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第一話 奪われた翼

●球歴1779年11月15日ノールメール帝国レブージュ市街


 なぜこの国は戦争を繰り返すのだろうか。水や食料を求めてか?国土を拡大するためか?それとも、国家間の遺恨か?

 いや、違う。魔法や科学をより発展させるためだ。前述はおまけに過ぎない。かつてはそれが目的であったかもしれないが、ここ100年で剣と魔法で争っていた戦場はたった半世紀で銃と魔法に成り代わった。

 かなりの修練を積まなければ習得できなかった魔法は簡略化され、ある程度の魔力があれば簡単なものであれば子供でも魔法が使えるようになった。新たな兵器を生み出すため、科学と魔法の親和性をより高め生活面でも様々な所で世の中は便利になった。

 それでも戦争を止めることができないのだ。周辺国家に何度も様々な口実で戦争をしかける。そのしわ寄せがきたのであろう。今回の戦争は仕掛けたのではなく仕掛けられたものであった。


 半年前、連合国がオンジュ湖北部の国境付近に強襲し始まったオンジュ戦争。連合国は兵士を一般市民に変装させ帝国の諜報員の目を欺き、莫大な兵力を密かに集結させ圧倒的戦力差を持って国境警備の2個師団を事実上壊滅させた。帝国領内にかなりの進軍を許したが援軍に駆けつけた帝国軍によって戦線が維持されている。


 私は市街戦を行なっているレブージュ市に派遣された。歩兵小隊の魔法士として。

 住宅地と土嚢を遮蔽物にし、私の所属する隊は歩兵小銃を構え敵兵と銃撃戦をしている。乾いた発射音と遮蔽物に着弾した時の破裂音、他部隊の号令の声だけが聞こえる。すると小隊長から友軍魔法士に向け指示が飛ぶ。


「少し前進する。魔法障壁用意!」


 私は魔法小銃での射撃をやめ、術式の構築を始める。友軍魔法士により煙幕術式が展開されたのを確認し、魔法障壁の構築を完了する間際に先頭に飛び出し魔法障壁を展開する。小隊には魔法障壁を扱える魔法士は3名しかいない。幅15mの道にそれぞれ横4mの魔法障壁を貼り銃弾を防ぎながら前進していく。私の後ろには味方が付いて来ている。もちろん敵は黙って見守っているはずもなく魔法士による高火力術式を煙幕の中に打ち込んでくるが魔法障壁は突破できない。高火力術式は威力は高いが熟練の魔法士でも展開に時間がかかり、精度も悪い。その上煙幕が貼られているのだから、なかなか当たるものではない。しかし、なんども直撃すれば消滅してしまう。もってあと5回が限度であろう。


「前進やめ!すぐさま遮蔽に移動しろ!」


 小隊長の指示により後ろにいた味方がそれぞれ建物の後ろに退避する。その間にも2回敵の術式に私が展開している魔法障壁に直撃している。徐々に煙幕は晴れつつあるため後方に退避しようと思った直後バリッと嫌な音がする。音のした方向に視線を向けると魔法障壁には拳大の穴が空いており、穴を開けたであろう大きな銃弾のような形をしたものが私の足元にあった。本来魔法障壁とは穴が開くようなものではない。耐久値が尽きない限りは障壁は維持され、耐久値が尽きると鏡が割れたように砕けるのだ。さらに、少なくとも高火力術式ならばあと3回は防げたはずである。しかし、私の足元にあるそれは魔法障壁に穴を開けるという本来起こることのない事態を起こしたのである。未だ魔法障壁は砕けていないものの、その異常事態が私の頭に混乱をもたらす。その束の間、足元のそれは鉄が焼けたように赤く色づき眩い光を発し私の体に衝撃を与えた。私はその一瞬で起こった出来事を理解できぬまま後ろに吹き飛ばされていたのだ。

 ひどい耳鳴りと吐き気だけを感じる。視界に駆け寄って来た一人の兵士と思しき影を写すのを最後に私の意識は途切れた。

 


●球歴1779年11月21日ノールメール帝国首都ラルム参謀本部


 コンコンッと素早く叩かれたドアに男は自分の机に置かれた資料から視線を移す。


「入れ」


 低く少し威圧するような声で短くそう言うとドアは開かれ老齢の執事然とした男が入ってくる。彼の表情には焦りが見られ、男と顔を合わせると少し怒気のこもった言葉を発する。


「旦那様、お嬢様が負傷されたと言うのは本当でしょうか?」


 男は呆れたとばかりに小さくため息を吐く。全く忙しい時に一介の執事が参謀本部まで押しかけてくるとはと。


「貴様は態態それだけを聞くためにここに押し入ったと?」


 睨みを利かせ執事に向け言葉を放つ。


「お言葉ですが旦那様、お嬢様を戦地へ送り出したのはあなたなのですぞ!」

「あれが望んだことではないか、早々に負傷するとは情けない。あれの魔法の才を見出し散々援助してやったと言うのに。」


 執事はこれ以上何を言っても意味はないと感じ、男に背を向け部屋を出ようと扉を開ける。そこには見知った一人の軍人が立っていた。


「これはこれはヴィラール家の執事長殿ではないですか。閣下に御目通りで?」

「ジョエル・グロージャン大佐殿、話は終わりました。失礼致します」


 軽く会釈をし執事は部屋を後にする。ジョエル大佐と呼ばれた軍人は今からする報告に関わる事かもなと思いつつ自分には過ぎたことだと思考を止める。


「クロヴィス・ヴィラール少将閣下、報告が御座います」


 ジョエル大佐はクロヴィス少将へと頭を下げながら部屋の中に入る。クロヴィス少将は執事と会話している間にも資料を読み進めていたらしく、手を止め机の上に手を組み話せと短く言う。


