ダンジョン防衛作戦、第三十五階層②
◆ダンジョン第三十五階層
ランクA。それは、この世界にて強者であることを示すもの。この世界の人々は、普通の人間が努力を積み重ねて精々ランクC。他の人間より才能があり努力を重ねれば、ランクB。ランクAは、稀に見る才能と努力、そして運が噛み合って初めて誕生する。それゆえか絶対数が少ない。
例えば、北方大陸のロシフェル聖王国。あの国には、一等級聖騎士というランクAに達した聖騎士を二十人揃えているが、それだけだ。ランクA−という届き掛けている者は、数多くいるがいずれもランクAに至る様子はない。それだけ、狭き門なのだ。野生のモンスターでもそうだ。現れるのは、精々ランクCが限度でランクBもある程度知恵があるからか、滅多に姿を表さない。野生のモンスターでランクAが現れた例は皆無である。
余談だがランクSは、一般人には夢物語の域である。ランクAに到れる超人から更に経験を重ねなければなれない怪物の領域なのだから。そこらへんの一般人がなれるわけがない。だから夢物語だ。
閑話休題。要するに、何が言いたいのかというと。
たかが生まれて一年半程度のダンジョンに出て来ていい訳がないのだ。
「あ・・・ああ・・・っ!!」
ネクソスは、自らの小便でビチャビチャとなってしまったズボンに気付かず立ち尽くす。彼は、分かってしまったのだ。出来れば知りたくない事実だが。
「あ、ありえ、ない。ありえて、いい筈がないィ!!何故、何故ランクAが!こんな片田舎のダンジョンに!十体も!現れるというのだ!」
ネクソスは、絶叫のように大声を出す。いや、正しく絶叫だったのだろう。それを裏付けるようにネクソスの顔は、絶望に包まれていたのだ。そんなネクソスの疑問に答えたのは、絶望の原因である十体の特殊型死虫魔人である。
「何故?当たり前のことだろう?我等が住居に土足で踏み入る貴様等を排除するためには、力が必要不可欠だ」
「生半可な力は不要。欲するのは、圧倒的な力だ。だからこそ我等がマスターとミレンダ様は、我々を肉体を造られ、入れられ、生み出された」
「圧倒的な力を持つ戦力を多く配備すること。力を多く持つことは、自分たちを守ることに繋がるとな」
「マスターは、常々外敵に怯えていらっしゃる。だからこそ、我々のような驚異的な質を持つ量をお求めになったのだ」
「感謝している。死体に寄生するだけしか能がなかった我々にこのような大役を頂けたのだから」
特殊型死虫魔人達は、殺気をまき散らしながら口を開いていく。だが殆どは、ネクソスの耳に届いていなかった。彼は、余りの衝撃的な事実に半ば放心状態になっていたのである。
この魔人達は言った。生み出されたと。つまり。
(つ、つまり、このダンジョンには、ランクAが、他にも、うじゃうじゃと)
彼が想像したのは、この魔人達が群れをなして自分達に襲いかかる光景。正しく悪夢。正しく絶望。
(か、勝てるわけが、無い。こ、殺される。み、みんな死んでしまう)
ネクソスは、顔面蒼白を通り越して完全な白色になってしまった。
しかしそんな中で、空気を読めない愚物が一つ。
「おい、ネクソス!何をしておるか!さっさと敵を倒せ!そして私に宝を献上しろ!私を誰と思っている!冒険者ギルド本部副長ヤーコプだぞ!」
ヤーコプだった。彼は、自分の立ち位置が分かっていないのか、ネクソスに向かって怒鳴り散らしたのだ。
「・・・お、俺の話を、聞いてなかった、のか?奴等は、ランクAと」
「ふん!ランクAだと?馬鹿が!そんな連中がこんな片田舎の木っ端ダンジョン風情にいるわけ無かろうが!大方鑑定結果をスキルで偽造し、誇張しておるのだろうよ!」
ヤーコプは、根拠がどこあるのか全く分からない推理を渾身のドヤ顔で言い放つ。ネクソスは、開いた口が塞がらない状態になり同時にヤーコプを恨んだ。ヤーコプの言葉を聞いた魔人達が、先程以上の殺気を撒き散らし始めたのだ。
「木っ端?マスターが木っ端だと?」
「取るに足らぬ蛆虫めが!」
「舐められたものだな」
「どうする?喰い殺すか?」
「いや、マスターから生け捕りにして迷宮研究所に連れて来いとのことだ。残念だが奴の死に様を見て嘲笑う程度で済ませよう」
「チッ!」
ネクソスは、増した殺気を受け止めきれず膝を屈する。そして何度目か分からない弱音を吐き出す。
「無理だ。ハハッ、無理だよこんなの。無理、無理、無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理・・・・・・・・う〜ん」
