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デニーズへようこそ

作者: オカダハナ

 オレンジ色にぼんやりと光るファミレスの看板を目の前にすれば、鼻先が削れるほどの寒さも吹き飛ぶ気がする。

そんなもので吹き飛んでいたら幼気なアヒルから毛を毟り保温性の高いコートを作ろうなんて人間は存在しないが。 

重たいガラスのドアを開けて入る。

子供の頃はやたら重たかったよなと、ファミレスに来る度に思い出す。 

同時に、同じことを何回も言うのは老化の始まりらしいよと言われたことも。


 店内を見回す。年始のためか客入りも少なく、待ち合わせ人の姿がすぐに目に入った。

 彼女は窓際のソファ席に座り、メニューを眺めていた。

近づいてきた私に気づいたのか、こちらに向けて手をぶんぶんと振り、笑いかけてきた。

パクパクと動く小ぶりな口が目につく。


「おいっすー。あけおめことよろー」

「あけおめことよろー。待たせてごめん」

「そんな待ってないよ。つか寒くない?さすがに」

「さすがにってなに。まあ1月だしな」

 私はマフラーと上着を椅子にかける。

 アサコは肩まで伸ばした髪を前髪だけ上げ、斜め後ろに流して華奢なピンで留めていた。

細縁の金属でできた眼鏡に、ローゲージニットのタートルネック。

シンプルだが、お洒落だ。どこがと具体的には言えないが。全体の雰囲気がまとまっているからだろうか。

相変わらず、好きなセンスだ。


 アサコは右手で頬杖を突き、空いた手でメニューを広げる。

むっ、と縮こまっていた薄い唇が動いた。

「今日から仕事始め?」

「うん。早すぎでしょ今年」

「わかるー。つか日本人は色んな休みが短すぎるのよ。欧米の屈強な肉体なんて持ってない、ひよこな肉体で休みなく働きすぎ」

「ひよわ、じゃないか」

「ひよこの方がもっと弱そうじゃん」

「確かに」

 私はボタンを押して店員を呼び、注文をする。

アサコはボロネーゼパスタとオニオングラタンスープ。

私はグリルドツナサンドとオニオングラタンスープ。

それとドリンクバー二つ。

毎回パスタ頼んでないか?

