とある王宮の一室で
ガージル王国国王ルシウスの無双になります
「つまりお前たちはユリアーナを放置していたと」
「いえ、それは」
「一番悪いのはもちろん私だが最低限のことは命じていたはずだ。第二王女の侍女、護衛、教育、必要な物品。どんなに私が腑抜けていてもこれら全てを命じていたことはきちんと覚えているし書面もある。王族の資金が税で賄われている以上私が無視できることではないからな。私の腑抜けに免じて言い訳くらいは聞いてやろう」
王の執務室にいる宰相、近衛騎士団長、執事長、統括侍女は油汗をかきながら蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。たった二時間でここ十五年分の王族の財政会計簿とユリアーナに関する書類を調べつくし、彼女の予算が横領されていたことを突き止めた。財務大臣やそれに従事する文官たちが顔を真っ青にさせて執務室の床に正座をしている。第一側妃であるユーリディアが亡くなってから今までユリアーナに一切の興味を示さなかった王の豹変にみんな戸惑いを隠せない。重い空気の中近衛騎士団長が最初に口を開いた。
「一切の申し開きもございません。騎士たちがユリアーナ殿下の護衛を行っていなかったのは事実。大変申し訳ございませんでした」
「まずユリアーナに謝れ。お前は懲戒免職、理由は言わなくてもわかるな?だが免職の前に騎士団内で流行っている性病の原因を突き止め、ユリアーナの護衛担当になった騎士全員に相応の処罰をしろ。後任はマッケイン侯爵とする」
「っ……わかり、ました」
マッケイン侯爵は近衛騎士団長と対立する騎士の家だ。代々近衛騎士団長の座を争っており、ここでマッケイン侯爵が後任に指名されると引継ぎの際後任として自分の息子を指名できなくなる。それに騎士の配置なども操作できなくなるので自分たちの派閥が大きく後退することは目に見えていた。しかも辞任ならまだ挽回のチャンスがあったが懲戒免職。やり直しは不可能、実質的な蟄居だった。
「それで、他に言い訳のあるやつは?」
「……何もございません」
「私もございません。申し訳」
「謝るのはユリアーナにだ。何度も言わせるな。お前たちも懲戒免職だが、職務放棄した者たち全員のリストを作成しろ。後任への引継ぎはしっかり行い、最後まで責任を果たせ。ユリアーナに本当に申し訳ないと思っているならな」
執事長、統括侍女は何も言わず頭を下げた。
最後に残った宰相はだらだらと汗をかきながら拳を握りしめていた。そんな宰相を国王は冷たい目で見ている。
「お前は言い訳がないのか?言いたいことがあるなら今のうちだぞ、アルメーニャ公爵」
「言い訳は、言い訳はございません。ですが聞きたいことがございます。何故今になって王女殿下を気にかけるのですか?今まで陛下が王女殿下と話したことも殿下の名前を言ったことも記憶にございません」
「ユーリディアが死んでから仕事以外何も覚えていない」
「は……?」
「本当に何も覚えていない。お前たちの顔すら認識できていなかった。食堂でユリアーナが話す姿を見て突然様々なものを認識できるようになったのだ。それほど腑抜けていた。これほどお粗末な横領すら見抜けなかったほどに。今更遅すぎるのはわかっている、だが私はユリアーナとやり直したい。これまでの分を取り戻したのだ」
今まで人形のように淡々と職務を行っていた国王はそこにいなかった。しっかりと相手の目を見つめて己の想いを話している。ユーリディアが生きていた頃のかつての王が戻ってきたようで宰相、アルメーニャ公爵は目を見開いた。
「申し訳ありません、先ほどの言葉を撤回いたします。一つだけ言い訳をすれば、国王陛下から名前も呼ばれず、後ろ盾もないユリアーナ殿下にどう接すればいいのかわからなかったのです。第二側妃とジェシカ殿下から度々暴力を受けていたようで、関われば我が身も危ないと大半の者は思っておりました」
「それをわかっていながら放置していたと。お前には側妃を退ける力があったにもかかわらず……結局お前もユーリディアが気に入らなかったということか。それもそうか、身分の低い側室より妹の方が可愛いに決まっている。ユリアーナは彼女に瓜二つだ。さぞ憎かったことだろう」
