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怪獣屋さんに会うふたり(後)

「あなたは大学生?」リーダーの男は、伊東に向かって聞いた。


「はい」伊東は短く答えた。


「理系だね?」


伊東は頷いた。「工学部です」


「ああ、それじゃ、あなたのほうが僕よりも専門だ」リーダーは笑った。


自分は「君」と呼び捨てられたのに、伊東だけ「あなた」と呼ばれていることに気づいて、神白はそれなりに傷付いた。


この野郎、しっかりと「見て」やがる。


「ふたりは、友達?」リーダーは伊東と神白を交互に見ながら聞いた。


「そうですね」伊東がすごく素直に頷いたので、神白は意外に思った。


「どういう繋がり? 同じ大学? 学年、違うよね?」


「繋がりは特にないですね」伊東はちょっと首を傾げて、それから笑顔になって神白を見た。「何か共通点あったっけ? 僕たち」


「無いですね」と、神白は言った。


「え、でも、何かは無いと、出会わないでしょ」リーダーは俄然興味を示した様子で、椅子の上で身を乗り出した。「学校が近いとか、家が近いとか、同じ趣味があるとか、ツイッターでフォローし合ってるとかさ」


「なんにもないですね」と、神白は言った。「道端で会いました」


「道端! すごいとこで会ったね。何、もうそれで、ビビッと来て、連絡先を交換したわけ? 何その出会い方? ナンパだよね、それ?」


「じゃなくて、僕が危ないところにいたのを助けてもらったんです」伊東は真面目な顔になって言った。「こいつ、けっこう腕っ節が立つんですよ。だから、ボディーガードとして使ってやってるんです」


「ちょっと」あんまりな言い草に神白は反論し掛けたが、リーダーの男は「いやー、その話めっちゃ面白い」と、声を張り上げた。


「その話をいちばん最初にしたほうがいいよ、君」リーダーは神白に向かって言った。「君の会社の話よりずっとそれ面白いよ」


神白はもう何か言うのを諦め、笑顔を作るのもやめ、ここを撤収して帰る方法を考え始めた。


「ガイジンさんじゃないんだねえ」と、今まで黙っていた女が言った。彼女は30歳前後に見えた。それなりに美人だが、化粧気は無く、服装はリーダーとほぼ同じだった。

「その髪、地毛だよね?」と、女は座ったまま神白の頭を見上げて聞いた。


「ええ」と、神白は短く答えた。


本場の白人に比べれば、かなり日本人的な外見だと自分では思っていた。あからさまな金髪碧眼ではない。どちらかと言えば、薄めの茶髪、くらいの色合いだ。眼も、黒くはないが、日本人に絶対あり得ないとは言えないくらいの色だ。肌も白人に比べれば黄色い。結局は「色白な日本人」という程度だ。


ただ、ぱっと見で「ガイジン」と扱われることは多い。


会社に入ったときは「もし嫌でなければ黒染めをしてはどうか」と提案もされた。しかし、髪だけ黒くしても眼の色や顔だちの異質さは消せないわけで、余計に不自然になるのは間違いなかった。


外回りには向かないかもしれない、とはっきり言われたが、こんな理由で内勤ばかりに回されるのも癪で、チャンスがあるごとに外へ出してもらい、本を読んだり周りに教えを請うたりして、自分なりにテクニックを集めてきた。


