TSUTAYAに行くふたり
「これ知ってる。こないだ『白石』に出たやつだろう」と、谷中は言った。
「昨日、秋田だったんです。僕たちそれ見てきたんです」伊東は言った。
「え、ほんと? ずるい!」谷中は半笑いで叫んだ。「俺も見に行きたいのに。ずるくない? なんで勝手に行ってるの。俺も誘ってよ」
「あんなもの見てどうするんですか?」
「どうするも何もないよ。崇めるんだよ」
「はあ。ああいうのはやっぱり『神』なんですかね……」
「うん、だって山の中に出るんだろう」谷中は本気とも冗談ともつかない口調で、「山の神なんじゃない? なんだっけ、『もののけ姫』に出てくる、デ……デイ……なんだっけ。なんかでっかいやつ」
「なんでもいいですよ」伊東は冷たく返した。「探し物は見つかったんですか? 何探してたんです?」
「だから、レーザーポインタだって」と谷中は言った。「伊東君知らない? 緑色の」
「さあ。この部屋で使ってたのは赤いやつだと思いますが」
「やだなあ、ほんと、どこなんだろう。あれ、高いのに。……ともかく、これ、神白君」
谷中は茶色い紙袋のようなものを差し出した。持ち手のない、簡素な袋だ。しかも、だいぶ皺ができていた。
「神白君が何が好きか分からないから、迷ったんだけど。ずっと、会ったらお礼を渡そうと思ってたんだ」
「そんな、申し訳ないです」神白は紙袋を受け取りながら、思わず頭を下げた。
「あ、100円」と、伊東が横からすかさず言った。「今、謝ったね?」
「ちょっと君、うるさいよ」
神白は言い返しながら、紙袋の中を覗いた。小さな模型のようなものが入っていた。
取り出すと、手のひらに乗るほどのサイズの、タイプライターだった。
文字のボタンが「Y」「N」「?」の3つだけ。
「これね、ほんとに打てるよ」谷中は言った。「レシートか何か、小さい紙をここに入れて。ちゃんと紙送りもするんだ。芸が細かいだろう。……ごめんね、俺の趣味で。ほんとは無難に食べ物とかにしたかったんだけど、いつ会えるか分からないしさ」
「いえ……ありがとうございます」
神白は手の中の小さな機械から目を離せず、ほとんど生返事のような言い方をしてしまった。
「これどうしたんです?」伊東が聞いた。
「ドイツのお土産」
「ドイツ? いつの間に……ていうか、いいなそれ」伊東はけっこう羨ましそうな口調で言った。「ねえ、もし興味無いんなら僕が欲しい」
「いや、僕のだ」神白は微笑んで言った。「あげないよ」
「何か打ってみようよ」伊東は財布を出した。「レシートって言っても……入るのと入らないのがありそうだな」
「僕のだよ」神白はおもちゃを紙袋に戻した。
「え、何だよ、独り占め?」
「貸さない」
「ガキかよ」
「気に入ってくれたんなら良かった」谷中は笑って言った。
「ありがとうございます」神白はもう一度言った。
「あとさ伊東君」谷中は急に口調を変えて、「研修の課題なんだけど、候補出した?」
「出しましたよ。小野さんに」
「小野君のところで止まってるな。俺にも転送して」
「わかりました」
「どれにしたいの? 自分では」
「短ければ何でもいいです」
「じゃあ一番長いのにしとくわ」
「はい」伊東は苦笑いを返した。
「とにかく送って。小野君を待ってるとキリがない」
「わかりました」
「レーザーポインタ、もし見つけたら教えてね。じゃ、神白君、ゆっくりしてってね」谷中は忙しない足取りでまた部屋を出て行った。
伊東は谷中の姿が完全に見えなくなるのを見届けてから、短く強い溜息をついた。
「忙しそうだね。こんなことしてる場合なの?」神白は画面の怪獣を見やって言った。
