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思わぬ展開 sideエミリア




「アンジェリーナ様、落ち着いてください。衛兵、彼女を今すぐ侍医の元へ連れて行け。ジェシカは後で話があるからそのつもりでいろ」


静かな声で場を鎮めたのは王太子のレオナルドだ。王妃と同じライトブラウンの髪に垂れた目をしており見た目は優しそうな王子様である。反応してくれたのはありがたいがエミリアの質問に一切触れていないところをみるとこの人もユリアーナの存在を認めたくない人間らしい。こんな人たちと仲良くできそうになくてこの先不安しかない。


「先に私の質問に答えてもらえませんか?ここはどこで、私は誰なのかを聞いているんですけど」

「……どうやら本当に頭がおかしくなったらしいな。早く部屋から出ろ」


その言葉にカチンときた。さっきから誰も質問に答えないしユリアーナの名前すら呼ばない。おまけに頭のおかしくなった病人扱いだ。どう考えてもおかしいのは彼らなのに周りの騎士やメイドもエミリアがおかしいように見てくる。何故ここまで彼らがユリアーナに酷い扱いをするのかわからないが、もう冷静でいるフリはやめよう。今日は様子を見るだけのつもりだったがそれでは埒が明かないことがよくわかった。レオナルドの言葉にキレたエミリアは彼を睨みつけると、腕を掴もうとしてきた騎士の手を振り払う。


「あなた、一体何様なわけ?何の権利があって私に命令するの?」

「なっ」

「人の質問にも答えられずに病人扱い。頭がおかしくなったですって?ええ、本当に頭がおかしくなりそうよ。皆私を無視するし言葉の通じない人たちに囲まれて本っ当に気が狂いそうだわ。だいたいあなた誰なのよ。偉そうに命令しているってことはまさかあなたがこの国の王様?ならこの国の行く末は想像に容易いわ。あなたみたいに言葉を理解できない人が王様なんてもう国はおしまいね」

「おいっ!いくらなんでも言い過ぎだぞ!」


エミリアの物言いに全員唖然としている中、がたっと立ち上がって身を乗り出して怒鳴ってきたのは第二王子のツェッドだ。エミリアが目線だけで彼を睨むとぎょっとして引いた。レオナルドは厳しい顔をしながらエミリアを見つめている。


「言って良い言葉もわからなくなるとは、階段から落ちたというのも本当らしいな」

「とことん私の質問に答える気がないのね。以前の私はどうやって生きていたのかしら」

「わかった、医者に診てもらいながら私が説明しよう。そこで君の質問に答えるからここは—―」


「ユーリディア?」


ポツリと言葉を零したのはなんと今まで人形のように動かず口を閉ざしていた国王であった。エミリアに至ってはそういえば国王もいたのだと存在をすっかり忘れていたほどである。その場にいた全員がエミリアの発言以上に驚いて食堂が静寂に包まれた。ユーリディアとは亡くなったユリアーナの生母の名だ。


「ユーリディア……いや、ユリアーナ、なのか?」

「……私の名前はユーリディア?それともユリアーナというのですか?」


国王に質問を質問で返して申し訳ないがとても大切なことなのでそう言わせてもらった。故人とユリアーナを区別できないなら厄介この上なく本当にお先真っ暗である。すぐに身の振り方を考えなくてはエミリアの生き残る道がなくなってしまう。


「ユリアーナ、そう、そなたの名前はユリアーナだ。男ならルシウス、女ならユリアーナと名付けるように私が言った」


そう言い終わると静かに立ち上がってエミリアの元までやってくる。国王の一挙手一投足を食堂にいるエミリア以外の人間が固唾をのんで見つめていた。周りの奇妙な空気に居心地の悪さを感じながらエミリアは国王と対面する。


「私はユリアーナという名前なのですね。それで、ここはどこで私はあなたとどういった関係ですか?」

「ここはガージル王国王宮。私はこの国の王、シリウス・ラフィリア・ガージル。そなたは私の娘、ガージル王国第二王女、ユリアーナ・ガージルだ」

「えっ!?」


必死にすまし顔を作っていたが国王の返答に顔を顰めてしまった。だって、ユリアーナの記憶をどんなに探ってもこの国王に娘だと認められたことがない。当然名前など呼ばれたことがないし、ユリアーナがどんな状態であっても一瞥すらしなかった。側妃に扇で殴られて顔に青痣がついたまま晩餐に出ても無視、水びたしで王宮内で会っても挨拶も返されず素通りだ。一体どの面下げて今更父親だなんて名乗るのだ。ここにいるのがユリアーナ本人ではなくエミリアで本当によかった。こんなふざけた状況にユリアーナをいさせたくない。悪魔を殴る前にこの男をぶん殴りたいと思った。


「……あなた、本当に父親なの?」

「ユリアーナ!不敬だぞ!」


ムカつきすぎて思わず素で本音を零すとレオナルドに叱責された。今のは確かにエミリアが悪いけど会話のできない人間にとやかく言われる筋合いはない。


「質問に答えられない方は黙っててもらえます?」

「お、お前っ」

「黙れ。私は今ユリアーナと話している」


エミリアと国王に黙れと言われてレオナルドは絶句した。そんな彼を気にもとめず国王は彼女を見下ろす。


「そなたがそう思うのも当然だな。今まで全てが灰色にしか見えなかったのに、今はとても全てがはっきりと鮮明に見える。どうやら私は腑抜けだったみたいだ。そなたの顔も、今初めて見ることができた気がする。ユーリディアにそっくりだ」

「……ユーリディアとは誰ですか?」

「そなたの母親だ。私に心を与えてくれた恩人でもある」

「そうですか。それで、一体私はどうすればいいのでしょうか?国王陛下以外誰も質問に答えてくれないのでどうすることもできないのですけど」

「すぐに改善させよう。一日だけ待ってほしい。明日そなたと話す機会を設けるからその時に何でも質問してくれ。だから今は食事をしよう。ああ、階段から落ちたとも言っていたな。後で医者も行かせるから診てもらいなさい」

「わかりました。でも一つお願いがあります。ここの人たちは虫の入ったスープとカビたパンがお好きなようですが、私はそれらを食べることができませんので今後は普通の食事を用意していただきたいのです」

「なんだと?」


とりあえず国王がまともっぽいので今一番大切なことをお願いした。ユリアーナは三日前にジェシカに階段から突き落とされ、その後食したのは今日の昼頃に小さなパン3つとコップ一杯の水だけだ。さすがに空腹なので虫入りの食事はご勘弁願いたい。エミリアの言葉を聞いた国王は目を細める。


「晩餐は中止だ、各自自室に戻り許しがあるまで謹慎とする。宰相と近衛騎士団長、執事長、統括侍女を至急執務室に呼べ。貴族院も集めろ。第一王女には侍医、ユリアーナには私の主治医を付けて診察し各自報告しろ。……ユリアーナ、今日は部屋で食事をとって休みなさい」


国王が淡々と命令するとエミリア以外の全員、一瞬反応が遅れて動き出した。国王が仕事以外で話すところはユリアーナの記憶にないが他の人たちも初めてだったらしい。エミリアの物言いも国王の前では霞んでしまったようで皆命令に従っている。国王はエミリアの頭をそっと撫でるとその場を離れた。みんな早足で食堂から出ていったが一瞬強い視線を感じて振り返ったがすでに誰もいなくなっていた。一人食堂に残されたエミリアはため息をつきながら退室する。ちなみにその後、エミリアの着替えを手伝うメイドはおらず、食事も運ばれてこなかったし当然医者も来ない。やっぱりここの人間とは仲良くなれそうにないわ。



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