「ハーフ? どこの国?」女は不躾な聞き方をした。


「曽祖母がアメリカから。祖父もアメリカからです」


「あ、隔世遺伝」女はにっこりした。「すごい。アメリカ? でもネイティブ・アメリカンじゃないよね。ルーツはヨーロッパでしょう?」


「詳しくは知りません。曽祖母はドイツ語も話せたと聞きます」


「ドイツかあ。いいね。かっこいいのにね。モデルさんとかやらないの?」


「そんな柄じゃないですし、僕、背も高くないので」と、神白は言った。


「え、ほんと?」

女は急に椅子から立ち上がった。そして神白の背丈をじっと見た。

「あらほんと。私と同じくらいか」


「いやいや、あんたよりは高いよ」リーダーが取りなすように言った。


「帰ろっか」と、伊東は全てを完全に無視して、神白の顔だけをじっと見て言った。


「……この雨の中?」


「どうせだいぶ濡れてる。僕もう飽きたし」


「もう少し失礼の無い言い方をしてくださいよ」神白は思わず笑った。


「傘あるよ。貸そうか」リーダーが立ち上がり、機材の裏側に放り出してあったスポーツバッグをあさった。「俺ので良ければ。1本しかないけど」


「いえ、お返しに上がれないので」神白は急いで言った。


「いいよ。あげるよ」リーダーは黒い折り畳み傘を持って取り出し、その場で広げた。「これ、いいでしょ、折り畳み傘なのにワンタッチで開くんだ」


「そんなちゃんとしたものを頂けません」


「別にいいよ。家にもうひとつある。俺、すぐになくすから、予備がいっぱいあるんだ」

リーダーは傘を畳み直し、神白に無理やり押し付けた。


「住所か連絡先をいただければ……」神白は言った。


「いや、ごめんね。『雇い主』の都合でさ。今はまだ素性を明かせないんだ。名刺を頂いたのに、ごめんね。……ほんとごめんね」


念を押すように謝られてしまい、ひどく情けなくなった。


「行こう」伊東は何の感慨もなさそうな態度で出入口となるシートのスリットをめくり、神白を促した。


「すみません、お邪魔しました」神白は仕方なく言った。「傘をありがとうございます。そのうち返しにうかがいます」


「いいよそれはあげるって。気をつけてね。ごめんね」リーダーは優しげに笑って手を振った。「わざわざ来てもらってありがとう」


「次はどこですか?」神白は一応、聞いた。


「ごめんね。お知らせできないんだ」


「そうですよね」


伊東が傘をもぎ取って先に歩き出してしまったので、神白は濡れながら追うことになった。


夜が明けたという実感のない灰色の景色の中、滝のような雨が降り注ぎ、伊東の持つ傘は激しい悲鳴を上げ続けていた。


伊東が何も言わないので、神白も黙って歩調を合わせた。

靴がずぶ濡れだ。もっとよく、天気予報を確認してくれば良かった。長靴が必要だった。

湖畔の野原を離れ、どん詰まりになった小さな舗装道路の端に停めた自分の車に戻る。伊東は神白が運転席に乗り込むまで傘を差しかけ、そのあと、助手席に回って乗り込んできた。


濡れた服と髪から垂れ落ちる水が、座席に染み込んでいく。ハンドルも濡れ、ブレーキを踏む足も滑る。


さすがに身体が冷え切ってしまい、寒気がしてきた。


「まだ、帰らないんでしょ」伊東は助手席の背もたれをわずかに倒して、疲れたような溜息をつきながら言った。


「そうだね」神白はエンジンを掛けた。とりあえずエアコンを温風で全開にする。生温い風が顔に吹き付けた。「このまま引き下がれないね。手ぶらで帰るわけにいかない」


「しかし感じ悪い奴らだな」伊東は苦笑いして言った。「君を馬鹿にしまくってたね」


「じっさいに馬鹿だからしょうがない」


「君がそんなこと言うなんて」伊東は楽しそうに言った。「いや、意外と粘れば落ちるかも知れないよ。タイムリミットはあるの?」


「1週間は好きにしてみていいと言われてる。その先は状況次第だね」


「変わった社長だね。出張営業としては、コストをかけすぎじゃない?」


「いや、これは有給なんだ」神白は言った。「纏まった有給を取って怪獣を見に行きたいって頼んだら、営業取ってくるならという交換条件で許可された。だからまあ、ダメ元です」


「なるほどね」


「ひとまず着替えられるところへ」神白は車の向きを切り返し、来た道を戻り始めた。「……伊東君。ありがとう」


「礼を言うのはまだ早い」伊東は何を企んでいるのか、不敵に微笑みながら雨の向こうのテントを振り返った。


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