ネクソスは、壊れたレコードのように「無理」とだけ口ずさんだ後、余りの絶望にとうとう心が悲鳴を上げて意識を手放してしまった。
彼がこうなったのは、中途半端に強かったからであろう。彼は、一般人の中では最高峰のランクCであった。中途半端に敵の力量を測れる目があった。経験があった。《鑑定》があった。それらの要素が最悪の形で噛み合い、意識を失う結果となったのだ。
「お、おい!ネクソス!チッ!貴様に幾ら金をやって雇ってると思っとるんだ!役立たずが!」
ヤーコプは、倒れてしまったネクソスを心配どころか彼を蹴飛ばして罵倒する始末だった。何処までも愚かで空気が読めない男だった。
自分の命が正に風前の灯火だということなど、何もわかっていないのだから。
「おい、周りの雑魚どもは任せる。俺は、あの豚を研究所に運ぶとしよう」
「分かった。アルファ殿に伝えておく」
「すまん」
「気にするな。同じ人工魔人同士、協力しなければな」
魔人達がそう言った瞬間、《麻痺の魔眼》で固まっている筈の私兵団達を一瞬で細切れにしてしまった。
「なっ!?ななな、何をしおったのだ!?」
「これだよ」
一人の魔人が右腕から生えた鎌を見せた。その鎌には、多くの血が付着していた。
「この鎌は、虫系統モンスターであるキラーマンティスの鎌。切れ味は一級品さ。俺は、この鎌を使ってこいつら全員を切り刻んだだけだよ?」
「はあ!?お前は、何もしていなかったではないか!?」
「お前が見えていなかっただけだ。俺は、ちゃんと一人一人の目の前に立って斬ったよ」
カマキリの鎌を持つ魔人は、薄く笑いながら鎌を見せつける。そして他の魔人達も口を開いた。
「我々人工魔人は、モンスターのあらゆる特徴や最適化されたスキルを有するダンジョン有数の強者よ」
「我等は、その中でも最上位個体群。軒並みランクAの戦力に加え、格上との戦闘経験も持ち合わせているのだ」
「お前がどんなダンジョンを攻略してきたのか知らないが、そこらのダンジョンと同等と見られていたとは・・・。舐められたものだぜ」
「まったくだよ。まあ、この人間の性格もあるのだろう。どうでも良いけど。さて」
鎌を持った魔人は、瞬時にヤーコプの背後へと移動。ヤーコプの頭を軽く殴った。
「ガッ!?」
「暫く眠っていてくれ」
最もヤーコプにとっては、相当強い攻撃を加えられたようで大地に倒れ伏す。
(だ、れか・・・私を助けろ・・・・。私を誰・思って・・・。私は、冒険者ギルド本・副・・ぞ)
最後まで己の立場をわかっていなったヤーコプは、そのまま魔人によって運ばれていった。
◆ダンジョン第三十五階層 闘技場
調査に向かったパークス一行は、途中発見した闘技場を調べ回っていた。
「見た感じ帝国直営の大闘技場に似てるな。だが、所々に血痕があるぞ。どう思う?タロ」
「・・恐らく先行した冒険者の物でしょう。あれを」
パークスのパーティーメンバーであるタロが指さした先には、散らばった冒険者であることを示すカードがあった。それは、どれもこの攻略に関わった冒険者の物である。
「興味ねぇのか。いや、モンスターから見ればカードなんて必要ないのか」
「まあ、そうでしょうね。ん?」
タロが振り向くと、同じくパーティーメンバーであるエマとドトールが走ってきた。
「二人共ちょっと来て!」
「・・冒険者達が」
「わ、分かった」
「は、はい」
慌ててパークスとタロは、エマとドトールに着いていく。たどり着いたのは、闘技場の中心である舞台の上。そこには。
「あ、ああ」
「な、なんと、なんという」
山があった。普通の山ではない。数多くの冒険者の死体によって築かれた山。その頂上には、一人の男が腰掛けていた。
「お?やっと来やがったか!最近骨の無いやつが多すぎて詰まらなくなっていたところだったんだ!」
男は、一言で言うなら凶獣。体中から猛々しい戦意を滾らせながら嬉しそうに話す巨漢の男。男は、黒い仮面を被りオレンジ色の髪を揺らしながら死体の山を降りていく。
「あ、貴方は、何者ですか」
タロは、流れ出る冷や汗を拭いながら男に問う。
「俺は、あ〜、これ邪魔だな」
巨漢の男は、徐ろに死体の山を殴る。すると、死体の山は衝撃波と共に粉微塵となり死肉が飛び散っていった。
「なっ!お前!」
「さて、俺だったな?俺は門番だ。ここを出たかったら、俺を殺すことだ!」
巨漢の男は、拳を突き合わせながら戦意を高めていく。
「さあ、殺ろうかぁ!」
その言葉と共にパークスパーティーに襲いかかった。
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