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はたらく神白

テントの中には折り畳み式のテーブルが据えられていた。その上にノートパソコン2台と大型ディスプレイ1台を置き、先日もいた気難しそうな顔の男が何かを打ち込んでいた。リーダーはその横に立って同じ画面を覗き込んでいたようだが、今はだいぶ驚いた顔で神白を見ていた。


他のふたり、女性と小太りの男は、見当たらなかった。


「神白君じゃないの。どうしたの」リーダーは笑った。


「すみません、どうしてもまだ話したいことが……」


「君は神出鬼没だなあ。昨日、宮城で会ったばかりだよね?」


「すみません」


「よく、ここまで来れたね。道、無かったでしょ?」


「ええ、でも、皆様もそれは同じでしょうし」


「俺たちは昼間のうちにセッティングしてるもの。機材をここまで下ろすのに10人がかりだ。ロープを張って宙づりで下ろしたんだ。君は足で歩いてきただろ? しかもこの暗闇の中。よくやるねえ」


「慣れてるもので」と、神白は言った。


「面白いね」リーダーは楽しそうに、テーブルの端に片手をついたまま少し身を乗り出した。「君は、只者じゃないな。ねえ、何か違う仕事をしてたでしょ? この仕事の前に」


「いえ……どうでしょうか」神白は言葉を濁した。


目が慣れると、テント内は薄暗かった。明かりと言えるものはテーブルの足元に置かれたカンテラ型のLEDライトだけで、しかもそれは薄い布袋のようなものに包まれ、本来の光を抑え込まれていた。あとは、パソコンの画面と大型ディスプレイが光って明かりの代わりとなっているだけ。それもおそらく、光量設定は最低レベルになっている。

暗幕で閉め切っているせいだろう、空気はこもっていて暑苦しい。


「神白君、靴は?」と、リーダーが聞いた。

リーダーともうひとりの男は土足のままテントの床を踏んでいた。


「あの、今そこに……」神白はテントの入口を振り返った。


「履いてなよ。ここ、マット敷いてないから、裸足じゃ怪我する」リーダーは言いながら、すばやくテーブルを回り込んできて、神白を押しのけてテントの入口に手を伸ばした。


「あの、自分で取ります」


「駄目」リーダーは暗幕の隙間に腕だけを差し込み、その隙間が捲れないようにもう片手で押さえながら、するりと神白のスニーカーをテントに引き込んだ。「明かりが漏れると外に見える。君、もうここから出ないでね。ショーが終わるまでは出入りは禁止だ」


「すみません」


「今日はお友達は来なかったの?」リーダーは神白の足の前にスニーカーを置いて聞いた。


「申し訳ありません。ありがとうございます」神白はゆっくりと手を添えて靴を履き直した。「あ、彼は今、怪獣を見てます。動画を撮っておりました」


「彼は気に入ってくれてるみたいだね。君はそうでもないようだけど」リーダーはそう言って少し意地悪そうな目で神白を見た。


「そうですか?」神白は湧き上がってきそうになる不安を抑え込んで、相手を見返した。


「君、前回も思ったけどさ、ショーをほとんど見てないでしょう。始まった途端にもう、こっちに向かってきている。あんまり、興味ないね? 怪獣自体にはさ」


「いえ、そんなことは」


「別にいいんだよ。でもさ、君の本音が見えないんだよね。俺たちの出し物にさほど興味が無いくせに、しつこいよね?」


神白は数秒、言葉に詰まってしまった。

いくらなんでも、他に言い方ってものがあるんじゃないのか。

敵意、というほどのものでもなく、単に無関心ゆえの不躾さ。もしくは、やはり見下されているのだろう。


伊東に付いてきてもらえば良かった。それは、反則技なのはわかっているが。

だって、今は休暇中なのだ。

なぜ休みの日にまで最も苦しい「仕事」をしなきゃならないんだ。


「あの……裏方にいるのが好きなんです」神白は相手の目を見ながら言った。睨むような目になっていないだろうかと、不安で仕方なかった。「本当を言えば、ショーを見ている人達を見ていたいんです。沢山の人が同時に、同じものに夢中になっているところを、見るのが好きなんです。だからショーそのものに興味が無いというのは、ある部分では、そうなのかも知れません」


