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盗賊団と嘘つき師匠(3)

「そうかいそうかい。リコルちゃんはなんにも悪くないからね」

 そう言って老人は、ぐすんぐすんとべそをかく少女の頭を撫でる。


 先ほど、一撃をくらった師匠はくずおれて四つん這いになり、苦悶の表情とともに尻を押さえた。

 その姿を見てひとまず気が済んだリコルは、口喧嘩で負けたくなかったからでまかせを言ったのだと老人に説明をして誤解を解いてやったのだった。


 師匠が憎々しげにリコルを睨んでいるが、いっさい受け合わず半べそのフリを続ける。


「ほら、リコルちゃんにこれをあげよう」

 干された果実の房が目の前に差し出された。

 琥珀色の大きな粒。しわしわの表面には少し粉を吹いて。十個ほどだろうか、紐からぶら下がって、わずかに揺れている。

 ほのかに甘い、すこし粉っぽい匂いが、リコルの鼻孔をくすぐった。


「も、もらっていいのか?」

 目をキラキラさせながら、少女は改めて確かめる。

 染み付いた貧乏生活がそうさせるのだろう。


「もちろんだよ。これはぜーんぶリコルちゃんのものだ」

柔らかい表情でふさふさの眉毛を上下させると、握っていた紐を少女に手渡した。


「おーやさん、ありがとう!」

「どこぞのごくつぶしには一つもあげなくていいからねぇ」

 少女の頭にぽんぽんと手を置く。


 その優しい口調には師匠への底知れない敵意が込められているようだった。

当の師匠は「はは」と苦笑い。痛みもあって作り笑いが引きつっている。


「それじゃ帰るよ。いいかアル。リコルちゃんを泣かすんじゃないぞ」


 少女と師匠の目が合う。

 リコルはわざとらしく顎を上げて勝ち誇った表情を作った。

「へ、へぇ。善処します……」

 口元がピクピク痙攣している。


 ふと、玄関に向かっていた老人が手前で振り向いた。

「それから家賃なんだけど。今月は大丈夫だろうね?」静かな、殺気に満ちたような声。「もしなんだったら、リコルちゃん置いて出てってもらって構わないからね」


 すぐさま師匠は立ち上がって鼻息を荒くする。

「だ、大丈夫! お任せください。心配有りませんとも!」

 どんと胸を叩いた。


 しかしそんな仕草はこれっぽちも気に留めることなく、老人はリコルにだけ手を振って出ていってしまった。

 ぴしゃん。引き戸が閉まる。


 師匠は詰めていた息を吐くようにしながら突っ伏した。

「あーーー、しんど……」


 事切れたように動かない師の背中。

 お金はない。月謝を払ってくれる門下生もいない。世間からみればまだ子供の自分ではまとまった稼ぎも得られない。大家が自分たちを簡単に見捨てるような悪い人物とは思っていないが、いつか本当に師匠と離れ離れになってしまう日がきてしまうのではないかと、少女は不安でたまらなくなってくる。


 手にぶら下がっている房から粒を一つもぐと、師匠に差し出した。せめて元気を出してもらいたくて。


「はい。師匠」

「あ? それはお前んだ。いらねぇよ」

「はい!」

「腹減ってねぇ。ぜんぶお前が食え」


 グルグルグルと師匠の腹が鳴る。


 二人の目が合う。


 どちらからともなく、笑みがこぼれた。


「はい」

 小さな手が差し出した粒を、男は起き上がって観念したように受け取った。

 少女も、もう一粒もいで口元に。


 二人で同時に齧りつく。

 爽やかな香りと、じんわりとした甘み。口から一気に拡がって全身のすみずみにまで届いていくようだった。


 師弟ともに、きらきらと瞳を輝かせる。あんまり美味しすぎて、互いに無言で「うんうんうん」と頷き合ってしまう。

 一粒を食べ終わって、すぐさま次へ。

 声も発しないほど夢中になって三粒ずつ。食べ終えたところでリコルが口を開いた。


「師匠。お家賃、ほんとに大丈夫なのか?」

「ん? んー……」


 じっと真顔で少女を見つめる。灰色の瞳が川面のように透き通っていく。


 またあの目だ。リコルは思った。

 師匠は時々、なにか自分の向こう側を見ているような目をするときがある。

 その静かで優しげな視線が嫌いというわけではない。ただいつも、なぜか妙に悲しいような気持ちにさせられてしまう。

「シショー?」


 師匠はぐっと目をつぶると、「よしっ」と勢いよく立ち上がった。

「リコル!」

「は、はひっ!」

「大丈夫。何の心配もいらん!」


 男は両手を腰にして威張るような格好で、ふてぶてしい笑顔をみせる。


 から元気なのは少女にもわかっている。それでも、世界一強いと信じている人が、世界一のから元気を見せてくれている。この人はどんな困難にだって、きっとこうやって嘘をついて立ち向かっていくんだ。そう思うと、すごく誇らしい気持ちになってくる。

 気づけばリコルは満面の笑みを浮かべていた。


「師匠!」

「よし。まずは商品の準備だ!」

「しょ……」


 いきなり少女の表情がこわばる。


 これまでにも何度か、そこらの雑草を煎じたり、得体のしれない木の実をジャムにしたりして、万病に効くとかよく眠れるなどと謳って高値で売りさばいたことがある。

 さすがに師匠も気が咎めるのか、あまり頻繁なことではない。


「またインチキアイテム売るのか!?」

「こらリコル。インチキではないと言ってるだろう。心の栄養を売っているだけだ」

「むぅー」


「いいのか、俺がここを追い出されても?」

 男は、まるで悪魔のように耳元で囁いた。


 しばしほっぺたを膨らまして不満げにしていた少女は、床に転がしていた残りの干し果実を拾い上げて抱きかかえると、ふんっと不機嫌そうにそっぽ向いて一人で食べ始めた。


 やれやれと男が肩をすくめる。


 そうして二人はインチキアイテムの準備にとりかかるのだった。


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