の立場をわからせるためにも謹慎が解けたらたっぷりわからせてやらなければならない。

そう憤っていると、部屋がノックされる。侍医が来たと思い、入室させるとなんとそこにいたのは王宮医師の頂点に立つ国王の主治医であった。彼は大変厳格な性格をしておりどんなに金を積まれても重症者や重病人の治療を優先するほどだ。男爵家出身と身分は低いが王の主治医だけあって大変腕が良く王の信頼も厚い。そんな男がここへ来るなんて話が違うではないか。彼は間違った病名を報告するなんて行為は絶対にしない。これでは万が一ジェシカが性病だったら誤魔化しようがない。


「はて、側妃様、第一王女殿下、何故ここにいるのですか?第二王女殿下はどちらに?」

「まあホワイト様、ここは以前からジェシカの部屋ですのよ。ユリアーナさんは東の離宮にいますわ」

「陛下からはこの部屋が第二王女殿下のお部屋だと伺ったのですが」

「あらそうでしたの?でも今はジェシカの部屋です。ホワイト様はユリアーナさんの診察にいらしたのですよね?それならメイドに案内させますわ」


言いながら扉の方へ誘導してさっさと彼を追い出そうとした。アンジェリーナが扉を開けると誰かにドンとぶつかる。見上げるとそこには国王が立っていた。


「へ、陛下、申し訳ござ」

「何故お前がここにいる?ここはユリアーナの部屋だぞ」

「あ……それは」


アンジェリーナを一瞥すると彼はさっさと入室した。今まで国王がこの部屋へ訪ねてくることなんてなかったのに。十数年前幼いユリアーナと乳母を勝手に追い出したのは事実だが今まで誰からも指摘されたことはなかった。とっくに認められていると思っていたのに今更言われるなんて。


「ユリアーナはどこだ?何故第一王女がいる。お前の部屋は東の離宮のはずだ」

「え、あの……」

「陛下、第二王女殿下は東の離宮にいるそうです。そちらへ向かいましょう」

「そうだな。だがその前にホワイト、第一王女を診察しろ。お前の診断の方が信頼できる」

「かしこまりました」


国王の命令にホワイト医師はジェシカの方へ向かった。まずい、彼に診察されたら誤魔化せない。アンジェリーナはジェシカの元へ向かおうとしたが衛兵に腕を掴まれて拘束された。


「な、何をするの!」

「黙れ、お前には横領の容疑がかかっている。騒ぐようならここで処分するぞ」


国王の冷たい声にアンジェリーナは固まった。縋るように国王を見たが彼はこちらを見ておらず、その視線はホワイト医師の方にある。


「ふむ、両手足と口元にできものがある、と。ではドレスをお脱ぎください」

「い、嫌よ!男性に見せられないわ!」

「ご安心ください。見るのは私ではなく女医のボニーです」

「王女殿下、失礼いたします」


ホワイト医師の助手である女医のボニーと数人のメイドがジェシカを抑えながらドレスを脱がせる。ホワイト医師はパーテーションの裏に控えていた。


「ちょっとなにするのよ!そんな所見ないで!」

「診察ですので」


アンジェリーナからは見えないがジェシカは暴れて抵抗しているようだった。だがすぐにボニーが顔を出してホワイト医師に告げる。


「先生、背中と腹部、そして例の場所にも赤いできものを確認しました」

「うむ。陛下、王女殿下の症状は近衛騎士団で流行っている性病に間違いございません。それとまことに申し上げにくいのですが……」

「処女ではないと?」

「はい」

「左腕の傷は?」

「この形状からして人間のもので間違いありません。第一王女殿下は動物がお嫌いですから犬や猫という可能性はないかと」

「う、うそよ!私はまだ処女だわ!それにこの傷は、そう、自分で引っ掻いたのよ!」

「黙れ」

「ひっ」


国王の鋭い声にジェシカは怯んだ。ジェシカにとって父親から初めてかけられた言葉はとても冷たい。彼はジェシカを見下ろす。


「第一王女は明日中に離島の修道院へ連れて行け。表向きは急病による体調悪化で療養とする。イライザ王国にも至急使いを出し婚約話をなかった事にしろ」

「そ、そんな!だって、このくらい大丈夫って彼は言ってたもの!処女でも血の出ない人はいるからいくらでも誤魔化せるって」

「今すぐその口を閉ざせ愚か者が。大至急王女と通じた相手を調べるように近衛騎士団長へ伝えろ。この愚か者は明日の出立まで地下牢でユリアーナを突き落とした詳細を徹底的に吐かせておけ。この場にいる者全員この件について口外を禁じる」

「お待ちください陛下!ジェシカは紛れもないあなたの娘でありこの国の王女です!そんな扱いはあんまりですわ!」


離島の修道院は精神の病んだ身分の高い女性が連れて行かれる場所だ。広大な湖のほぼ中央にある島に作られた堅牢な修道院で、修道院と呼ばれているがその実態は牢獄で部屋は頑丈な石造りで扉は鉄でできている。基本的に一度入ったら二度と出てこられない。そんな場所に可愛いジェシカを入れるなんて酷すぎる。


