女神の間⑧ sideユリアーナ
『エミリア、ユリアーナ。本当に生き返る道を望むのですか?悪魔にさえ見つからなければ生まれ変わった方がはるかに安全なのですよ。今ならまだ選択を変えることができます』
「でも見つからない保証はないし、私たちが幸せな環境に生まれるっていう絶対の保障もないのでしょう?」
『……』
「女神様が私たちのためにそう言ってくれているのはわかるわ。でも誰かが行動しなければ悪魔は永遠に女神様の世界にのさばるのでしょう?なら私が動くわ。女神様が掴んでくれたチャンスを無駄にはしない」
「わ、私も、逃げることしかできませんが、その、が、頑張ります……」
エミリアのように自分が動くなんて言えないユリアーナは尻すぼみになりながらなんとか言葉を紡いだ。我ながらなんて情けないんだろう。エミリアが頼りになりすぎて自分の存在を恥ずかしく思う。
でもユリアーナだって生き返る選択をしたのだ。生まれ変わっても今の自分のままではまた悪魔に絶望させられるのが容易に想像つく。恐怖も不安ももちろんある。でも結局悪魔との衝突を避けられないのなら今行くしかないと思った。そうしなければいつまでも変わらない気がして嫌だった。エミリアのように強くはなれないかもしれないが、それでも自分の思うままに生きてみたかった。
そんなふうにユリアーナが思っていると女神様は驚いたように自分を見ていた。何かしてしまったのだろうかとユリアーナが戸惑っていると、女神様は何かを決意したようにまっすぐエミリアとユリアーナを見つめる。
『ユリアーナの迷いが完全に消えた……それならもう、わたくしが道を阻むこともありませんね』
女神様のすぐ近くにいるユリアーナたちでさえ聞こえないほど小さく呟くと、彼女は二人の手を取って立ち上がった。
『エレガルド帝国とガージル王国にわたくしの力が宿った聖遺物があります』
「聖遺物?」
『それが、人間が悪魔に対抗できる唯一の物。エレガルド帝国は短刀、ガージル王国は槍です。安全を確保したらそれらを探しだし手元に置いておきなさい。手元に置けなくともそこはわたくしがなんとか取り計らいましょう。聖水はわたくしの加護がすぐにいきわたるよう毎日飲み、常に持っておくように。気休めですが悪魔にも効きます』
「女神様……」
『それと環境改善も必要ですが貴女たちの血縁者を味方に付けておきなさい。愛し子の血縁者たちは悪魔に操られたり体を乗っ取られたりすることはありません。ですが、ジェシカのように負の感情が強い人は悪魔に騙されやすいのでエミリアは気を付けてください』
「ええ、肝に銘じておくわ」
「ご、ごめんなさいエミリア様!」
ユリアーナは思わず謝罪を口にした。味方になるべき身近な人間がジェシカな時点ですでに絶望的だ。早速身内がエミリアに迷惑をかけていて申し訳なさすぎる。
『二人の覚悟、確かに受け取りました。貴女たちが悪魔に立ち向かい、人生を取り戻したいというのならもう何も言うことはありません。生き返った後も定期的に二人をここへ呼びますのでその都度情報を共有して対策を練りましょう』
「女神様!」
エミリアは笑顔で女神様の胸元へ抱き付くと釣られてユリアーナも彼女に引っ付いた。
『ごめんなさい。二人に大変な思いをさせてしまって……もし何かあれば迷わず教会へ逃げなさい。一時でも守るくらいはできます。恥じる事はありません、まずは自分のことを考えてください。貴女たちが生きて、幸せになってくれるだけでわたくしはいいのです。わたくしもできる限り力になりますから。二人が生き返り、その人生を終えた後は天上の世界へ旅立つことを約束します。もう絶対にあなたたちを危険な目には合わせません。
それからもう一つ』
女神様は一度言葉を切ると、申し訳なさそうに言った。
『実は選択の時がもうすぐ迫っています。生き返るか輪廻へ返るか、今すぐ選択の答えをわたくしへ改めて教えてください』
「えええぇ!?ちょっと、いくらなんでも急すぎよ!まだ話しておきたいことがたくさんあるのに!」
「ど、どうすればっ」
まだまだ作戦を練ると思いきや、まさかのタイムリミットであった。突然すぎてユリアーナもエミリアも慌てふためく。
『落ち着いて。悪魔もすぐには動き出しません。時を戻す際、世界中にわたくしの力が行き渡るので簡単に行動できなくなるはずです。最低でも1カ月はわたくしの力が世界に残りますから貴女たちはその間に行動してください』
「初手は私たちが有利なのね。ユリアーナ、確認よ。私はまずガージル国で生活を変えるために行動するわ。国王から王女としての生活を保障するように言質を取れるのが理想だけど、無理なら最低でも普通の生活ができるようにする。私の好きにしていいのでしょう?」
「はい、エミリア様のお好きなようにしてください。自国がどうなってもかまいませんから!えっと、私は記憶喪失になって、様子を見てエミリア様のご両親にエレガルド帝国へ留学したいと言えばいいんですよね?できれば婚約解消も」
「そうよ。お願いさえできればあとはお父様がなんとかしてくれるはずだから焦らず行動しましょう。何かあったらまずは落ち着くこと。体の記憶をたどって冷静に対処するのよ」
「は、はいっ!」
急ぎ足になってしまったが最初にやるべきことを確認した。ユリアーナは頭の中で一つずつ整理をしながらしっかり頷く。
「それと、一番大切なことをお願いするわ。私の分までお父様とお母様を愛して。私の分まで愛してるって二人に伝えて」
「っ……」
その言葉にユリアーナは何も言い返せず固まった。すっかり忘れていたがエミリアには元の世界に大切な家族がいたのだ。ユリアーナには思い残すことがなくとも彼女にはある。何て答えていいかわからず戸惑っているとエミリアは寂しそうに笑った。
「ごめんなさい、これは私の我儘ね。忘れてちょうだい」
「あ、あの、私」
「いいの、気にしないで」
「あの!わ、私はまだ誰かを愛することがよくわからないんです。この先どうなるかわからないし、不安で怖くて……でも、私頑張ります。頑張って悪魔から逃げます。逃げ切った後、私なりに精一杯伝えます!そ、それでもいいですか……?」
「ええ、もちろんよ……ありがとう、ユリアーナ」
エミリアはユリアーナを優しく抱きしめた。釣られてユリアーナも彼女を抱きしめ返す。
しかしそうしていると白い空間にたくさんの光の粒が降ってきた。とても綺麗な景色に見とれていると、女神様が二人に向けて両手を差し出した。
『選択の時です。我が愛し子たちよ、貴女たちの答えをわたくしにください。さあ、手を取って』
言われた通りにエミリアとユリアーナは女神様の手に自分の手を乗せた。顔を見合わせるとお互いに頷き合う。
「「私たちは生き返ることを選択します」」
女神様の目を見てはっきりと答えた。不思議とその声は白い空間全体に響いて光の粒が弾ける。すると女神様の身体が光りだしてそれは次第に目も開けられないほど強烈な光となった。
『エミリア、ユリアーナ……どうか無事で……』
そんな声が聞こえたと思った瞬間、二人は光の洪水に飲み込まれていった。
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