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2日目 冒険と弁当



 宿泊研修二日目。パンにハムエッグにスープというザ・朝食を食べ、広場に集合した俺たちは、班ごとにアドベンチャーコースに出発した。


 森の中を歩くと、木で作られたアスレチックが自然に紛れるように設置されていた。


 基本的に一列に並んで突破していくため、先頭に翔太が立ち、宮前さん、高良さん、咲良さん、そして最後尾に俺という順で隊列を組んだ。


 本来の目的は自然に囲まれて身体を動かすことなので、難易度自体は高くない。小さな子供でも楽々にクリア出来るコースで、会話や緑豊かな景色を楽しみながら、アスレチックゾーンをクリアした。


 次のコースは⋯何も見えなかった。


 しかし、見えずともその恐怖を感じるのは安易だった。


「これ、やばくね?」「俺無理だわ」


 俺たちの班より前に出発した人達が、休憩所の木陰で頭を抱えている。


 それもそのはず、下をのぞき込むと、10mは余裕であるであろう崖が存在していた。


「ここって、なにするんですか?」


 翔太が配置に着いている先生に質問する。


「このハーネスを付けて、崖を下ってもらいます。もちろん、ヘルメットはしてもらうし、ハーネスも取れないように固定してあるから安心してね」


 それなら!と、翔太はすぐにハーネスを装着し、両足を崖につけ、地面と水平になる体勢を取った。


 慣れたような手際で、下のクッション近くにいる先生もびっくりしている。どこでそんなのを知ったんだろうか。


「じゃー次は私ー!」


 楽々クリアした翔太に続き、宮前さん、高良さんもゆうゆうと下っていく。


 崖の下で喜んでいる三人を見ていると、背中の服が引っ張られたような感覚があった。


「咲良さん、もしかして高いところ苦手?」


「なんとなく、怖い」


 俺は振り向かず、確信を得ているような口調で尋ねると、咲良さんは自認した。


「足の感覚と、ハーネスを力いっぱい握ることだけ集中して、目を瞑ったらいいよ」


「もし目を開けちゃった時は、俺が全力で手を振って気を紛らわせる」


 ぷぷっと、後ろで吹き出したような声が聞こえた。間もなくして、咲良さんが意を決したようにハーネスをつけ、先生に導かれて崖を下った。


ーーー結局、目を開けることは無く、ぽんとクッションの上に着地した。


 男子が苦手なのも、これくらいの少しの後押しで治ってくれればいいんだけどなあ。


 潜在的な恐怖から来る高所恐怖と、過去の経験がストレスになって蓄積された男性恐怖とでは、治す条件は違うに決まってる。


 だからこそ、少しずつ慣れていく必要がある。そのために高良さんは俺にお願いをしたのだろう。




 再び登山をした俺たちは、弁当が支給されるチェックポイントにたどり着いた。


「食べるのはどこでもいいですが、食べ終わったあとのゴミはちゃんとここに戻しに来てくださいね」


 配給の先生に返事をし、唐揚げや卵焼きが入った弁当を受け取る。


「俺、お手洗い行ってくるから、適当に席取って食べてて」


 俺はベンチの端に弁当を置き、実は我慢していたトイレに駆け足で向かう。


 用を足し、弁当を置いたベンチに戻ると、俺の弁当の上にもう一つ、弁当が置かれていた。


 その弁当を手に取り、どうしようかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。


「それ⋯私のです」


 そこには、おそらく俺と同じでお手洗いに行った様子の咲良さんがいた。


 俺は弁当を一つ咲良さんに渡す。


「ありがとう。陽乃たちは、川の方に行くって言ってたよ」


 咲良さんが指を差した方には、確かにうっすらと川が見えた。そして草が荒れた道を進むと、大きな岩が点在する川辺にたどり着いた。


「翔太たち、どこだ?」


 しかし、肝心の翔太達の姿が見当たらない。


 と言うより、真横が大きな岩に囲まれていて、対岸しかまともに見ることが出来ない。


「どうしよっか。引き返して別のところ探す?」


 せっかくならみんなでワイワイと食事をしたい。だけど⋯


「それだと食べる時間が無くなるから、ここで食べませんか?」


 咲良さんが提案する。ここに抜けるまでにそこそこ時間を使ったのは事実で、ここで戻っているかどうかが不確定な場所を探しに行くのは効率が悪い。


 そして、この晴れの中、咲良さんに昼ご飯をまともに取ってもらえずに無理をさせてしまうのはもってのほかだったため、俺はそれに頷いた。


 俺と咲良さんは向き合って⋯なんてことはなく、川の方を見て、ひと一人分間を空けて座り、たまに会話を挟みながらご飯を食べ進める。


「高良さん?確かに背が高くてカッコいいね」


 話の流れで、班のメンバーの話題になった。ちなみに翔太だが、俺といつも絡んでいるため名前だけは知っていてもらえていたらしい。


「でしょ!凛は頼りになってとっても格好いいの!」


 テンションの上がりように驚いて声の方に顔を向けると、見たこともないような笑顔で話す咲良さんがいた。


 俺はいつもとのギャップに言葉を失い、咲良さんは冷静になったのか顔を赤くして後ろを向いてしまう。


「咲良さん。それだよ!」


「それ?」


 俺は、この会話に解決策を見た。咲良さんはあちらを向いたまま首を傾げる。


「咲良さんは、高良さんや宮前さんのことが大好きでしょ?」


「もちろん。陽乃と凛は大好きな友達」


 咲良さんには珍しく、恥ずかしがらずに即答する。


「咲良さんが大好きな人やことについて話す時、とっても素敵な顔をしてる」


 さっきの笑顔も、驚いたのももちろんだが、あまりの素敵な笑顔に見蕩れていたのもまた事実だった。


「そして、初めて、咲良さんから顔を見て話してくれた」


「つまり、陽乃とか凛の話の時は、ちゃんと顔を見て話せるってこと?」


 多分、それは違うと思っている。話の内容は重要だが、テンションが上がっただけで積み重ねられた苦手意識に勝ることは少ない。


 そこで俺は、攻めの提案をする。


「もしダメなら、目を逸らしてくれても、瞑ってくれてもいいから、好きな話題の時だけは、顔を向かい合わせて話してほしい」


 咲良さんは身体を強ばらせ、少し俯いて悩む仕草をする。数秒の思考の末、咲良さんは大きく深呼吸をして、緊張気味の様相を帯びたまま、声を発する。


「分かった。頑張ってみる」


 俺は、彼女の決意のこもった眼差しに、再び目を奪われ、見とれてしまった。




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