「ちょ、はよドリンクバーいこ」

「わかったわかった」


何の生産性も無い。意味も無い。

言ってしまえば時間と金の無駄遣い。

この楽で楽しい時間を私がどれほど待ち望んでいるか。

どうか気づかないでほしい。






占い


注文の品が届いた。

アサコはさっそくパスタをフォークに巻き付けながら話す。

「去年さ、大学時代の友達同士三人でさ、初めて占いに行ってみたんよ」

「へー。興味はあるけど、行ったことないな」「それっしょ。あたしもそんな感じだったから、ふんぎりつけて行ってみた」

 ふんぎりつけるところか?わからんでもないが。

アサコはパスタをくるくると巻き、くるくると反対に巻き戻していた。


「どんな感じだったの?」

「いやそれがさ!今、改めて思い出してみたら、当たってるのよ!いやー面白いわー占いー」

アサコは残っていたカルピスを飲み干し、空のグラスを持ってドリンクバーへ向かった。

感想だけか。余計に気になるな。早く内容を教えてほしい。

アサコはカルピスとコーヒーを盆に載せて帰ってきた。

「それで?」

「何が?」

「占いの内容」

「それだわー。友達の一人がさ、占い師さんに、近々お付き合いしている方と別れるでしょう、って言われたの。占いに行ったのが10月かな?」

アサコはコーヒーをすする。熱かったのか。余り飲めていなかった。


「で、さっき家にいた時、その友達と電話したんよ。そしたら、なんと!多分別れそう。結果待ちだわ。って言われた!やっぱ占いって当たるんだねー」

「結果待ちってなに」

「友達は、彼氏に別れよって言ったんだけど、彼氏は既読だけつけて返信はないんだって。だから結果待ち」

「そういうことか。試験みたいな言い方だな」

 気になったことを質問しようと思ったが、私も飲み物が無くなったため、ドリンクバーに行く。


 アイボリー調の壁紙に、柔らかい印象を与えるソファとテーブル。

デニーズは落ち着いた雰囲気で居心地も良く、食べ物もとても美味しい。

 安くはないが、そこまで高くもない。

自分にとっては丁度良い、一番好きなファミレスだ。

ただ、いつも思う。ココアを置いてくれないかと。

ファミレスにココアがあるかどうかでテンションが左右される人間がいることを知ってほしい。

何卒。

 コーラ、砂糖を二本入れたカフェラテ、お手拭きを持ってくる。盆に載せればよかったな。

 飲み物を両手に持ち、席に戻る。


 アサコにお手拭きを渡し、まずはカフェラテを飲む。

「デニーズってココアないんだよね。下がるわ」

「思うよねー!ドリンクバーはジョナサン派なんだよなー」

理解が得られて少し嬉しい。


 お互い食事に集中し出したのか、自然と会話が途切れた。

 パンがカリッと焼かれてて、表面に少し塩気が感じる。パンだけ齧っても充分美味しい。

休日の朝食にさらっとこのクオリティーで出されたらかなり嬉しい。

今度、家で出してみよう。


私は先程の話の中で気になったことを質問した。

「さっきの話、占い関係なくないか?友達の方から別れ話を切り出してるんだよな。遅かれ早かれ、別れてたんじゃないか」

「確かに!占いを別れのきっかけにしてる感じ?ちょ、それ思いつかんかったー」

「わかんないけどね」

「え、でもその感じあるわー。ずっと前から彼氏の愚痴、半端なかったし」

「確定じゃないか?」

「だよね?」

 アサコは眼をぎゅっと瞑り、眉間に皺を寄せてオーバーに両手で頭を抱える。

 コロコロと表情を変えるアサコは、軽く振るだけでキラキラとした景色を見せてくれるスノードームみたいだ。

「やっぱ占いって当たるわー」






占い2


「そういえば、アサコはなんて言われたの?」

「あー占い?あたしはさ、今後、何かが変わる、とかそういう系は言われてないんよ」

 アサコは喋りながらメニューのデザートページを眺める。

お互い、注文の品を半分程食べ終えていた。

確かに、デザートに意識が向く頃合いだ。


「あたし自身のことを言われた-。なんか、私は楽観的な一匹狼なんだって」

「一匹狼って聞くと、孤高とか冷たいイメージだけど。楽観的ってなんだ?」

「そこなのよ。楽観的って部分が、あたしとしてはすごいしっくりきたんだー」

「そうなのか」

「あたしさ、いつも一人でいたいわけじゃないの。たまーにどこかの群れに遊びに行って、仲良くなって、一緒に暮らしてもいいかなって群れに思われた頃にはもういない。って感じ」

「わからんでもないな。近所の野良猫みたいだ」

「急に猫になったー。別に人嫌いってわけじゃないの。けど、基本的には一人が楽だし。たまに友達の子供を可愛がったりして、一人でのんびり暮らしていきたいなーって」

「アサコに合ってる気がする。楽しそうだ」

「でしょー?いやー占い師さんわかってるねーって思ったわ」

 アサコはからからと笑う。綺麗に並んだ小さな歯が見える。

アサコは注文ボタンを押した。もうデザートが決まったのか。

私はまだ決まっていないぞ。


 アサコはデビルズブラウニーサンデーを、何を頼むか決めかねた私は、結局、抹茶クリームあんみつを注文した。

 デニーズは洋風のほかに、和風のデザートもあるところが良い。しかし、私は不満を抱えていることがある。

 それは、全てを兼ね備えた完璧なあんみつが無いことだ。

抹茶白玉ミニパルフェ、抹茶クリームあんみつ、抹茶白玉あずき、クリームあんみつ、白玉あずき。

あんみつの具として、求肥、みつ豆、あんず、白玉、あずき、クリーム、抹茶アイスの全てが入ったものが無いのだ。

 値段は高くしても構わないので、具がもりもりのあんみつを作ってくれないかと私は切望している。

 注文を終えたのに、アサコはまだメニューのデザートページを睨みつけている。気持ちはわかるぞ。迷うよな。

期間限定のゴディバとのコラボデザートがよかったのだろうか。

 

