第二話
「迎えに来たぞハル。今日から高校生活の三年間、また楽しみだからよろしくな」
「ボクと同じ三年間を歩んでいけることになって、ハルトはラッキーだよ」
エントランスのドアが開かれ桜森永人の来客者が声をかける。
来客者の内、一人の友人は栗色にやや黒色が残る髪を髪上部は丸みをつけて襟足部分を軽く仕上げた髪型にソフトなモヒカンでアレンジしており、しっかりとした体格からはスポーツを嗜んでいることがわかる。
襟元のネクタイはゆるく結ばれていて、ボタンを外す事でラフなイメージが持たれ、その格好からアクティブに動きたいという気持ちが現れている。
もう一人の友人は対照的に制服からもその体格の細さが伺え、体格の良い友人と比べると低く見えてしまう。明るい茶色味の髪である毛先は軽くカールを巻いており容姿から女子に間違うなというのは難問である。制服に規律を求めるかのように丁寧にブレザーやスボンに手足を通し、キッチリと結ばれたネクタイから性格が滲み出る。
「おはようー、修江に清加。中学の時にも世話になったけど今日からまた改めてヨロシクな!」
店の奥から襟のボタンを締めとネクタイを忙しなく結ぶ桜森永人が、登校の待ち合わせをした宗崎修江と日馬清加の元へ走り寄る。
相変わらずだらしないという顔をする日馬清加は悩みのタネである桜森永人に深いため息を漏らし、似たもの同士なのか宗崎修江は見慣れた桜森永人の姿に口が小刻みに笑う。
二人に走り寄る桜森永人は長身の宗崎修江にはハイタッチを、細身な日馬清加にはロータッチを既に打ち合わせをしたかのような阿吽の呼吸で手を合わせる。この三人が同じ中学で同クラス、同部活で培ってきた信頼の深さが成せる証だ。
「ちょっとは遅刻して来そうな感じがしたんだが、予定通りに来られると調子が狂うな、もう一度やり直さん?」
「何を馬鹿な事を言っているだ修江、これはハルトがほんの少しばかり成長した証拠だよ」
日馬清加は右手の親指と人差し指の間を硬貨一枚がなんとか通れる厚み程の幅を広げて桜森永人の成長を語る。
「だけど、ネクタイの結び方がだらしがないのを見せてくれていつものハルトなんだとボクは安心したよ」
「こんないい天気の日にネクタイなんて暑苦しいのを首に巻くなんて無理だなぁ、首回りが痒くなりそうでたまらない。それにネクタイの事を言うなら修江も雑なネクタイの結び方なんだからそっちも注意しないと不公平じゃないかとわたし、ネクタイ結び抵抗党の党首が進言する」
「寝言は言いたいならここに布団を敷こうか? 修江の結び方は雑に見えるけどあれは身長、スタイル、人柄から湧き出る雰囲気だからこそマッチするいわゆる『おしゃれな結び方』なんだよ、だからハルトはしっかりと結ぼうか」
雑に結ばれたネクタイを最も簡単に解いたネクタイを桜森永人の首に柔らかな手の運びで結びにかかる。されるがままの桜森永人は日馬清加の香る心地よい匂いに頬が朱色に染まる自分に冷静を取り戻そうと努める。しかし、その努力も虚しく日馬清加が男だと知っていても緊張は解けず意識してしまうのであった。
もし日馬清加が女性ならという桜森永人の『もしもの願い』は中学時代からの悩みはいまも引きずっている。
「新しく始まる高校生活にスミの十八番が早々と出たな、ハルへの『飴と鞭』はいつ見ても鞭は厳しくて、飴は塩辛いからオレなら一心不乱に逃げ出すけどなぁ…弱みでも握られてる?」
二人のやり取りをニヤニヤと眺めていた宗崎修江は三年も見慣れてきた仲良いこの光景に堪らず抜き出す。
「握れる弱みがあるならボクは教えてほしいな。ハルトが少しでもしっかりとした学生になるよう身だしなみや生活にアドバイスをしても効果が無いのはもっとキツイ教え方をしないとならないのかな」
「ワタクシめには握られるような弱みは某銀行口座や隠し金庫にも入ってないわ! 家に来て探してもそんなものは無いから来るなよ。それより入学初日から遅刻なんてウルトラレアな登校で全校生徒の注目の眼差しは今後の学校生活に関わるからな」
