ふえて、へって、またふえて
大人がいない場所で、お祭り以外の時で。
神社で遊んでは、いけません。
隠れん坊。現代日本においてはかくれんぼとして馴染み深い遊びの元となった、古い時代の行い。野生の獣は鼻が利くため、物陰に隠れた程度ではすぐに見つかる。つまりこれは、人間から逃げ隠れした出来事。鬼の様に怖い人間から逃げおおせる為に、息を殺し、物陰に隠れる。鬼ごっこと同じだ。小さな子らに、逃げ方を教えるための数少ない工夫。それが、隠れん坊。
けれど、けれど。古い時代の行いは、時に別の意図でもって為されていたとしたら、どうだろうか。果たして逃げ隠れするのは、怖い人間相手だけなのだろうか。
都市伝説の一つに、朝隠れん坊と言う物がある。条件は幾つかある。日が昇らない早朝に開始し、日が昇ると終了しなければならない。必ず5人で行う事。神社の鳥居を開始地点とし、神社の敷地内だけで行う。この条件を一つでも破ると恐ろしいことが起きるらしい。
例えば口裂け女なら、対応を間違えると口を引き裂かれる。例えば赤紙青紙は、赤い紙を選択すると血まみれになって死亡し、青い紙を選択すると失血死する。都市伝説と言うのは殆どの場合、どんな被害を受けるのかが明確になっている。しかし、朝隠れん坊は被害の内容が良く分かっていない。
だったら実際にやってみよう。そう言いだしたのは健太だった。怖い物なんて何もないと良く口にしていた健太は、小学校の他の友達を集めて、次の日曜日に朝隠れん坊をやろうと言い出した。怖がる友達もいたけれど、大丈夫だと言い張った。健太は人数さえ揃えばいいと思っていた。だから細かいことは考えていなかった。
学校の近くに、神社がある。大みそかになっても誰も来ないほど、寂れた小さな神社。この神社なら、1時間もあればどんなに上手く隠れても探せる。だからここにしよう。健太はそう主張し、皆を集めた。2月の寒い早朝、厚着をした子供たちが街灯一本だけ辺りを照らす鳥居の前に集まった。
「じゃあ、始めるぞー。このくじを引いて、赤色の印がついていたらそいつが鬼だ」
コンビニの袋に入った5本の割り箸を、4人の子供たちが引き抜く。赤い印の割り箸は誰も持っていなかった。
「俺が鬼か。20秒数えるから、その間に隠れろよー」
鳥居を支え腕枕を作って、健太は数を数え始めた。いーち、にー、さーん、しー、ごー。健太はゆっくり数えながら作戦が成功して嬉しかった。袋に入れていた割りばしには、当たりが無かった。他4人に割りばしを取らせて、最後に残った割りばしが鬼。こうすると必ず自分が鬼になることが出来る。最近読んだ漫画にあったトリックだ。これで、作戦の第一段階が終わった。
「じゃあ、探すぞー」
作戦の第二段階は、普通に探す。さすがに「わざと朝隠れん坊を失敗する」ためと言っても、このまま家に帰っては学校で何を言われるか分かったものじゃない。だから全員探して、何か理由をつけて、朝隠れん坊を失敗すればいい。
懐中電灯を片手に、健太は神社の敷地内を探して回った。
神社の中は木が何本かと、木造の小さな建物しかなかった。だから、木の影を探して一人。建物の下を探して一人。建物の裏側を探して一人。そして、また木の影を探して、一人。いつの間にか回り込んだみたいで、鳥居の傍にも一人見つけた。
「よーし、これで全員だな」
いーち、にー、さーん、しー、ごー。健太は指差し数えて、全員いることを確認した。
「よし、これで5人全員いるな!」
うん、と頷いて健太は次の段階に進むことにした。次の段階と言っても、朝日が昇る前に終了するはずだけど、朝日が昇っても神社の中に残っていれば、朝隠れん坊は失敗する。
「なーなー。すぐに終わっちゃったし、次は何をして遊ぶ?」
健太が聞くと、子供の内の一人がこう提案した。もう一回、朝隠れん坊をしよう。
「それもいいかもな! よし、じゃあもっかいくじを引いて決めよう」
子供たちが近寄ってきて、コンビニ袋の中から割りばしを引き抜いていく。5本全部外れ。じゃあ、健太が鬼だね。子供のうちの誰かが言った。
「そうだな。わかった。じゃあ数えるぞー」
さっきと同じように、健太は数え始める。いーち、にー、さーん、しー、ごー。
