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比内地鶏を食べるふたり(前)

シャワー付きのネットカフェがあれば良かったのだが、あいにくそんな気の利いたものがあるような町ではなかった。国道と県道沿いをだいぶ迷走してから、結局はコンビニに入り、トイレで着替え、朝食を買って車の中で食べることになった。


伊東が何も持ってきていないので、神白は2セット持ってきていた着替えの片方を提供した。

自分の服を友達が着ている状況はあまり愉快ではない、とわかった。ことに、相手のほうが自分よりも着こなせている場合には。


伊東は先ほどから、片手でサンドイッチを食べながら、空いた手では神白から奪ったスマホをいじっていた。

ときどき彼は、神白の手に一瞬だけスマホを差し戻し、「パスコードを打て」とか「指紋認証しろ」とか、理不尽な命令を飛ばした。


「伊東君、自分のスマホは?」


「忘れてきた」伊東は短く言った。「まあともかく、どこかで寝ないとな。30分くらい走ればネカフェがありそうだけど。まだ運転できる?」


「正直もうきついです」

眠気が強すぎて、おにぎりが喉を通っていかない。


「軟弱者だなあ。ほんとに営業マンなの?」


「別に僕、営業がメインじゃないよ」


「僕が代わるよ」伊東は運転席を目で示して言った。


「伊東君、運転できるの?」


「うーん。得意じゃないけどね」


不安がいっぱいだったが、これ以上自分が運転するのはもっと不安なので、神白は素直に助手席に回った。

雨はほとんどやんで、空は三分の一ほどが晴れていた。この後、暑くなりそうだった。


「あ、フットブレーキ。最悪」伊東は運転席に着いた途端に文句を言った。


「ブレーキ? あ、パーキングのほう?」


「使いづらくない? 足踏み式って」


「あんまり感じないけど」


伊東はあれこれ文句を言いながらバックして路上に出た。

「秋田駅に出ちゃうよ。いいね。それとも他に行きたいところある?」


「寝られれば何でもいいです」神白はシートの背もたれを倒して目を閉じた。「今までのパターンなら2、3日は怪獣は出ないだろうから、適当に観光していようか」


「そんなに暇にはならないと思うよ」と伊東は言った。


「え、そう?」


「僕は今日中にはあの怪獣屋さんの根城を突き止めるつもりだよ」


「へえ」神白は目を閉じたまま考えた。「どうやって」


「僕のスマホを使う」


「忘れてきたんじゃなかったの?」


「それが重要な点だ」伊東はよく分からないことを言った。


車が走り出すと、振動が心地良くなって、神白はすぐに眠ってしまった。



目を覚ましたとき、車はどこかの立体駐車場に停まっていた。運転席に伊東の姿はなく、車内は静まり返っている。時刻を確かめたかったが、エンジンを切った車のディスプレイには何も表示されておらず、スマホも伊東に持ち去られていた。


シートの背もたれを起こしてみるが、その他にすることがない。車のキーが無いと、施錠できないのでここを離れられない。まあ、わざわざ荒らすほどの価値がある車でもないのだが。


窓枠にもたれてまた少しうとうとしていると、紙袋を抱えた伊東が戻ってきた。服を着替えている。


「起きてたの」伊東は運転席に戻り、紙袋を神白に押し付けてきた。

中には、伊東に貸した服が丁寧に畳まれて入っていた。

「これ、ありがとう」


「服買ったの? もうそんな時間?」


「11時」


「ごめん、寝すぎた」


「いいじゃないの」伊東は笑った。「君は謝ることが多くて大変だな」


「ここ、どこ?」


「秋田駅。ご飯食べようか」


「伊東君は、寝なくて大丈夫?」


「あとで昼寝するよ。今は目が冴えちゃって」


秋田駅の駅ビルはショッピングモールと複合になっていた。

土地の名物らしい、地鶏をつかった親子丼の店に入った。


伊東は漆塗りの小さいレンゲで勢いよく食べながら、左手でずっと、テーブルの上に置いたスマホをいじっていた。


「伊東君さあ、それが僕のスマホだってこと覚えてる?」


「ここでゴールではないかと思う」伊東は急にスマホの向きを変えて、神白のほうへ押しやった。


地図が表示されていた。

中央に緑色の丸いアイコンがある。


「これは何?」


「僕のスマホはここにある」伊東は地図を示した。「この場所を覚えていて。あとで、ここに乗り込もう」


「どういうこと?」


「あいつらの機材に僕のスマホを紛れ込ませてきた」伊東は平然とした顔で言った。「気付かれて電源を切られない限りは、こうして別なデバイスで追跡できる……これ、宮城県だよ。結局戻ることになるな」