ネクタイの整えが終えたのを見て桜森永人は日馬清加の肩にポンポンと軽く触れ、中学から繰り返した感謝の意を込めた。
「小鳥のようにさえずっていると時はあっという間に過ぎるものだから、遅刻したくないのなら早くゆきない」
厨房の奥からエントランスでさえずる小鳥たちを捕らえた妖美な視線をケーニヒス黒根が送る。
「オーナーおはようございます、今日も『美しカッコいい』ですね」
「そんな言葉ないよ、『美しカッコいい』てなにさ…ひぃ」
日馬清加が最後の言葉を放つ前にケーニヒス黒根が背中を人差し指でなぞり悪寒が包み込んだ。
「おはようお二人共、会うのは久しいね。修江はユニークは挨拶をありがとう、清加は子供っぽい部分を磨いて大人に近づかないとね」
二人への挨拶を済ましたケーニヒス黒根はカウンターから群青色で小さな箱を三人へ手渡す。お店のロゴが蝋に刻印され封されており革張りの素材を使われていることから箱から気品を感じられ手渡す人の想いが表れ感じ取れた。
「これはわたしからのお祝い。最初に出会った時にはまだ小さくて小生意気だったのにあっという間に成長して素敵な『思い出』をありがとう。学校で時間がある時に口にしなさい、あなた達高校三年間の生活に良い旅を」
「あ、ありがとうございます。ボクは少なくとも二人よりかは子供じゃないつもりです、お菓子は美味しく頂かせてもらいます」
サプライズなプレゼントにうれしいさと恥ずかしさが交わり日馬清加は目線を逸らしてお礼の言葉を声を細く述べた。
「こんな立派はプレゼントをもらっていいのか戸惑うな。ハルについているだけなのオレにもお祝いしてくれたオーナーには感謝の気持ちがオレの中で沸ってるるっス!」
「高校生がお祝い貰って畏まり過ぎだって。お祝いだから特別に作ったわけじゃなく、いつも通りに作ってくれたお菓子なんだよ。食べた後に『ごちそうさま』とお礼を言われるのが作った者としては最高の言葉なんだから楽しみながら食べようぜ」
差し出されたプレゼントを自身のカバンにしまいながら屈託の無い笑顔を見せる桜森永人は二人の友人に声をかける。
すっと澄み通る言葉に二人はふっと笑みを溢した後に談笑で盛り上がる中、宗崎修江は腕時計の時刻が慌しく登校しなければならないギリギリの時刻を告げた。
「かなり急がないと高校生活の初日から重役出勤なんて開校初に記録を残して注目のスポットライトを浴びるなんて眩し過ぎるな」
「三人でこれからのことを語りながら高校生活の第一歩を飾る思い出深い時間となれたらなと思って早めの待ち合わせまをしたのに、今は時間に追われて高校生活の思い出ワーストランキング入りする登校になるなんて思いもしなかった……ハルト達には今日この瞬間の思い出を貰えてすごくうれしいなぁ...」
二人に対する妬ましい気持ちはストレートに日馬清加の声で表現され、その言葉に畏怖したのかそっと後退りする。
「チートのような人望が厚いパラメータや天才的な頭脳を持ち合わせているならいまとは別の形で思い出を作れたんだろうけど、至ってシンプルな一人の高校生だけどふっと思い出したら笑える高校の三年間をプレゼントするからな」
自分でも恥ずかしい言葉を述べていると自覚する桜森永人は赤くなる頬を指で掻きながら二人の友人との距離を縮める。その距離の差がほぼ無くなった事を見計らった桜森永人は足を大きく広げて始める。
「早速なんだが、思い出の一つとして『学校までの競争』を一つの思い出としてくれ」
ニッと笑いしてやったりとする桜森永人は二人へ言葉を残して学校へ向けて走り始めてた。
「それなら学校まで競争だな、負けた奴は飲み物をオゴリだ。手加減は無しだからなハルにスミ!」
「その勝負は面白そうだから受けるよ。だけど体力でボクに勝てた事があったかな」
三人の高校生達は桜のカーペットが敷かれた道を三年間を過ごす学校まで駆け走っていく。
その姿を運命の女神は暖かく見届けながらもこの先に待ち構える未来にその胸を躍らせていた。