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怪獣屋さんに会うふたり(前)

「……ですので、私どものほうではイベントの企画から内容のコーディネート、告知と集客、それから終了後、次に繋げるための再告知まで、トータルで見させて頂いてます。もちろん、会場設営もこちらで自前のネットワークを使って手配します。地元に強い繋がりをもつ業者さんを手配することで、連携がスムーズになりますしコストも大幅に下げることができます。

……都市部の、メジャー路線のイベントに出慣れている団体様ほど、地方でのイベント出展には苦労されます。それなりのコストをかけてポスターを刷ったりメディアに露出しても、効果は鈍いことが多いです。ところが、ある特定の店のレジ前にフライヤーを置いて配布すると、それだけで反響が倍増することがあります。こういう、それぞれの地域ならではの特徴は……」


神白は言葉を切った。


滑り出しの雰囲気は悪くなかったが、その後の手応えは、良くない。相手は「失礼にならない程度に」傾聴の姿勢を見せているだけ。もちろん、聞く耳を持たない態度よりは遥かに良いが、どちらにしろ案件に繋がらないのなら、意味が無い。


「どうしたの?」と、若いリーダーは微笑んで神白を見つめた。

彼はまだ、神白の渡した名刺を丁寧な手つきで持っており、フランクで雑然とした態度でありながら、世慣れた経営者の一面をきちんと見せていた。


歳はほとんど神白と違わないように見えるが。


「私が話し終わるのを待たれているのではないかと」と、神白は言った。


「うん」リーダーは笑って頷いた。「いや、セールストークなら、遮っちゃ悪いかなって」


「そういうふうに思われてしまっているようだと、私としてはすでに失敗ですね」神白は引き下がってみせることにした。「すみません、お時間を取らせてしまいました」


「いいのに。最後まで話してみてよ。気が変わるかもよ?」


「いえ。もう大丈夫です。僕は十分にノルマを果たしたので」神白は少し口調を崩した。「社長はもう許してくれると思います。初めからさほど期待されてないです」


「君は面白いね」リーダーはまた笑った。


霧雨は土砂降りに変わっていた。金属の骨組みにシートを被せただけの簡易テントは、激しく音を立てながら揺れている。一応、シートはきちんと「壁」部分まであって、この中に居る限りあまり濡れずに済んだが、ときおり横風が吹くと前面の出入口用の隙間から水滴が吹き込んだ。


怪獣を投影するための各機材は、すでに梱包が完了し、さらに大きなブルーシートで防水されていた。しかし、車に積み込む作業はもう少し雨が弱まってから、ということで、リーダーと他3名は、暇そうにそれぞれ座って時間を潰していた。


ちなみに、まともに話を聞く態度なのはリーダーだけだ。紅一点のショートヘアの女性と、少し年嵩に見える小太りの男は、ずっとスマホを見ている。残り1名、気難しそうな顔の痩せた男は、膝の上のノートパソコンを弄っていた。


神白は、勧められて座っていたアウトドア用の椅子から立ち上がった。折り畳むと書類と変わりない大きさになるような、とても小型の簡易椅子だ。リーダーや他のメンバーが座っているのもその椅子だった。伊東にも同じ物が渡されていたが、彼はそれを放置して、立ったままテントの中のあれこれを眺めていた。


伊東は神白が立ち上がったのをちらりと横目で見た。


「営業を掛けたかどうかは、上司はどうやって知るの」リーダーは胸ポケットからシンプルなカードケースを出して、神白の名刺をゆっくりと仕舞った。


「会社のパソコンに、各自で登録します」


「じゃあ、自己申告だね」


「そうですね」


「水増しで報告はできないの?」リーダーは笑っていた。「そんなこと君はしないだろうけど、社員全員が嘘をついてないと確証できる?」


「あまり、得にならないですから」と、神白は言った。「契約そのものは水増しできないので、結局、営業が不発だったという記録だけが増えて、自分の成績を落とすようなものです。むしろ、成功率を水増しするために、不発だった営業は忘れたふりをして書かない人が多いかと」


「あ、そうか。それじゃ、そこで情報共有がされないから、別な社員がまた同じところに営業を掛けちゃう可能性があるわけだ。違う?」


「無いとは言い切れないですね」


「僕のところにも、すでに君の同僚が先週、同じ話をしに来てるかもしれない。……そう思ったりしない?」


神白は黙って相手を見返した。


優しそうな丸顔の男だ。眼鏡のフレームが太めで、緑色。少しお洒落なデザインの、ブランド品に見える。それ以外にはすごく質素な出で立ちで、つまり、神白がいま着ているのと変わりない、見るからに量産品とわかるシャツとパンツだった。腕時計もしていない。


意地悪を言われてるよな、と神白は思った。こちらの反応を見ている、もしくは、ただ無神経に好奇心から聞いているのか。


へりくだってマウントを取らせてしまうのは簡単だが、この手の人間にはそのやり方が逆効果になると、神白は心得ていた。いわゆる、ヨイショ、おべっか、シャチョウサン扱いで、持ち上げて上手くいくのは古いタイプの経営者だけだ。最近の、理詰めでのし上がってきたタイプの実力者は、何かしらの点でリスペクトできる相手としか会話をしない。


