考えるひまもない sideエミリア
自室、というか寂れた物置小屋に帰ったエミリアは暖炉に当たりながら状況を整理した。
ここはガージル王国王宮にある離宮の物置小屋だ。本来のユリアーナの部屋は王のいる本殿にあるらしいが幼少期に側妃にそこを追い出されて乳母と一緒にここへやってきた。側妃とその娘である異母姉のジェシカから日常的に虐げられていても周りは一切無視。メイドや騎士はもちろん、王妃や二人の異母兄、宰相や文官、そして実父である国王まで。ユリアーナの生母は彼女を生んで命を落としている。彼女は没落寸前の男爵家の出身で、彼女が側妃に召し上げられた時に彼女の両親が事故で亡くなり男爵家はなくなった。ユリアーナの母は男爵家がなくなる前に王族籍に入っていたので後ろ盾はなかったが貴族ではいられたようだ。生母についてユリアーナ自身は何も知らないようで、乳母から生母は国王に愛されていたと言われていたことしか記憶にない。母は愛されていたのに娘はこの扱いって、それ全然愛していないわ。
一通り状況を整理すると目を閉じてユリアーナの記憶を探ってみた。女神が言っていた通り身体にも記憶はあるので新しい記憶から掘り起こしてみる。すると、なんとユリアーナはここ三日ほど目を覚ましていなかったことが判明した。先ほど調理室で日時を確認していたので間違いない。三日前にユリアーナは異母姉のジェシカに王宮の階段から突き落とされて意識不明だったのだ。それなのに医者にも診させず寒い冬の中暖炉も付けない部屋に放置とは人を殺す気満々である。この中で目覚めたのは運が良いのか悪いのかよくわからない。何故ジェシカと側妃がここまでユリアーナを虐げてくるのだろう。彼女の記憶には王家や彼女の出生に関しての記憶は一切ない。生母が生きていた頃に何かあったのだろうか?
「ユリアーナ、あなたとっても苦労していたのね」
そう呟くとパチパチと薪の爆ぜる音だけが部屋を満たす。ユリアーナの置かれた環境がこの短時間で酷いことがよくわかった。楽しみもなくたった一人で過ごすこの孤独が彼女にとってどれほど苦しいことだったのか。エミリアは今でも客観的にしか見ていないが良い気はしないし寂しいものだ。彼女の身体は痩せ細っており骨が浮いている。よく見れば腕にうっすらと傷跡が残っていた。側妃やジェシカにぶたれるのは日常茶飯事で息を潜ませて過ごしていた。そんな彼女を誰もが見て見ぬフリをしているなんて本当に酷い話だ。
さて、どうしたものか。まずは環境改善が必須、とはいってもこの状況ではどうしようもない。ユリアーナの記憶を辿ると国王は仕事人間で、仕事以外何を話しても反応しないらしい。彼女の記憶にある国王の姿は無口無表情不愛想の朴念仁だ。国王に生活を保障してもらうのが一番手っ取り早いがすでに今の段階でそれは絶望的である。生母の実家もないので何の後ろ盾もないユリアーナには厳しすぎる現実だ。せめて生母の実家の親戚や派閥の有力貴族が後ろ盾になってくれればいいがそれも望めそうにない。あれ、すでに詰んでる?
うーん、とエミリアはギシリと音を立てる椅子に寄りかかりながら考えた。幸いユリアーナは勉強ができるらしく、知識は豊富だったが貴族の派閥や力関係についてはさっぱりであった。貴族間の関係性は普通親兄弟から教わるものなので教科書に載っていない知識はユリアーナが身に着けることはできない。それならまずはこの国の貴族社会を徹底的に調べて知ることから始めよう。ユリアーナが学園へ入学するのは年明けの春なので今すぐ学園で探ることができないのが惜しい。女神に言われたこの一カ月以内にまずは後ろ盾となる家を見つけて王女として少しでも相応しい生活へ近づける。悪魔の脅威がある以上考える時間も惜しいのでそうと決まればやることをリストアップしなければ。エミリアは机にある羽ペンを執ると早速書き出していこうと筆を走らせた。
しかし、ノックもなしにいきなり小屋の扉が開かれてそれもできなくなった。冷たい風が入り込んできて室内が一気に冷える。エミリアが扉の方を見ると不機嫌な顔をしたメイドが二人、図々しく部屋に入ってきた。ずいぶん躾のなっていないメイドだと呆れて見ているとメイドの一人がエミリアの腕を掴んだ。無理矢理立たされると上着も着させてもらえずそのまま小屋から連れ出されて王宮の本殿の一室へ連行される。そういえば、週に一度王族全員で晩餐をするのが恒例となっていたのを思い出す。ユリアーナにとって唯一まともな食事にありつける貴重な機会だ。でも晩餐の空気は最悪でどんより重苦しい中食事をするので味はよくわかっていない。そんなこともあったのかとユリアーナの記憶を辿っているとシンプルだが上品なドレスに着替えさせられた。さすがに国王の前で粗末な格好はできないらしく、一時的にユリアーナへ貸し出されるドレスだ。まともなドレスがこの国にあったのだと他人事のように思っていると、エミリアを迎えにきたメイドの一人が乱暴に腕を掴んで引っ張ってきた。晩餐の時間が迫っているらしいがエミリアの知ったことではない。でもせっかく国王に直接会える機会なので一応言うだけ言ってみようか。しかしその前にこの躾のなっていないメイドが先だ。エミリアは腕を掴むメイドの髪の毛を鷲掴みにすると思いっきり引っ張った。
「きゃああぁっ!?」
やられたら倍にしてやり返す、それがエミリアだ。ポーレリア王国では公爵家であり王太子の婚約者だったため陰口以外目に見えた嫌がらせは全くなかったのである意味新鮮である。メイドは頭を押さえて驚いた顔でエミリアを見ていた。周りにいたメイドたちも驚いてこちらを見ている。エミリアが口を開こうとした時、そういえばユリアーナとお互いに記憶喪失の設定でいこうと言ったのをここで思い出した。危ない、ついいつもの調子で物申すところであった。目覚めた時に調理室で堂々とした態度をとってしまったけどあれはノーカウントで大丈夫よね?メイドへすでに手は出してしまったが何も発言していないのでこれもまだなんとかなる、はず。エミリアとユリアーナの性格は正反対なので記憶喪失のフリは必須だ。これをきっかけに国王とも話す機会を得られるかもしれないので内心慌てながら顔には出さないよう無表情を決める。表情を出さないという王妃教育がここで発揮されるとは思わなかった。
「ねえ、ここはどこ?私、起きたら記憶がなくなっていて、自分が誰なのかもなんでここに連れてこられたのかもわからないのだけど」
「えっ」
メイドは目をさらに大きくして気まずそうに目を逸らした。他のメイドを見ても皆目を逸らして無言になる。これは出だしを間違えたのだろうか?
エミリアは誰かが答えてくれるのを待っていたが誰も何も言わずに気まずい空気だけが広がる。すると廊下の前方から従僕らしき人が走って来て早く来るように必死にジェスチャーをしていた。仕方なくエミリアはそちらに歩き出すと皆あからさまにほっとしている。いや、みんな何にほっとしているの?私乱暴に腕を掴まれて引っ張られた挙句誰も質問に答えてくれないんですけど?
立ち止まってメイドたちの方へ振り返るとさっと目を逸らされた。この人たちが何をしたいのかさっぱりわからない。とりあえず状況が落ち着いたら呼び出し決定だ。メイドたちの顔をしっかり覚えると、今度こそ従僕の方へ歩いて行った。