不意に。健太は怖くなった。何故だろう。不思議に思いながら、数えていく。怖い事なんて何もない。ちょっと暗いだけで、この神社には怖い物なんて何もない。そう、心の中で呟いても、怖さは消えない。十を数え終わった。まだ何も間違えていないから、朝隠れん坊は失敗していない。だって、ほら。コンビニ袋で作った割りばしも、全部なくなっているし。
ぜんぶ、なくなっている。
おかしい。怖さの理由がわかって、健太は全身が震えた。割りばしは全部なくなるはずがない。子供は、『健太を含めて』5人なのだ。健太が割りばしを取らなかったら、一本余るはずなのだ。どうして、無くなっているんだろう。
十五を数え終わった。知らずの内に、どんどんと数える声がゆっくりと間延びする。まるで探しに行く時間を出来るだけ後回しにするみたいに。そう、健太は怖かった。割りばしを持って行ったのは5人。一体、その内の誰が、新しく増えた子供なんだろう。
十七を数え終わった。集まった子供たちは全員見知った顔だ。大丈夫。みんな学校の友達だ。あいつは牛乳が大嫌いで、給食の時はいつもアイツの分も健太が牛乳を飲んでいた。あいつは面白い事を言うやつだ。何時も変なことを言って、みんなを笑わせている。あいつはすごく怖がりだ。朝隠れん坊に来るのも最後まで嫌がっていた。あいつは友達がすごく多い。男友達とかけっこをしたり馬鹿みたいに騒いで、でも女の子たちともよく話をしている。あいつは勉強がすごく得意だ。テストの点数で90点以上しか取っていないメガネ君だ。
十八を数え終わった。あれ、おかしいな。何で、新しく増えた誰かがいるはずなのに、みんな知っている友達なんだろう。もしかしたら、怖がりの奴がいたからもう一人多めに声をかけていたのかもしれない。それで、途中から参加したのかもしれない。あれ、そうだとしたら、もう朝隠れん坊は失敗しているんじゃないかな。
十九を数え終わった。不味い、不味いぞ。全員が揃ってから朝まで待って出れば、怖いお化けが出てきても逃げてお終いだったはずなのに。何で、健太自身でお化けかもしれない誰かを探さないといけないんだろう。こんなことなら、怖がりのあいつは呼ばなかったらよかった。
二十を数え終わった。それも、おかしい。だって、朝隠れん坊を途中までは成功させるつもりでいたんだ。だから、絶対に一人多く声をかけるなんてことは、しなかった。
じゃあ、なんで、5人全員の事を、知っているんだろう。
誰が、呼んでいない友達なんだろう。
健太はおそるおそる、顔を上げる。懐中電灯の電源を入れる指が細かく震える。夏なら、きっと虫の音が聞こえたかもしれない。今は冬。肌を刺す寒さで、生き物の音が、しない。
歩き出すと、砂利の音がやけに大きく聞こえる。早く探して、もう終わりにしよう。朝隠れん坊を失敗したらどうなるか。それは他の人が発見したらいい。もうそれでいい。終わりにしよう。
健太は息を切らして神社の中を走る。木の影を探す。いない。建物の下を探す。いない。建物の裏側を探す。いない。他の木の影を探す。いない。
なんで? 健太は、もう何も考えられない。なんで、こんな狭い敷地の中で、まだ一人も見つからないんだろう。どうして。なんで。建物の中に入ったのかと思って駆け上がる。鍵がかかっていて、中には入れなかった。屋根に上ったのかと思って懸命によじ登ろうとしたけど、どうがんばっても登れなかった。木の上にいるのかと思って探したけど、やっぱりいなかった。
みんなで鳥居の傍に隠れて、健太が動き始めた時に鳥居に移動したのかもしれない。健太は、走った。こけそうになりながら鳥居まで走った。
でも懐中電灯の明かりは、無人の鳥居を照らしただけだった。
朝隠れん坊。それは必ず5人でしないといけない。
もしかしたら、子供たちの誰かが健太の悪だくみに気づいて、いたずらをしているのかもしれない。もしそうなら、いつの間にか増えた友達も、いまこうして友達が見つからないことも、説明がつく。
健太は怒った。あいつも、あいつも。みんな明日学校に来たら覚えていろよ。砂利を蹴飛ばし、健太は鳥居を出ようとする。
「あれ、あいつって、誰だ?」
息が、止まった。
牛乳が嫌いなやつを呼んだ。健太がいつも、ソイツの牛乳を飲んでいた。でも、健太はソイツを、どう呼んでいた?