神白はとりあえず急いで微笑んでみて、それから言うべき言葉を必死に考えたが、徹夜明けの頭にはきつかった。


このまま黙っていると、きっと相手に謝らせてしまう。フォローがさらに難しくなる。まだ完全に諦めたわけではないのだ。案件成立までは行かなくても、コネクションは確立したい。


話を面倒な方向へ振った相手に、腹が立ってきそうになる。


「ひとついいですか?」

ずっと押し黙っていた伊東が、突然こちらを振り向いた。

彼は黒い真っ直ぐな目をリーダーに向けて、

「安全対策はどこまで取っているんですか?」

と、聞いた。


「何の?」とリーダーはすぐに聞き返した。


「レーザーでプラズマを発生させていますよね。しかも、事前に場所の予告をしていない。間違って人に当ててしまう可能性は無いですか?」


「うーん、そうね」リーダーの男は急に興味深げな目で伊東を見た。「基本的にこういう、池や湖や川の上を狙ってる。しかも、時間帯もこんな感じ。もちろん、夜中に人がいる可能性がないかどうか、つまり、夜釣りの盛んなスポットとかじゃないかどうかね、事前にリサーチはしているよ」


「それに、間違って当たっても基本的には無害です」と、パソコンを弄っていた男が急に顔を上げて口を挟んだ。「手で触ることができます。触ると刺激がありますが、火傷はしません。1回あたりの照射時間をものすごく短くしています。肉眼ではわからないけど、点滅しているんです」


「まあね、でも、目とかに入ると嫌だからね」と、リーダーは補足した。「人払いはちゃんとしてる」


「もうひとつ」と、伊東は畳み掛けた。「この方法での描画には霧は必要ありませんよね? なぜ、濃霧になるとわかっている今日、ここでやったんですか? レーザーの焦点に空気以外のものがあると、邪魔になりませんか?」


リーダーは今度こそはっきりと、面白そうな顔をした。そして、パソコンの男を見やった。


「水分子もプラズマ化できます」と、パソコンの男は言った。「理論的には、ということですが。実際には、水蒸気と水滴が混じり合っているような、今日のような大気の状態だと様々な条件が崩れるので、そんなに上手くはいきませんが。だから、像の滑らかさを求めるなら、晴れた日のほうがもちろん良いです」


「天気の悪い日を選んでるのは、単純にこのテントを見られたくないからだよ」と、リーダーは言った。「いちど、すごく綺麗な満月の夜にやったらね、このテントと機械が丸見えでさ。明らかに『これ使って映してますよ』って分かる感じになって、実につまらない絵になった。それで、その後はめちゃくちゃ天気の悪そうな日とか、月の出ない日を狙ってる。周りの明かりとかも事前にリサーチする。都会はダメだね、やっぱ。目立つ明かりが無くても、空がそもそも真夜中でもちょっと明るかったりして、その照り返しで地上もわりとよく見えるんだ。仕掛けが見えちゃうと、興醒めだよ」


「この機械は特注ですか?」伊東は厳重に梱包された、自分の背丈ほどもある機材を示して、聞いた。


「まあそうだね。一点ものだ」


「幾らくらいするんですか?」


「格安でやってもらったよ。中古品の組み合わせでね。1000万くらいだ」


格安で1000万。神白は頭が追いつかなかった。


「元手が掛かってますよね。パトロンは誰なんです?」伊東の質問は止まらなかった。


いつの間にか、パソコンの男だけでなく、スマホを見ていた残りのふたりも顔を上げて伊東を見ていた。


「お金の流れはあまり詳細を言えないんだ」と、リーダーは言った。


「あなたがたは『雇われ』ですよね」と、伊東は言った。「全員、技術者だ。違います?」


「まあ、そうと言えなくもないね。俺はさほど詳しくないけど」リーダーは笑って頷いた。


雨はいっこうに弱まる気配がない。テントの天井は打楽器のように激しく打ち鳴らされ、もうしばらく続けばそこに穴が開いてもおかしくないように思えた。


「神白、このイベントはもうこれで成立している」伊東は急に神白のほうに向き直って、偉そうな口調で言った。「君は同業他社に営業を掛けてるよ。この人たちを雇ってるのは、おそらくプロの興行主だ。これは技術のデモンストレーションじゃなく、こういう形のエンターテインメントだ。君の会社よりもずっと上手くやってる」


そんなはずはない。

神白は言い返しそうになった。


この形では収益が取れていないはずだ。イベントとしては未完成で、しかし今後大きなムーブメントとして盛り上がる可能性は大いにある。だからこそ、社長の意気込みも高く、神白は斥候役を任されたのだ。


この巨大な「客寄せパンダ」を、自分たちの企画するイベントに組み込んでみたいと。


それとも、何かを見落としているのか。


神白は何かを、誰かに、言い返したかったが、眠気と疲れもピークに達していて、よく分からなくなった。


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