「ああ」リーダーは少し間を置いた。それから初めて、内側から溢れてくるような笑顔を見せた。「君は、『イベント』が好きなんじゃない。『イベントの運営』が好きなんだ。……珍しいね、本当に好きなことを仕事にしているわけだ」


「珍しいですか」


「とても珍しい」リーダーはしっかりと神白の目を見返して言った。「……まだ、話したいことって何?」


「……今、お忙しいですよね」


「いや、俺は暇だよ。映像の調整は彼がしてくれてる」リーダーはテーブルの向こうでパソコンに向かっている男を見やった。「あと、残りふたりは、外で機材の調子を見ている。俺は偉そうに座ってるだけの仕事」


「いや、困りますよ」パソコンに向かっている男はにこりともせずに、画面を見たまま言った。「ちゃんと働いてください。あなたもSEでしょうが」


「そっちは任せるよ」リーダーは笑った。「いや、実際4人も要らないよな。ほとんど、荷物運ぶためだけに俺は駆り出されてる気がする」


「まあそれもありますけど」と、男は当然のように頷いた。


「まったく。もうちょっと業務効率は考えなきゃな。で、神白君の話は?」リーダーは神白をまた見た。


「短く言えば、CGデザイナーと組んでみませんか、という話を」神白は急いで言葉をまとめ直した。「考えてみたんですが、やはり、この描画方法は単なるデジタルサイネージとして使うよりも、もっと奥行きのあることができる気がします。何より重要なのは、全方向から鑑賞できるということです。だから、きちんと作り込めば、オモテから見た映像とウラから見た映像が違う意味を持つような、二重のストーリーを持つアニメーションを作り出せるはずです。今はSNSの時代ですから、『オモテ』を見た人も『ウラ』を見た人も、後でSNSを通して自分が[見なかったほう]のストーリーを知ることになります。そうしてSNS上で『共有』されることによって初めて全貌がわかるような、新しいタイプの映画を提案できるのではないかと」


「うん。……やっぱりそうだよな」リーダーはゆっくりと頷いた。「それだよな。こんな、怪獣なんか映して喜んでる場合じゃないよな」


「いえ、そこまでは……」


「いや、これはほんとに『頼まれ仕事』でさ。俺たちだってここをゴールとして満足してるわけじゃないんだ。君はわかるでしょ? 表現者とパトロンの関係ってものの難しさをさ」

リーダーはどこか遠くを見るような目で、作業しているもうひとりの男を見やった。男のほうは画面を見つめたまま無表情で、無言だった。

「次を見据えていかないとな。それはちゃんと、見据えてはいる。君の会社はCGデザイナーを抱えてるの?」


「お付き合いのあるアーティストさんがひとり、おります。山形を拠点に活動されてる方で、ARに使うCGアニメーションのデザインをよくお願いしています。サイトウ様という方です、活動名が……」


「『トー・ピー』だろ?」リーダーは大きく頷きながら、笑った。「彼のことは知ってる。実をいうとこの怪獣の絵作りも、少し彼に手伝ってもらった」


神白は黙った。


「参っちゃうよな。少し、仕事が被りすぎているみたいだ」リーダーはしかし、さっきまでの突き放すような態度ではなかった。「被ってる。けど、実際、俺たちが神白君のところと組むメリットは確かにあると思う。なにせこっちは自前の資本が無いし、コネも薄い。俺以外は完全にエンジニア、職人さんってやつだし。要するにハコを用意したり金を集めたりってことについてはあまり強くはないんだ。神白君のところはむしろ、そっちが専門だろう」


「ええ。そうだと思います」


「今度来てくれたら、名刺を渡す」と、リーダーは言った。


「今日じゃないんですね」と、神白は言ってみた。


「うん、ごめんね。今はあまり自由に動けないんだ。マジでねえ、ウザいパトロンなんだよ。こんなウザいとは思わなかったんだ。俺たちは両手両足縛られてるようなもんだよ。けど次回までには何とか裏工作して、渡せる名刺を用意しとく」


「いったい、何に関わってるんですか?」神白はふいに、伊東の言っていたことを思い出した。「……SNS上で『祭り』が巻き起こるように、計画してプロモーションを仕込まれましたよね? なぜ、そこまでして、本当にいるワニを怪獣として上映しているんですか?」


リーダーは目を見開いて、まじまじと神白を見た。

「……なぜ、それを知ってる?」


その目には純粋な驚きよりも、恐怖のほうが色濃く浮かんでいた。


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