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1日目 出発



 宿泊研修当日は、空は雲ひとつ無い晴天に囲まれた。心地の良い日光に背中を押され、俺はバスに乗り込んだ。


 山は天気が崩れやすいと言うが、なんと今日から三日間の天気予報は晴れで降水率0%。俺は手を合わせ、学年のどこかにいる晴れ男、もしくは晴れ女に感謝した。


「なにしてんの」


 その様子を見ていた翔太が、顔に戸惑いの色を見せる。


「晴れたことに感謝しただけだよ」


「私のおかげかな?」


 席の間から宮前さんがひょっこり顔を出し、ふふんと自慢げな顔でこちらを見る。


「ハルは前から晴れ女だよな。外で遊ぶ時も雨降ったことないし」


 通路を挟んだところに席を取った高良さんが、立ち上がってこちらに寄ってきた。


 このバスは列を挟んで両サイドに二列ずつあり、40人のクラスに対して50以上の席がある。先生を入れても全然席が余る程の大型バスが6クラス分並んでいる様はとても壮観で思わず仰け反ってしまうほどだった。


 騒ぐのが苦手で、その雰囲気で車酔いしてしまう俺は、真っ先に最前列の窓際を確保した。


 翔太は、俺が前に乗っているのを見るとすぐに隣に陣取った。

 気にしないで後ろに乗っていいと言ったが、ここがいいと拒否された。


 その後に来た咲良さんたちは、咲良さんが俺と同じタイプらしく、真後ろの窓際に座り、その隣に宮前さん、そして左側に一人高良さんが座った。


 程なくして点呼確認があり、二時間のバスの旅が始まる。


 後ろの方から聞こえていたテンションの上がったクラスメイトたちのお祭り騒ぎも、一時間を過ぎる頃にはかなり落ち着いていた。


 中にはすやすやと寝ている人もいて、俺の隣にいる翔太と斜め後ろの宮前さんも夢の世界に入っていた。


 高良さんは隣の女子生徒と会話しており、真後ろの咲良さんは死角になって様子を伺うことが出来ない。


 俺は仕方なくスマホを手にすると数分前にラインが来ていたことに気がつく。


『楽しみだね。宿泊研修』


『そうだね。翔太なんて、昨日寝れなかったって言ってたよ』


 今日までほぼ毎日ラインの会話をしていくうちに、敬語は自然に取れていた。

 なのに、顔を合わせて会話をしたのはクッキーを貰った時が最後というのは、なんとも不思議が関係だと思う。


『陽乃も昨日あんまり寝てないって言ってたよ』


 他愛のない会話が心地よい。こうやって咲良さんと関わっていけば行くほど、何故ギャル寄りの振る舞いをしてるのだろうかと疑問を持つ。ただ好きなだけの可能性もあるけど。


『私、ずっと音無くんに助けられてるね』


 助けられている。この言葉は咲良さんとのラインの中で何度か出ていた。


 助かった、ありがたかった、救われた。


 感謝の言葉を何度も述べられ、そういうつもりで行動したわけではないのに、毎度顔が熱くなっていた。

 今回も例外ではなく、外の景色を見て意識を逸らす。


『あの時声をかけてくれなかったら、同じ班だったのは名前も人柄も知らない男子だったんだよね』


『正直、そうなってたら家から出る勇気なかった』


 たまに言葉に出る咲良さんの嫌な記憶。苦手意識を取り除こうとしている努力は見受けられるが、どこか失敗の恐怖に怯えているような状態だった。


 俺はその壁を超える手伝いをしようと試みたことがあるも、そもそも苦手意識をしている男性側の俺が手を出したところで、警戒で手を取ってくれないだろうと思い留まった。


 一度大きな傷を受けると、その後の少しの失敗で前回以上に悪化してしまう。


 俺の実体験の中からも、そのような結論が出ていたため、俺は普通に友達として仲良くなろうと決意した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「「とーちゃーく!!」」


 宿泊施設に到着するやいなや、バス中に大声が鳴り響く。


 最後列の元気な運動系集団が、ついさっきまで寝ていたと思えないほどのテンションで立ち上がる。


 その声でまだ寝ていた翔太も目覚め、最前列の俺たちから先にバスを降りる。


 自然に囲まれた宿泊施設は、一面緑が拡がっていて、ずっと呼吸をしていたくなるほど空気が気持ちいい。


 車の音も、電車の音も、建物の影もない。


 日常とかけ離れて見慣れない風景や雰囲気でさえ、何故か懐かしく感じてしまう。


 みんな集合したところで、これからの行動を確認する。


 解散後、荷物だけ宿泊棟に置いて、自然の産物をふんだんに使った昼食を取り、レクリエーションが行われる体育館に集合する。


 部屋は四人部屋で、荷物を置きにいったときに、ルームメイトの名前を初めて見た。


 陸上部でクラスの中でもトップクラスに目立つ、女子にモテる坂下くん。学年一桁の順位で、テニス部の加藤くん。眼鏡であまり目立たないタイプの戸田くん。そして普通の帰宅部の俺という、なんともクセのすごいメンバーとなった。


 話し合いの末、坂下くんを部屋長に任命し、夜の自由時間に行われる部屋長会議へは坂下くんが参加することになった。




 レクリエーションは学年合同で行われ、適当に組んだ6人組で人間知恵の輪をしたり、男女に分けられて無言で誕生日順に並んだりという、アイスブレイク的なものがいくつか催された。


 基本的に翔太と共にした俺は、変なことをして目立たないようにそつなくこなして乗り切った。


 夕食はカレーだった。野菜たっぷりのカレーは甘めで、自然の景色も相まって、キャンプをしている気分になった。


 夕食を終え夜の19時過ぎ。ここからはクラス順に大浴場に入りつつ、22時まで施設内行動自由という最高の自由時間だ。


 一組の俺たちは最初に風呂に呼ばれ、一番風呂を堪能した。


 部屋に戻ると、俺より先に風呂から上がった坂下くんが一人、宿泊研修のしおりを読んでいた。


「坂下くん、お風呂済ませるの早いね」


「もうすぐ部屋長会議なんだ。今のうちに色々確認しておこうと思ってね」


「俺に何かできることはなさそうだね」


「そうだな。暴れる人達じゃないし、部屋が綺麗で助かるよ」


 そこまで言うと、「そろそろ言ってくる」と部屋長会議へ向かっていった。


 一人しかいない部屋で、非日常な景色を再確認していると、スマホの通知が鳴った。


『今、話せませんか?』


 それは、なぜかまた敬語に戻っている咲良さんからだった。




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