「こいつがどれほど愚かなことをしたのかお前にはわからないのか。第二王子をお前に育てさせなくて良かったとこれほど思ったことはない」


その言葉にアンジェリーナの顔はかっと熱くなり視界が真っ赤に染まる。ツェッドが生まれた時にはすでに第一王子のレオナルドが王太子に指名されており、継承争いを起こさないために彼は政敵でもある王妃の実父の先代アルメーニャ公爵の元へ預けられたのだ。基本的に王子王女の教育は生母とその実家が行うが、国王の命令でアンジェリーナは生まれたばかりの息子を一度抱いてすぐに取り上げられてしまった。何度も返してくれと懇願したが7歳になるまではだめだと言われて7年間一度も息子に会うことができなかった。それがどれほど屈辱だったかこの男はわかっていない。ツェッドだけではなくジェシカまで取り上げるなんて許せることではなかった。アンジェリーナは国王を睨みつける。


「あなたが、あなたがツェッドを私から取り上げたのでしょう!おかげであの子は先代アルメーニャ公爵に洗脳されてレオナルドのいい小間使いだわ!それでも飽き足らずジェシカまで奪うつもり!?」

「第二王子が王太子の小間使いとはな。お前の目はずいぶんと節穴だ。第一王女がしたことは我が王家の名に傷を付けるどころか失墜させるほどの不祥事ということもわかっていない。最初から育て親を別に用意しておくべきだった」


そう言って国王は手を振って合図をすると女性騎士たちが夜着に着替えさせたジェシカを部屋の外へ連れて行った。ジェシカは口を布で封じられ、腕を後ろに縛られておりまるで罪人のようだ。それだけではなく部屋に次々と使用人がやってくると、部屋の家具やドレス、調度品を持ち出していく。


「何をしているの!ここはジェシカの部屋よ!王女の部屋を勝手に荒らして許されると思っているの!?」

「ここは本来ユリアーナの部屋だ。こいつもさっさと連れて行け」

「はぁ!?今更何を言ってるのよ!離して!私は側妃よ!こんなことをして許されると思わないで!お兄様と貴族院に訴えるわ!」

「お前はもう側妃ではない。先ほど貴族院が承認し離縁が成立した。言っても認めないだろうがユリアーナの虐待及び王女の予算をミロー侯爵と横領していた罪、第一王女の監督責任で処罰する。だが第二王子の生母であるため極刑にはならず離縁の上南の離宮に永久幽閉だ」

「っ……!!」

「連れいけ。他にもいろいろやっていたようだからな。余罪の処罰は追って伝える」


アンジェリーナはぶるぶると体を震わせて怒りで頭がおかしくなりそうだ。女性騎士たちに腕を引かれるがそれを振り払い、国王の服を鷲掴んで恐ろしい形相で睨みつけた。


「あんたが今さらユリアーナの父親になれるとでも思ってるわけ!?あの娘が今までどん目に合ってきたと思う?私の言うことは何でもきいたわ。床に這いつくばって手を使わずに残飯を食べたり、水びたしで雪の中に一晩中立っていたりね。私がちょっと頬をぶつと頭を床に付けて謝ってきたんだから!ジェシカに突き落とされて三日も起きなかった時は本当に死んだかと思ったけど生きていたなんて残念だわぁ!それなのに今さらユリアーナの父親面なんて下手な三流芝居より滑稽よ!あんたなんか一生ユリアーナから父親だなんて思われない!せいぜい後悔しながら一人寂しく生きることね!!!」


ぜぇぜぇ、と肩で息をしながらアンジェリーナは感情のまま国王に言葉をぶつけた。今までユーリディア以外の女を一切見なかった酷い男。どんなに懸想し、心からの想いを伝えても彼は何も返してくれなった。ユーリディアが死んで人形のようになった国王を横目に彼女にそっくりなユリアーナを攻撃することで今までの鬱憤を晴らしたのだ。なのに、今さらこんなことで処罰するなんて酷すぎる。今までユリアーナの名前すら呼んだこともないくせに。ジェシカだって確かに国王の子だ。アンジェリーナの処女も何もかもこの男に捧げたのに最後まで返ってくることはなかった。それが酷く惨めで悔しくて涙が溢れる。


「言いたいことはそれだけか?」

「…………は?」

「連れて行け」


淡々とそう告げると国王はアンジェリーナを突き放す。床に崩れ落ちる彼女の横をすたすたと歩いていくとそのまま部屋から出て行った。側妃になってから一度も名前で呼ばれた事がなく、アンジェリーナがどんなに訴えてもその興味のない冷えた目が変わることは終ぞなかった。最初から相手にされていなかったのだと理解した途端、目の前が真っ暗になる。誰かに何か言われた気がするがそれ以降、アンジェリーナの真っ黒な視界が晴れることはなかった。




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