 楽観的な一匹狼か。確かに、アサコの話はしっくりくる。

子供の頃、時々家に遊びにくる、親戚のような、ただの親の知り合いのような、なんだか関係性がよくわからない謎の人物になりそうだ。

 そういえば、アサコ叔母さん、元気にしているかな?みたく、子供に心配されてそうな。

アサコは叔母じゃないよ。と親に訂正されて子供びっくり。みたいな。


「それとさ、他にも占い師さんに言われたことがあって」

「なになに」

「今お付き合いしている方と、近々結婚するでしょう、って」

「美容師の彼氏だっけ?すげーじゃん」

 アサコは眼を細め、口をへの字に曲げる。

一時期話題になったなんとかスナギツネを思い出す。

アサコは雑に椅子を引いて席を立つ。

そのまま何も言わずにドリンクバーに行った。先に説明してくれ。気になるだろう。

 アサコがドリンクバーに行っている間に、食べ終えた食器をまとめて机の端に寄せる。

どうにもこういうことをやっておかないと気が済まない。

店員さんに気を遣いすぎ、媚び売ってるのかと兄に揶揄されたことを思い出す。

少なくともお前よりは媚を売りたい。



 アサコは野菜ジュースが入ったグラスを片手に、大股で歩いて席に戻ってきた。

「それがさ、彼氏とは去年に別れてるんだわー。占いに行く前に」

「そういえばそうだったな。飼ってた猫ちゃんをどうするかで大変だったもんな。忘れてた」

 アサコは持ってきたばかりの野菜ジュースを一気に飲み干し、また席を立った。

試合の休憩中にドリンクをあおるNBL選手を思い出した。

「まじ占い当たんねーわ」






尽くす


 私たちは届いたデザートを無言でつついていた。しばらくすると、アサコはフォークを置いてこちらを見る。

「そういえばさー、結婚生活どう?楽しい?毎回訊くけど」

「まあ、楽しいかな」

「オノダはさ、結婚に向いてるよ」

「向き不向きがあるのか?」

「あるあるー!いやほんと」

 アサコはまだ半分程残っているパフェの器を横にずらし、身を乗り出す。

アイス、溶けちゃうぞ。


「オノダってさ、そばに居る相手のことを観察して、自分より相手を優先して世話焼いちゃうでしょ」

「そうなのかな」

「そうだよー。中学の時もさ、先輩とか先生の手伝いという名のパシリもよくやってたじゃん」

「まあ、パシリというか、尽くすのは好きだったな」

「しかもさ、尽くす人を選んでたよねー。貴族の従者みたいだった」

 アサコは残っていたパフェの器を引き寄せ、底の方にあるコーンフレークをつつく。

「そんでさ、何か頼まれごとをやりきって、褒められるの好きでしょ」

「好きだな」

 よく覚えているというか、よく見てたな。

わたしは乾いたお手拭きの隅が綺麗に合わさるように丁寧に折りたたみ、また開いてを繰り返した。

「気づいたとき、思ったんだよね。なんで自分じゃなく他人を優先するのかなって」

 私はなんだか体の座りが悪いような気がして、足を組み替えて座り直した。

「人のために何かをして褒められると、自分が有益な存在だと肯定されたような気分になって安心する、からかな」

「なんか定型文だなー。心理学の先生みたい」

「こういう人間なんだよ。悪かったな」

 カフェラテを飲んだが、液体が喉を通った感覚がない。カップの底を縁取る燻んだ茶色を凝視する。

「そんなことしなくても、オノダには好きなことをして、すこやかに生きててほしいけどなー。人よりもまず自分に尽くしてほしいわ」


 好きなことをしてすこやかに生きる。自分に尽くす、か。

まず自分の好きなことをやるには、自分が何を好きなのかを知る必要がある。

ゲームや漫画は好きだ。

犬を見るのも好きだ。

仕事帰りに一人で映画館に行くのも好きだ。おしゃれをするのも好きだ。

土曜の朝に早起きしてファミレスで朝ご飯を食べるのが好きだ。

ぽんぽんと頭の中で自分が好きなことを思い浮かべるが、こんな小さな「好き」でいいのだろうかと、口に出すのも恥ずかしくなってきた。


 人に誇れる、自分でも誇りに思う「好き」が見つからない。

こんな自分に尽くす価値などあるのだろうか。


「なんか難しく考えてない?」

「生きることは金がかかる。ある程度、自分が有益な存在だと証明する必要がある。その上で、自分に尽くす価値があるかどうかを考えるべきかなと思う」

かっこつけてしまった。なんでアサコに見栄を張る必要があるのか自分でもわからない。

「ちょこざいなロボか!まあ、あたしらくらいの年になると、なんか訳もなく不安になるよね。なんのために生きてるんだーとか」

 アサコは右肩に落ちた髪を一房掴み、箒の形にして遊ぶ。

「そんなの、中学や高校で済ませたと思ったのにな。はずかしー」

「恥ずかしいやつで悪かったな」

「うそうそ。でもさ、28歳でこの悩みや漠然とした不安は妥当だと思うんだよね。子供過ぎず、大人過ぎない年代というか」


 後輩でもあり、先輩でもある。若者でもなく、年配でもない。学生の時は、数年単位で来るスタートとゴールを繰り返して走っていたら、いつの間にか終わっていた。

 誰が建てたかわからない看板に描かれた、小さくぼやけた矢印を頼りに。

今ではどうだ。あんなに小刻みに設置されたゴールはどこにも無い。

遠くを見ても、どこにもピントが合わない。

簡単にカテゴライズできない、曖昧な自分が存在する場所を、自分で決めなくてはならない年齢なのか。

 

一度やると決めたことは一生続けろ。

あなたは良い子だから、人のためになることをしなさいね。

この声はいつ消えるんだろう。


「つか88歳になったらどうなってんの?概念?」

 概念。お前、おばあちゃんから突然、概念になるのか。

 思わず笑いそうになったが、かっこつけといてさっきの今ですぐに機嫌が直ったと思われるのも癪なので、頬の内側を噛んで堪える。


「オノダさ、えくぼ、浮いてるよ」

「うるさい」


 とりあえず、またどこかで遊んでくれよ。

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