「いや、全然、暇なほうだよ。それに、課題が溜まってるときほど、積極的にサボらないとな」
「ちょっとさ、僕が連れ回したせいで君が留年したら先生に申し訳が立たないんだけど」
「え、そしたらまた1年遊べるよ?」伊東はニヤニヤ笑った。「細かいこと気にすんな。大抵の課題は前の日の夜に始めれば十分だよ」
「ほんとにしっかりしてくださいよ。僕みたいな大人になりたくないでしょう?」
「ええ?」伊東は笑った。「お前みたいな大人ってなんだよ。どうやったらなれるの? ていうか、お前は自分が大人だと思ってるんだ? 自己評価高いなあ」
「伊東君……、」
「ごめん、言い過ぎた」伊東は後ろの壁の時計を振り返った。「ここには長居したくないな。先輩たちが来るとウザい。どっか移動しよう」
「どっか、って?」
「そうだ、一応、ゴジラだった場合のことを考えて、TSUTAYAに行っとこうか。どこか、8時から開いてるところあったはず……」
「ゴジラだった場合って何」
「怪獣映画の一部をトレースして上映してる可能性だよ。なんか権利関係が面倒くさくなりそうだけど、あり得ないとは言い切れないし」
「うん……あ、つまり、TSUTAYAまで運転しろってこと?」
「うん。駄目?」
「いいけどさ……」
建物を出ると、先ほどよりも明らかに気温が上がっていた。来た道を引き返し、車に戻るまでの間に、汗だくになってしまった。
伊東は助手席に乗り込むと、怪獣の絵と一緒に持ち帰ってきた英語の教材のほうを開いた。
「勉強?」神白はエンジンをかけながら聞いた。
「ああ。まあ、これは急ぎではないんだけど」
「勉強に急ぎとか急ぎでないとかあるの」
「そりゃ、あるよ。それぞれ締切が違うし、分量も違うし」
「うーん、仕事と同じか」
最寄り、と言っても車で15分ほどは離れた地区に、早朝営業をしているレンタルショップがあった。駐車場には「旧作ずっと100円」の旗が立ち、8時を回ったばかりなのに結構な数の客が入っていた。若者が多い。ほとんどは大学生か、高校生に見えた。
「思ったより沢山あるな」伊東は特撮映画のコーナーまで来ると、考え込むような顔で首を傾げた。
「借りたところで、どこで観るの」と、神白は聞いた。「僕の車はDVDかからないよ」
「そもそも観てる暇もないし。やるとしたら、誰かに外注する」
「外注?」
「僕たちで借りて、誰かに丸投げしてチェックしてもらうんだ。左足に傷のある怪獣が出てくる場面が無いかどうか」
「え、そんなこと引き受けてくれる人、いる?」
「清水先輩は乗ってくれると思うな。ただ、ちょっと本数が多すぎて、清水先輩ひとりじゃ回らなそうだ」
「そもそも、もはやゴジラとは限らないよね、それを言い出したら。なんかそれっぽい生き物が出てくる映画を全部、ってことになるよね」
「だよなあ。ああ、こういうのこそAIで全部チェックできたらいいのに」
結局何も借りず、車に戻った。
「ゴジラ、今も新作上映してるよね」神白はふと思い出して言った。
「え、ほんと? まだ作ってるんだ」
「アメリカ版。の、何作目だったか」
「あんなの何がウケるんだろうね」と、伊東は言った。「アメリカ人にとって何が面白いのかな?」
「別に、なに人でも関係なくない?」
「いやいや、あるよ。あれはすごく日本人的な題材だよ」
エンジンをかけてから、神白は時計を見て計算した。「今から行っても開園までだいぶ待つよ。どこか、モーニングやってる店でも探して、お茶でも飲む?」
「金がもったいない」と、伊東は意外にも現実的なことを言った。「いいよ、ここで時間を潰そう。僕は勉強してる。君はYouTubeで古いゴジラでも見てるといい」




