訪問
「今回だけは熱出て欲しくなかったな」
平日のベッドの上で一人、ポツリと呟く。
熱を出すのは何年ぶりだろうか。
前回の発熱を覚えていないからこそ、昨日は油断していた。
俺は原因となった出来事を思い返す。
あれは、ただの自己満足だった。
教室での大人しくも堂々とした立ち振る舞いと違い、困り、弱ったように縮こまった咲良さん目の前にして、柄にもなく格好をつけたような形になってしまった。
もしかしたら、迷惑がられていたり気持ち悪がられていたかもしれない。
咲良さん、大丈夫かな。重く受け止めないといいけど⋯
本当に自己満足であり自業自得なので、もし責任を感じさせてしまったのなら申し訳なく思った。
ご飯を食べて寝たおかげで、既にベッドに座れるほどは回復し、高校生活が始まったことによって溜まっている積読の消化をするべく本を読んでいると、家のインターホンが鳴った。
重い腰を上げ、一階に降りて玄関を開けるが、やはりまだ回復しきってはおらず、急に起き上がったことにより視界がぐらついて見える。
「はい。どちら様ですか」
まだ視界がはっきりとしない中で、目の前にいる二人?の人物に話しかける。
「音無くんだよね。あの、大丈夫?」
目を擦り、もう一度二人の人物を見ると、同じ高校の制服を着た女子二人がいた。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
見た事あるような。無いような。
頭の上にはてなマークを出した俺に勘づいたように背の低い女の子が口を開く。
「あっ!私は宮前 陽乃!で、こっちは高良 凛ちゃんだよ!一応同じクラスなんだけどなー?」
宮前さんは、一歩前に出て前に屈み、いたずらっぽい顔をして見上げる。
「ごめん。まだあんまり覚えてなくて⋯」
頭を下げた俺に対して、宮前さんも申し訳なさそうに慌てる。
高良さんは「病人相手にダル絡みしないの!」とお叱りを入れていたため、俺は二人に大丈夫と微笑んだ。
「まだ体調悪そうだから、端的に用事を済ませるね」
高良さんがスクールバッグから大きめの封筒を取りだし、手に持っている傘を渡された。
「あと、これ」
目の前に差し出されたのは、ラインの友達登録画面が写し出されているスマホだった。
「えっと、どういう事?」
「シオ⋯、咲良の事ね。シオがさ、自分の言葉で言いたいんだって」
それを聞いてなお、俺は納得しきっていなかった。
高良さんはその様子から察したように
「シオはね、男の人が苦手なの。対面でまともに会話ができないくらい」
俺は昨日の会話を思い出す。
確かに、声から緊張が見て取れたし、言葉も度々途切れていた。そしてなにより、一度も目が合わなかった。
「なるほど。分かった」
俺は自分の中で納得し、スマホを取りだしてQRコードを開く。
すぐに友達登録が終わり、『Rin』という名前が友達欄に追加された。
「あ、じゃーついでに私もー」
横からスマホを割り込ませ、宮前さんともラインを交換する。
こちらは『はるの』という名前で、それぞれ二人の雰囲気に合っている登録名なことから、心の中でふふっと笑ってしまう。
「で、これがシオの連絡先ね」
ピコンと通知音が鳴り、咲良さんの連絡先が送られてくる。
『咲良 紫音』とフルネームで書かれたラインを登録したところで、「ではお大事にー」と手を振って宮前さんは後ろに歩き出した。
「出来ればでいいけど、シオと仲良くしてやってね」
「音無なら大丈夫な気がする」と言葉を続けて、高良さんも家を後にする。
どういう事か理解はできなかったが、急に動いて会話をしたことで少し体調が悪化したため、咲良さんに『音無です。よろしくお願いします』とだけ送って再び寝る事にした。
固く、事務的な文章になってしまったのは許して欲しい。
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凛から『連絡先教えといたよ』というラインが送られて来てほんの数分後、見知らぬアカウントからの通知が届く。
そのアカウントは『怜斗』と表示されており、『音無です。よろしくお願いします』という文章から、送信相手は音無くんだと確定した。
「文章固っ!でも、これも音無くんらしいのかな」
私が彼に抱いた第一印象は、‘’真面目で不思議な人”だった。
昼休みと放課後だけ男友達と会話し、それ以外のクラスメイトと親密に話しているところは見た事がない。
仲のいい人以外には冷たいのかなあ。なんて想像を勝手にしていた。
しかし、昨日でその印象は一変した。
正直、最初は警戒した。
その様子を感じ取ったのか、彼は同じ目線まで体勢を変え、明らかに優しい声色で傘を差し出した。
そして、強く断れないうちに彼は去っていってしまった。
「返事、すぐに返したらおかしいかな」
まともにラインをする相手は基本的に母か陽乃か凛で、そこに男性は一人もいない。
数分思考したが、結局今返事をすることにした。
『咲良です。昨日は傘、ありがとうございました。そして、私のせいで体調を崩させてしまってごめんなさい』
何度か読み直し、送信する。
その瞬間、緊張して力んでいた体が急に緩み、重力に任せてベッドに横になった。
ーー全然返ってこない。
ベッド倒れ込んだ後、ドキドキして返信が来るのを待っていた。
しかし、30分たっても既読すらつかない。
じっとしてられなくなり、家の掃除をして、課題を終わらせ、ご飯を炊き、お風呂を沸かす。
結局返事がきたのは、夜の八時頃。
『寝てて返すのが遅れました。体調は大丈夫だから、気にしないね。あと、板書のノートありがとう』
板書のノートとは、私のノートをコピーしたプリントのことだ。
今日渡せるせめてものお礼として、連絡物と一緒に付けておいた。
さすがにそれだけでは申し訳ないので、凛の提案で、次の学校の時にクッキーを手作りして渡すことにした。
⋯⋯直接渡せるかは⋯⋯別問題だけど。
明日クッキーの材料調達と必要な道具を揃えて、一度試しに作ってみて、陽乃と凛に味を見てもらおう。
かくして、私の週末の予定が決まったのだった。