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1日目 トラブル?



「あ、いた」


 宿泊棟から少し下ったところにある柵の裏に彼女はいた。


 行動範囲内ギリギリで、広場より下にあるこの場所に、俺は赴いていた。



 数分前、咲良さんから敬語でラインがきた。


 数週間前なら違和感なく受け入れた敬語だったが、ここ最近は全く見ることがなくなり、俺はその変化を不審に捉えていた。


 その直後、身構えた俺に送られたラインは、今日の感想だった。


 レクリエーションで別のクラスの女の子と少しだけ話せたり、6人組の時はやっぱり男子と話せなかったり、いつも通りの他愛のない会話をしていた。


 しかし、文章がなにかおかしい。『それでね』とか『えっと』などの言葉が多く、本心を出せずに困っているようにも見えた。


 抱いた疑問についてなるべく優しく聞いてみると、何やらルームメイトとトラブルを起こして、部屋にいるのが気まずくなったらしい。

 そして、部屋から抜け出した結果、人を避け続けて誰もいない下の方に行ったらしい。




 そんな咲良さんが心配になり、了承を得た上で、俺はここに来たのだった。


「上と違って静かだね」


 自由時間にみんなが主に行くのは、部屋、お風呂がある建物のホール、建物の近くの外、体育館のどれかだろう。


 その全てが宿泊棟より上にあるため、わざわざ何も無い下の方に下りる人は誰もいなく、街灯のライトと風で擦れる木々の音だけが存在している。


「俺はここにいるから、ラインで話そうか?」


 俺がここに来てから、咲良さんは一度もこちらを向かず、コクりと頷くばかりだった。


 しかし、咲良さんはここに来て初めて首を横に振った。


 手を顎に当て思考した俺は、咲良さんが寄りかかっている柵の()()に腰を落とした。


「これなら、声で話せそう?」


「⋯⋯うん」


 今日初めて聞く咲良さんの声だった。その事実が、咲良さんが異性と会話することの難しさをより際立たせる。


「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」


 二人の間に暫しの沈黙が流れる。


 今回の相手が女子とはいえ、咲良さんの過去やトラウマに関わる可能性があるため、地雷を踏まないように言葉を選ぼうとするが、安全なルートが見えない。間違った憶測を仮定して話すなんてもってのほかで、どう切り出すか迷っていたが


  先に声を発したのは、咲良さんだった。


「私、男性に苦手意識があるって言ったでしょ」


「うん」


「⋯あれ、少し違って⋯。実は、一部の女性にも苦手意識があるの」


 俺は、不思議とそこまで驚きがなかった。


 翔太曰く、咲良さんは男子の中でも人気らしい。クールで大人しく、平均より少し高めの身長に理想的なスタイルをしていて、街で見かけるだけでつい目を奪われてしまいそうな雰囲気を醸し出している。


 しかし、男子はおろか、宮前さんと高良さん以外の女子と自分から話していることなんて見たこと無かった。


「同室の立花さんが、坂下くんって男の子のことが好きらしいの」


 俺は見知った名前に身体をビクッとさせたが、声に発するのは我慢できた。


 そして、そこまで聞いた俺はなんとなく気まずくなった原因がわかってしまった。


「なるほど。だけどその坂下くんは、咲良さんのことが気になっている⋯ってことね」


「⋯⋯そう⋯らしい」


 咲良さんはどこか迷惑そうに肯定する。


「咲良さんは、坂下くんのことどう思っているとかあったりする?」


「えっと⋯顔が分からない⋯」


「⋯それは⋯⋯難しいね」


 ついこぼしてしまったネガティブな言葉に、咲良さんも相槌を打つ。


 理想の解決策としては、咲良さんが坂下くんと直接話して、関係の進退を決めるべきなのかもしれない。関係が進む⋯なら立花さんは口を出せなくなるし、遠ざけるなら、坂下くんはきっぱりと引いてくれる人だと思うし、立花さんに目をつけられる心配もなくなる。


 関係が進むと仮定したところで少し思考が濁ったのは、そうなる想像がつかないからだと思う⋯多分。


ーーー話を戻そう。


 しかし、咲良さんは俺含めクラスの誰とも顔を合わせて話すことが出来ないほど男性が苦手である。


 つまり、解決のために一番必要な話し合いが不可能ということで、こちらから意思表示をすることが出来ない。


 さらに、坂下くんが咲良さんを本当に気になっているのかすら定かでは無い。立花さんの情報も正しいのか分からないし、坂下くんから直接聞かないと信ぴょう性が薄い。


 数秒の沈黙の後、一つの案が浮かんだ俺は、咲良にこう伝えた。


「今は静観するのがベストだけど、部屋に戻るのは厳しいかな⋯」


「陽乃が部屋長会議から戻って来てるはずだから、もう大丈夫だと思う」


「そっか、もし部屋に居づらくなったら、宮前さんか高良さんに相談してみてね」


 また気まずくなった時の解決策だけ伝えて立ち上がったが


「⋯⋯⋯音無くんじゃ、だめ?」


 初めて聞く、咲良さんの弱々しくて甘えるような声に、俺は一瞬呼吸が止まってしまう。


 振り返ると、咲良さんはまだかがんでいた。しかし、その耳は街灯の影で暗くなっている中でも分かるくらい、赤く染っていた。




 その後、咲良さんは恥ずかしさに耐えられなくなったのか、駆け足で宿泊棟に戻った。俺もそれに続いて、ゆっくりと部屋に戻る。


「お、音無くんどこ行ってたのさ。ウノ、一緒にやらない?」


 部屋に入ると、部屋長会議を終えた坂下くんが、加藤くん、戸田くんと三人で机を囲み、普通にウノをして遊んでいた。


「もちろん。せっかくなら、こんなのどう?」


 三人とも「なになに?」と興味を向ける。少なくとも、今この空間を楽しんでいるようだ。


 俺は先程思いついた計画が実行できそうな展開に、心の中でガッツポーズをした。


 そして、この場面だから確実に承認される“あるルール”の追加を提案する。


「まだ互いのことあまり知らないだろ?だから、最下位が一位の人の質問に答えなくちゃダメって罰ゲームをつけてしない?」


 その提案はあっさりと通り、目的のために娯楽を利用したことを申し訳なく思いつつ、俺は普通にゲームを楽しむことにした。


 ふと、咲良さんの部屋の雰囲気が気になって聞いてみたが、宮前さんのおかげで絡まれることは無くなったらしく、俺は安心してウノを楽しむことが出来た。




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