面白い事を言うやつを呼んだ。健太はソイツがバカなことを言うたびに、指をさして笑っていた。名前は?
すごく怖がりなやつもいた。朝隠れん坊、と切り出した時から怯えていたので、名前を呼んで宥めていたはずだ。どんな名前?
友達が多い奴は絶対にいた。陽気でいつも笑っていて、ソイツがいるなら怖がりのアイツも来るに違いないと、ああ、でも、名前が出てこない。
すごく勉強のできるやつだって、きっと呼んだ。呼んだ覚えはないしメガネを付けた友達がいたかもよく分からないけど、89点を取った時は大泣きに泣いていたっけ。でも、それいつの話? もう名前どころが顔もよく分からない。
「メガネが怪しい、のか?」
じゃあ、メガネが増えたのか。じゃあ、何時増えたんだろう。鳥居を通る前は、確かに4人だった。あの時集まった中に、メガネはいたか、いなかった。どちらだろう。
鳥居から出ようとする足が、固まって動かない。メガネは何番目に見つけたんだっけ。どこに隠れていたんだっけ。いや、牛乳嫌いの奴も、どこで見つけた? 面白い事を言うやつはどこに隠れていた? 怖がりの奴は、見つけたときどんな顔をしていた? いや、そもそも。
みんなのかおを、よく、おもいだせない。
もう、いやだ。こわい。たすけて。もう何でもいいから、早く家に帰りたかった。あれだけ探したんだから、もう神社には誰も隠れていない。みんな家に帰ったに違いない。だから帰ろう。
砂利の音が、聞こえた。
後ろから。
もう、誰も居ないはずの敷地の中から。
足音一つ。じゃり、じゃり。
足音二つ、じゃりじゃり、じゃりじゃり。
足音三つ。じゃりじゃりじゃり、じゃりじゃりじゃり。
足音四つ。じゃりじゃりじゃりじゃり、じゃりじゃりじゃりじゃり。
足音五つ。じゃりじゃりじゃりじゃりじゃり、じゃりじゃりじゃりじゃりじゃり。
足音六つ。じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃり。
「え?」
何で六人分あるんだろうとか、なんでこんなにうるさいのに六人分だっとわかったんだろうとか。
そういう疑問は、振り向いた後に出てきた。
奇跡的にまだ手の中にあった懐中電灯が、やってきた六人を照らし出す。
牛乳好き。怖がり。友達好き。面白い奴。メガネ。そしてもう一人、よく知っている気がする子供が立っていた。
誰だろう。六人目は、とても、とても良く知っているはずの顔だ。でも、ありえない。よくわからないけど、あり得るはずがない。あんな顔、見たら忘れるはずがないのに、こんな場所で見るはずがないってことだけは、よくわかっていて。
「お前、誰だ」
「お前こそ、誰だよ」
六人目の声を聴いた時に、聞き覚えがあるなぁと思って、六人目が誰なのか分かった。誰の顔なのか分かった。ソイツだけは、名前がわかった。
ソイツは、健太だ。健太だ。健太だ。
じゃあ、と呟く。
「俺は、誰なんだ?」
朝隠れん坊。それを正しく行う条件が、幾つかある。日が昇らない早朝に開始し、日が昇ると終了しなければならない。必ず5人で行う事。神社の鳥居を開始地点とし、神社の敷地内だけで行う。
そして、もう一つ、大事な条件がある。もし、途中で5人じゃなくなったら、「朝だー! 朝が来たぞー!」とすぐに言わないといけない。
もし、これらの条件を一つでも破ってしまったなら。
隠れた子供は、ずっと夜に閉じ込められてしまうだろう。
けれど、けれど。これは神隠しの類ではない。
神社と言う霊地で行う降霊術の一種。
誰も気づかない。
子供と鬼が入れ替わってしまっているから。
怖い物は怖いから苦手です(。。
でも企画として書く分には良いかなと、試しにやってみました。
怖いのは、怖いから苦手です(。。