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幕間 彼女の決意




 私は初めて、彼の姿に目を奪われた。


 凛から色々仕組まれた最初の頃は、私はまだどこか彼を信じきれないでいた。


 いつ見返りを求めてくるのか、いつ下心を持って接してくるようになるのか、いつ優しくなくなってしまうのか。


 反射的に、安全な距離にラインを引いて、そこから先に踏み込まれた瞬間に逃げられるように身構えてしまった。


 だから昨夜、私の方から彼に相談事を持ちかけたことは、私自身が一番驚いた。


 誰かに助けを請いたい。その場から逃げ出したい。その一心で咄嗟にスマホを取り、開いたのが音無くんとのトーク画面だった。


 夜風にあたって顔の熱が冷めたところで、音無くんに迷惑をかけたかもしれない、凛に頼ればよかったかもしれないと後悔したが、時すでに遅く、音無くんが急な呼び出しに応じて来てくれていた。


 こんな面倒なお願いまで聞いてくれた音無くんに対し、お礼もなしに走って逃げてしまったことに関して、心から申し訳ないと思った。


 部屋に戻ると、そこには陽乃しかいなかった。立花さんたちは他の部屋に行ったのだろうか、私は安心して胸を撫で下ろした。


 二日目、アドベンチャーコースの時間。


 体力に自信の無い私にとって最も憂うつなのがこの時間だった。しかし、陽乃と凛との会話が弾み、音無くんと上田くんがこまめに休息を取ってくれて、心配していたことは全て杞憂に終わった。


 アスレチックと最高難易度の崖を終え、昼食の弁当を受け取った時、事件が起きた。


「川の方で席取って待ってるね!」


 音無くんに続いてお手洗いに向かう私に、陽乃が下り道を指さしながらそう言った。確かに言ったはずだったが⋯


 二人で向かうと、そこには誰もいなかった。


 戻るかと提案してくれた音無くんに、時間が無いからここで食べようと言ってしまったが、今となって考えればラインで聞けばよかった⋯。


 今更すぎる後悔に目も当てられない。


「ペースきつくなかった?」


 ⋯⋯⋯コクリ


 食事の最中、音無くんの方から何回か話題を振ってくれるが、私は素っ気ない返ししか出来なかった。なんて可愛げのない人間なのだろうと、自嘲する。


 だけど、


「高良さん?確かに背が高くてカッコいいね」


 私が出すことのできた話題、『自分の友達』に対して、音無くんはストレートに褒めてくれた。


 その反応は、シンプルではあったが、私の男性嫌悪の一つの印象を変えてくれる返事だった。


 まだ私が男子と話せていた頃、同じような話題で会話をしたことがある。




「前の席の西川さん、大人っぽくてとっても可愛いよねー」


 男女数人ずつの大所帯で話していた昼休み、私がふと言葉を零した。


 今思い返しても何が間違っていたのかは分からないが、多分、私がなにか失言したのだろう。


 その場にいた、よく女子の中で話題に出ていたバスケ部の男子が「あの子なんかより咲良の方がいいっしょ」と発言し、周りの男子たちもそれに同意する。


 すると、数人の女子たちから、何故か()()()()()、冷たい目線を向け、ばつの悪い態度でその場を去っていった。


 それでもなお居続けた男子たちの会話は、これまでに感じたことがないくらい気持ち悪く感じた。


 格好をつけたい時期なのかもしれないし、意中の相手のためなら他の女子なんてどうでもいいのかもしれない。下ネタも好んで使う年頃だと理解はしている。


 しかし、私の耳も、頭も、心も、それらに対して強い拒絶反応を起こし、思春期に差し掛かって以前より身長差を感じ、性に興味を持った男子たちが、とても怖く、受け入れ難いものに見えた。


 それ以来、私は男子や一部の女子と少しずつ距離を取り、卒業する頃には、顔を見て話せないほど男性に対して恐怖心が芽生えていた。




 以前の記憶と違い、素直に会話を続けてくれた音無くんに対し、私はついテンションが上がってしまった。


 間もなくして我に返り、恥ずかしくて目線を外す。


 (やっぱり彼は、あの男子たちとは違う)


 依然顔を背けたままの私に、音無くんはある提案をする。


「好きな話題の時だけ、顔を合わせて話したい」


 前後の言葉を含めて、音無くんは私を気遣うように慎重に言葉を選んで、なおかつ失敗した時の保険をかけて伝えてくれた。


 この時私は、“ある意味諦めた”。


 逃げること。甘えること。弱気になること。


 そして、失敗を恐れることを諦めた。


 少しずつ、少しずつ克服しよう。


 私は自分に言い聞かせる。


 だって、私が信頼してる親友二人が太鼓判を押してくれた相手なのだから。


 私は振り返り、音無くんの目を見て、言った。




「分かった。頑張ってみる」

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