伊東は地図に示されている県南の地名を指して言った。


神白はどういう反応を返せばいいのか数秒考えてしまった。


「あれ、理解できてない?」伊東は顔を上げてじっと神白を見つめた。


「……いや、随分と思い切ったことをするなと」


「まあこれくらいは常識だ」伊東はずるそうな笑みを浮かべた。


「常識って、スパイの?」


「やだな、[置き忘れた]スマホを追跡するのは犯罪じゃないだろう?」


「伊東君がこんな、……不埒な人だとは」


「お、難しい言葉を使ったね」伊東はレンゲを持ち上げて微笑んだ。「ね、これ美味しいね。神白が奢ってくれるの?」


「え、ああ、そのつもりだったけど」


「じゃあおかわりしてもいい?」


「え、足りないの?」神白はまだ半分は残っている自分の丼を見て、「こっちあげようか?」と言った。


食べかけじゃ嫌だと言われるかと思ったが、伊東は「あ、いいの?」と言って屈託無く受け取った。

どうやら本当にお腹が空いているらしかった。


「濡れたほうの服、どこかで乾かさないとね」神白は思い出して言った。


「もう乾かしたよ」伊東は食べながら言った。


「乾かした?」


「うん、途中のコインランドリーで。神白が爆睡してる間に。お前のその、靴もだよ」伊東はテーブルの下を見やって、神白の足元を示した。「靴用の乾燥機あったからさ。気づかなかった?」


また謝ってしまいそうになって、神白は言葉を選び直した。「……ありがとう」


「君さ、少し性格変わったよね」伊東は面白がるような目で言った。


「そうかな」


「なんか卑屈というか、自信なさそうな顔になったね。仕事よっぽどつらいんだ?」


「いや、そんなことはないよ。仕事のせいじゃなく」神白は、思い切って言った。「元カノなんだ。色々あって、だいぶ引きずってる」


「へえ」伊東は一瞬だけ笑ったが、すぐ真面目な顔になって、「何か、あったの」と聞いた。


「いや、うーん」

劇的なことは何も無かった。それがかえって悪かったのかもしれない。

「……まあ、相性が良くなかったんだよ」


「そりゃ、大抵はそうだろうね元カノなら。相性が良ければ別れてないよね」


「いつも怒られていた。最後のほうは、とにかく、全部のことで怒られてた。それで、さすがにおかしくない? と思って」


伊東は吹き出すように笑った。「ベタなことやってたんだねえ。面白い」


「面白くないって。おちょくるなよ。真剣にダメージが大きいんだよ」


「わかったよ」伊東は頷いた。


「伊東君はどうなのさ」と、神白は聞いた。


「どうって何が?」


「なんで別れちゃったの?」


「うーん、さあ、大した理由はない。飽きちゃったんじゃないかな」


イケメンの言うことは流石に違うな、と神白は思った。


「ひと通り、カップルで行くところ行き尽くしたら、することなくなっちゃったんだよね。向こうも飽きてるみたいだったから、もう飽きたよね? って聞いたら、うん飽きた、って。で、それっきり」


聞かなきゃよかった、と神白は思った。価値観が違いすぎる。なんでこんな奴と友達なんだろう。


「あ、すごい、いま軽蔑の目を感じた」伊東は笑った。「そのあともうひとり、一瞬いたんだけど、そっちは修羅場だったよ。聞きたければそのうち話すね」


「あ、当分いいです」と、神白は言った。

修羅場ってなんだ。絶対に聞きたくない。


そのとき、スマホの画面上部に通知が入った。

<有名人みたいだな?>

という文字が見えた。


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