「Dr.エデュアール殿がアンジェル・ヴィラール少尉を実験体に使いたいと仰っております」

「なぜ私にその許可を得ようとする?」


 分かっているだろうに態態聞かないで欲しいと内心思いながらもジョエル大佐は答える。


「それは仮にも閣下の御息女でありますから気を利かせたのでは無いのでしょうか?」

「あれは私の管理下で動いておらぬ、自分で決めさせればよい」

「はっ、ではそのように」

 ジョエル大佐は一礼すると部屋から姿を消した。


 クロヴィス少将は灰皿の上にあった葉巻に火をつけ一息吐くとまた手を組み両の拳の上に悩ましいと頭を置く。

 ブレージュ市街は連合国の新兵器投入により4日という短い時間で占領されてしまった。なんとか兵は下げられたものの被害は甚大、前哨基地にでもされれば手が付けられない。

 娘の事もそうだ。Dr.エデュアール、魔力を持った負傷兵を実験に使い何人も駄目にして来たマッドに目をつけられたのだ。一応合意のもと実験を行っているのだから質が悪い。まあ、成功したものはいずれもかなりの戦果を上げている。成功すれば使い潰してやろうと僅かに頬を緩ませるのであった。


●求歴1780年1月13日ノールメール帝国ルベリエ市帝国軍立第三病院


 目を覚ますとそこには見知らぬ白い天井があった。私は戦場にいたはずだ、負傷してそれから… それからが思い出せない。負傷したということはここは病院であろうか。であるならば、あれからどれほどの時が経ったのであろうか。彼女の頭の中に様々な考えや思いが過ぎりふと自分が拘束されていることに気づく。まさか敵に捕らえられたのかと自分の立場に戦々恐々とする。しかし、数秒後理解するのだ、なぜ拘束されているのかを。それは彼女が右足に痛みを感じ、そこに目を落としたことにより始まる。


「ぎゃぁぁぁぁあああ!!!!!???」


 院内に響き渡る悲痛な叫び。それもそのはずである。目を落とした先には何も無かったのだから。本来あるはずのものが無いのだから。


「足がっ足がぁぁああ!!??」


 憎い、憎い。故郷を奪った義父もそれを指示した帝国も脚を奪った連合国も世界も何もかも!!!

 彼女は自分に起きた事柄をまるで走馬灯のように頭の中に浮かべただただ憎悪を滾らせるのであった。

 ベッドに繋がれた拘束具はギリギリと音を立てる。叫び声を聞きつけたのか白衣を纏った医者と看護婦が駆けつける。

「鎮静術式を使う、魔力媒介を」


 医者は看護婦から魔力媒介を受け取ると術式を展開し彼女を落ち着かせる。

 彼女の瞳は暗くまるで闇の中に堕ちていくようだ。そしてそっと口を開く。


「私に… 私に何があったのですか?」


 医者は驚愕の表情を浮かべる。なぜなら、いくら鎮静術式をかけられ落ち着きを取り戻したとしても頭の中は混沌に包まれているはずである。今まで幾人も部位欠損した患者を見てきたが、意識を取り戻し、自分の状況を知り、泣き叫んだ末、鎮静術式を行使すれば数日間は物言わぬ屍のようになったからである。それも、まだ若く女性であるにも関わらずだ。それなのに目の前の女性は己に何が起きたのか知りたいと言うのだ。冷静に、自分の足があったであろう場所を見つめながら。医者はこのとき驚愕とともに並々ならぬ彼女への可能性を感じたと語る。



 私は今、医者から自分の置かれている状況と帝国の戦況を聞いている。どうやら私が戦っていたレブージュ市は占領され、私がいた小隊は半数は撤退できたようだが残りは壊滅したようだ。生き残りの魔法士は私だけ、なんとも運が悪い。脚を無くし戦うことのできなくなった魔法士になんの意味がある。どうせならあの場で死ねばよかったのだ。それに私は2ヶ月近く眠っていたらしい。その間に帝国は本腰を入れレブージュ市を奪還し、未だ戦場となっているのはオンジュ湖付近の国境だけだそうだ。医者は一通り喋ると安静にと言葉を残し病室から去っていった。


「叶うなら 一縷の望みと 戦場に 朽ちることなく 囚われるなら」


 どこから出て来たのか彼女は詩を口ずさみ何もない虚空を堕ちた瞳でただ見つめ続けるのであった。日はゆっくりと傾き、やがて常闇へと至るのだ。


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