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怪獣屋さんふたたび

そこはオフィス用の雑居ビルと思われた。ただし、3階建なので、ビルと呼ぶには少しためらわれるサイズだ。大きさだけ見れば、アパートとさほど変わりない。1階は駐車場になっており、2階と3階にそれぞれ2、3組が入ればそれでいっぱいだ。

それでも、その辺り一帯の中では頭ひとつ飛び抜けて背の高い建物だった。つまり、田舎町だ。


伊東はまた助手席でぐっすりと眠り込んでいた。


「着いたよ」神白はいったん路上の端に車を寄せ、腕を伸ばして伊東の肩を揺すった。


「うん」伊東は面倒くさそうに頷き、神白に背を向ける形で身体を少し丸めた。

あと5分、とでも言いそうな体勢だ。


「ちょっと真剣にやってよ」神白は駐車できる場所を探して辺りを見回しながら、溜息をついた。「君のスマホでしょう?」


伊東は「うん」としか言わない。意識があるのかどうかも、怪しかった。


3軒隣の区画が誰の所有ともわからない砂利敷きの空き地になっており、数台の車が無造作に停めてあった。神白もそこに乗り入れた。


午後5時になろうとしている。今日は結局、一日中、車だ。睡眠を取れたので眠気は無いが、身体が軋むように痛い。そもそも遠乗りをするような車ではないのだ。


「伊東君」神白は少し相手の耳元に顔を近づけて、強めに声を掛けた。


「なんだようるさいな」伊東は突然目を覚まして振り返った。

頭がぶつかりそうになって神白は飛び退いた。


変な沈黙ができて、それから伊東はすごく気遣わしげに神白を見ながら、「あれ、もしかして何度も起こした?」


「まあ3回くらいは」


「ごめんね。夢を見てたよ」


伊東が素直に謝るというのは余程のことだ。自分はいま相当怯えた顔をしたんだろうな、と神白は思った。


借りていた傘を持ち、車を降りた。

降りた途端、ぎょっとするほどの熱気が出迎えた。運転中はずっと閉め切ってエアコンをかけていたので、気づかなかった。


「うっわマジか」と、伊東もうんざりしたように言った。「フェーンか」


「フェーン?」


「台風一過だろう。フェーン現象。秋田は涼しかったのになあ、それはタイミングの問題かな?」


「うーん」


ビルの入口は裏手にあった。片開きのガラス戸が開け放してあり、入ってすぐのところに金属のポストが並んでいる。ポストに貼られている表札は、司法書士事務所、そろばん学習塾、不動産屋、そして業務内容のよく分からない組織名がふたつ。


「これはどっちなんだろう?」神白はポストを指しながら言った。「それか、もしかして彼らは『そろばん学習塾』って名乗ってたりする?」


「スマホを貸して」伊東は手を出した。

神白からスマホを受け取ると、伊東は操作しながら歩き出し、エレベータの前を素通りし、その奥の階段を登り始めた。


「どうする気」神白は半歩遅れて追った。


「まだ電源を切られてない」伊東は画面を眺めながら微笑んだ。「この『iPhoneをさがす』アプリ、使ったことない? だいたいの位置が分かってても見つからないとき、こうすんの」


ふたりが2階にたどり着くのとほぼ同時に、最も手前のドアの向こうから相当大きなアラート音が聞こえてきた。


ドアの脇には「株式会社 F・T・C」の表札があった。


ドアが開き、今朝のリーダーが、ただならぬ音量で鳴り続けているスマホを持って現われた。


「ああ」リーダーは神白と伊東を見て苦笑した。「遅かったね。もっと早く来るかと」


伊東がスマホを受け取って操作すると、ようやくアラートは鳴り止んだ。


「申し訳ありません、彼がスマホを置き忘れたと言うので」と、神白は言った。「あと、傘を返しにあがりました」


「すごいところに置き忘れたね」リーダーは神白の差し出した折り畳み傘を受け取って、「ブルーシートの内側に入ってたよ。どうやったらあんなところに忘れるの」


「僕、あの怪獣のファンなんです」伊東は悪びれずに言った。「次にどこで見られるのか、どうしても誰よりも早く知りたいんです」


「まあ気持ちは汲み取ってあげたいんだけどね」リーダーは笑いながら、ドアを大きく開けて、中を見せた。


事務机が島を作って並ぶ、平凡なオフィスだった。日曜日だからなのか、他に社員は見当たらず、パソコンの電源はすべて落ちていた。


「こっちは俺の関わってる別会社のオフィスだ。荷物下ろしたらあなたのスマホが出てきたんで、取りに来るだろうと思ってこちらに移動して待ってたんだ」


「では途中でしばらく止まっていた『多賀城市』の国道沿いが本拠地ですか?」と、伊東は聞いた。


「そこも中継地点だ。追い回されるのには慣れてる。いつもそこで車を乗り換えるんだ。何ヶ所かそういうポイントがある」


伊東は少し間を置いてから、溜息をついた。


「惜しかったな」と、リーダーは笑った。


「申し訳ありません」と、神白は頭を下げた。「私がついていながら、彼を止められなくて」


「うん、だって止める気ないもん。そうだろ?」


「申し訳ありません」


「別にいいよ。面白かった」と、リーダーは言った。「ここまでする人は初めてだよ。ねえ、スマホが惜しくなかったの? 俺が電源切って隠しちゃうかもって思わなかった?」


「もう替え時ですし」と、伊東は言った。「それに、ひとのスマホ奪って喜ぶような人たちに見えなかったので」


「まあそうだよな。よく先を読んでいる。この結果になるのも、ある程度は予想してたでしょ?」


「いえ。こんなにも『飼い主』の追っかけが多いとは知らなかったので。あの時点では、ここまでの尾行対策がされているとは思ってなかったですね。……じゃ、帰ろっか」

伊東はさっぱりした口調で、神白を促した。


「気をつけてなー」リーダーは鷹揚な動作で手を振った。「怪獣また見に来てね。神白君もね。うちでイベント頼みたいときは、君に連絡するよ」


「ありがとうございます」神白はなるべく深く頭を下げた。


ドアがゆっくりと閉まった。


「やったね。一件取れたね?」伊東はにっこりと笑って神白を見た。


「こういうのはね、取れたとは言わないんですよ」神白は階段へ引き返しながら言った。「また連絡する、なんていうのは、『帰れ』くらいの意味」


「そう? でも良かったじゃん、とりあえず会社には何かしらやりましたって報告できるんじゃない」


「まあ、門前払いも覚悟してたから、それよりはだいぶマシな成果かも」


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