「わ、私はけしてそのような」
「違うとは言い切れまい。憎むのは勝手だがやり方を間違えたな。誰のおかげで王妃が今も生きていられると思っている?誰のおかげで第一王子が王太子に指名されたと?ユーリディアの恩を仇で返した愚か者が。お前が彼女の恩に報いていれば今まさに王太子が国王となり、お前の地位もなくなることはなかったというのに」
その言葉に怒りは感じず、ただ淡々と言葉を述べる国王に宰相は顔を歪ませる。
「宰相は王妃の兄であることと長年国政を支え続けてきたこと、私が先代アルメーニャ公爵に世話になったことに免じて懲戒処分ではなく辞職を許す。辞職しない場合は第一王子の王太子の位を撤回、王妃の過去の行いを公表し罰する。異論はあるか?」
「……ございません」
宰相は俯きながら頷いた。国王は言葉に責任を持ち、有無を言わせず有言実行する合理的な人だ。基本的に言い訳は聞かずに国王として国のために淡々と職務を実行するが、こうやって話を聞いてくれたのは本当に珍しいことだった。だからこそここまで感情の赴くままに打って出るなんて思いもしなかった。そのことに少しだけ残念に思う。
「不満そうだが、まさか私が私情でお前たちを罰したとでも思っているのか?」
思っていたことを言い当てられて宰相は顔が強張る。他の者たちも少なからずそう思っていたのか目を逸らした。
「勘違いするな。私は今国王としてお前たちを罰している。近衛騎士団、使用人の職務放棄。食事すらまともに与えられない、質問にも答えられない質の悪さ。これら全て統括するお前たちの責任だ。何より宰相、お前はユリアーナに割り振られた予算を側妃とミロー侯爵が横領していたことを知っていながら黙っていただろう。罰せられないとでも?そこを追求しないだけ感謝してほしいものだな。これ以上重い罰にしないのはこの一連の全責任が私にあるからだ」
国王の言葉に全員口を噤んだ。わざわざ指摘されなければ自分たちのしたことを棚に上げて正当化しているところだった。国王が感情的なんて一瞬でも思ったこちらが愚かだ。
「それに私が感情的になっていたら、お前たちは既に死んでいる。もしユリアーナが死ぬようなことがあれば王宮内の人間を皆殺しにして私も自死していた」
そう言いながら国王はもう宰相たちを見ていなかった。興味を無くしたように手元の書類に目を通している。国王からとても笑えない冗談を聞いて全員に緊張が走る。
「引継ぎの際、私が腑抜けていた間ユリアーナがどう過ごしていたのか、どんな生活をしていたのか詳細な報告書を作れ。今まで見て見ぬフリをしてきたことも全て。報告書にない不祥事が後から発覚した場合は追加で処罰する。ああ、ここに座っている奴らは全員クビ、尚且つ横領の恩恵を受けていた大馬鹿者だ。さっさ牢にぶち込め。後任の候補を挙げておくように」
そう言って持っていた書類を机に投げ捨てると国王は立ち上がって執務室から出て行った。従事が慌てて後を追いかけていくのを呆然と見ながら宰相は深く息を吐く。今まで無視してはいけないと思いながら結局何もせずに放置していたことが今になって自分へ返ってきた。別にユリアーナが嫌いだったわけではない。単に側妃アンジェリーナの相手をするのが面倒なだけだった。ユリアーナを助けたところで何かを得るわけでもないし、国王だって一切無視で気にかけもしなかったのだから。でもユーリディアが亡くなってからユリアーナに手を差し伸べていればこんなことにはならなかったのも事実。せめて側妃からの暴力や横領を止めていれば。王妃である妹の夫の心を奪ったユーリディアが憎くないと言えば嘘になる。しかし国王に感情を与え、王妃の罪を取り下げて甥のレオナルドが王太子へ指名されたのは間違いなくユーリディアのおかげだった。亡き父がユーリディアから受けた恩をきちんと返すように言い残していたのにそれすら無視した。全てが後の祭りだ。
「まさに因果応報か……」
宰相は力なく呟くと引継ぎと報告書作成のため執務室を出て行った。




