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お礼



週末を挟み、俺の体調は元通りになった。


久しぶりに辛い思いをした三日前を思い出し、健康な状態のありがたさを心の底から感じた俺は、ついいつもより早めに登校してしまった。


そんな感じで今週からまた普通の生活を送ろうとしたのだが⋯


(⋯⋯なんだ?)


教科書を机の中に収めようとするが、何故か奥まで押し込むことが出来ない。


教科書を一旦取りだし、奥の方を覗くと何やら袋があり、手に取ると、それは丁寧に包装されたクッキーだった。


シンプルなミルククッキーに、チョコクッキー、そしてアラザンとチョコスプレーでデコレーションされた綺麗なクッキーなどが10枚ほど入っていた。


「おお⋯すっご⋯」


思わず声が出てしまう。


ーーーでも誰が?


今日は月曜日なので、入れるとしたら俺より早く来た誰か。


俺は周りを見渡し、数人しかいないクラスメイトを観察する。


ーーーあ、いた。


正面から左に90度。真隣を見ると、分かりやすくチラチラと視線を送る咲良さんがいた。


間違っていたら恐ろしいが、勇気を持って聞いてみることにした。


「これ、もしかして咲良さんが?」


すると咲良さんは正面を向いて少し俯いたままコクコクと頷く。


恥ずかしがっているのか、頬は紅潮し、肩に力が入っていた。


「ありがとう。今食べてみてもいいかな?」


「⋯⋯うん」


今度はしっかりと言葉に出して返事をしてくれた。


俺は袋の中のアイシングクッキーを手に取り、口に運んだ。


「美味っ!咲良さん、とっても美味しいよ」


咲良さんは俺に背を向け、スマホをいじり出した。数秒後、俺のスマホの通知が鳴る。


『良かったです。初めて作ったから口に合うか不安で⋯』


ーーー初めて!?これで?


俺は驚愕した。初めてでこんなに綺麗な形、デコレーションが出来るものなのか?


俺が昔塩クッキーを作った時は、塩の配分を間違えてとても食べられないくらいしょっぱいクッキーが出来たのに⋯。


俺が味に感動していると、新たなメッセージが届く。


『こんなお菓子で、お返しになるかは分かりませんけど⋯』


『本当に気にしないでいいよ。なんなら貰いすぎだよ』


まだどこかに罪悪感が残っているようなメッセージを、否定する。

あれは自己満足であり何故か格好をつけた結果なので、ここまで申し訳なくされるとむず痒いというか、気恥しい気持ちが強まった。


ーーーガタッ!


咲良さんが急に立ち上がり、そそくさと教室を出る。


変なこと言っちゃったかな。


自分の送ったメッセージを再確認していると


『私、最初は警戒してたんです』


それに続けて


『ある時から、特に男性が苦手になりました。それ以降、目を合わせたり、話しかけられたりすることすら怖くなりました』


『でも、音無くんは違った。下心なんてなく、ただただ良心のみで話しかけてくれました』


『だから、そんな音無くんに無理させて、直接お家に出向けなかったことが申し訳なくて⋯』


そこまで送られたところでメッセージが止まる。


今、彼女は勇気を振り絞って話している。


本当は話したくない過去のトラウマを、乗り越えようとしている。


俺は今になって、高良さんから言われたことが何となく理解できた。


『シオと仲良くしてやってね』


『仲良く』と聞いた時は、ただ話せる友達になって欲しいという意味で言われたのだと思っていたが、もしかしたら、ここまで見越した上で高良さんは頼んだのかもしれない。


『気にしないで大丈夫だよ。俺も貰いすぎてなにか返さなきゃって思ってたくらいだし』


なにか欲しいのある?と冗談っぽいスタンプをつけて送る。


『もし良ければ、また私とこうして話してほしいです』


そんなお願いに、『もちろん』と返し、思わずクスッと笑みがこぼれる。


どちらかと言えばギャルっぽい佇まいながら、文章は丁寧というギャップが、根は真面目な咲良さんをそのまま表しているようだった。


予鈴がなり、咲良さんが教室に戻ってきたが、目を合わせることはなく、その日は学校では一度も言葉を交わすことはなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ーーー恥ずかしすぎて顔見れない⋯!


数分前の自分の行動を省みて、私は分かりやすく頬を紅潮させる。


こんなになったのも、全部凛のせいだ。


土曜日、試作のクッキーを食べてもらうため二人を呼んだが、陽乃は用事があるようで、凛だけが家に来た。


配分ミスから始まり、焼き時間ミスにいびつな形に⋯。


できる限りのミスを犯した上で、何回目かにしてある程度形になったクッキーが焼きあがった。


凛も『美味しい!』と言ってくれて、そこにあったほとんどのクッキーを食べてしまった。


そして問題が起きたのは別れ際。


「今日は色々とありがとう。助かったよ」


「どういたしまして。⋯⋯ねえ、シオ」


凛は急にトーンを落として微笑む。


「彼、いい人だと思う?」


「うん」


私は思考する間もなく即答する。


関わった時間は数分であっても、彼の優しさは身に染みた。


下心もなく、借りを作って変な頼みをすることもない。

これまで相手から話しかけられた男子の中では、一般的には普通かもしれないが、私の中では異質だった。


「だからさ、彼に頼ってみてもいいと思うんだよね」


「頼る?」


「シオの男嫌いを治すために、彼と友達になってみたらどうかなって提案」


それを聞いた私の心は複雑だった。

音無くんを利用するようで悪いかなと思った反面、正直に言うと魅力的な提案と感じたから。


これから生きていく上で、いつかは男性への苦手意識を無くさないといけない。


そのいつかと言う不確定な機会がとうとう訪れた。


ーーー怖いけど、この期を逃したら後悔する。


でも、やっぱり怖い。


また大きな失敗をしたら、次は視界に入れることすら出来なくなるかもしれない。


そんな私の不安を感じとったのか、凛が私の肩に手を置く。


「あたしはね、彼なら大丈夫だと信じてるよ」


「だって⋯」と言葉を置き私としっかり目を合わせて話を続ける。


「初めてだよ。シオが嫌な顔せずに男の子の話題を出したの」


私は言葉を失った。


過去に何度か、男の子の話をしたことがあった。


しかし、内容は中高生が好きな色恋沙汰ではなく、全て私の苦手意識から来る相談だった。


「だからさ、信用してみない?」


静かに頷いた。頷くことしか出来なかった。


「じゃ、月曜クッキー渡した時に、ラインでいいから話したいって伝えなきゃね」


「えっ!」


珍しくいたずらに笑い、凛は「じゃあね」と言い去っていった。




ーーーこれで、よかったのかな。


月曜日の帰宅後、ベッドで天井を見ながら今日を振り返っていた。


また話して欲しいなんて、おかしかったかな。


恥ずかしさを隠すように、近くにあったスマホを開くと、ラインの通知が来ていることに気がついた。


『クッキー全部食べました。美味しかったです。ありがとう』


思わず小さくガッツポーズをした。二つの意味で。


一つはもちろん、美味しいと言ってくれたこと。


そしてもう一つは、最初の一通を送ってくれたこと。


これで、『ラインで会話をする』というミッションに自然にうつることが出来る。


ラインを打っては消し、打っては消し。


全部打ち終わり、深呼吸をして、勇気をだして送信ボタンを押した。




『どういたしまして。音無くんは、甘い物大丈夫でしたか?』




お読みいただきありがとうございます!

視点や時系列の切り替えがもし分かりにくければ申し訳ありません⋯

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