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悪魔と久美の契約関係  作者: 七海 夕梨
Aim Route
5/9

契約内容004

「アイム、訓練をしましょう」

「なんだ。いきなり。強くなって誰かを始末したいのか? 」


 悪魔姿でソファーにまどろんでいたアイムが、飛び起き警戒し始めた。こげ茶色の耳がピコと立っていて可愛い。五芒星と腰巻ファッションが目に入ってこなければ、だけど。


 それにしても何故、私が訓練に誘ったら『始末』なんて単語がでてくるのかしら。失礼しちゃうわね。


「違うわよ。この間、一緒にコンビニに行った時の事を覚えているかしら?」

「コン──なんだ、コンビニか。それがどうした? 買い物の仕方なら貴様に言われずとも知っている。貨幣の価値や物価についても頭に入っておるわ。まさかその上で、このワタシに訓練が必要というのではなかろうな?」


 何て白々しい。私に全部、言えというの?


「グラビア雑誌、みてたわよね」

「──ぅ、た、確かにみてはいたが、低レベルすぎて退屈しのぎにもならんな」


 そのわりには、開いて3秒で固まっていたわよね。


「水着の女の子はよかったかしら?」

「違っ」

「レジのおば様まで、(うぶ)ねと微笑んでいたわ」

「ぐっ、それで会うたびに頑張れとか言ってきたのか。おのれっ、このワタシを馬鹿にしおって。そもそも女体など見慣れておるわっ」

「1000人も妾がいるもんね」

「ま、まぁな。だから訓練など不要だ……そもそも貴様が水着を着るわけでもあるまい」


  偉そうに言ってるわりには、視線をそらしながらアイムが言う。


「着てもいいけれど」

「──っええええ?? 待て待て待てっ、心の準備が」


 なに? その反応。私の水着姿がそんなに嫌なのかしら。


 まって久美、ここで怒ったら、それとなく騙して着せちゃおう大作戦がダメになってしまうわ。我慢よ。我慢。


「でも、私、一人だと流石に恥ずかしいからアイムも一緒に着ましょう? 」

「一緒だと?? ははん、騙されんぞ! どうせ猫のワタシに着せようという魂胆なのであろうっ」



  鋭いわね。


「そうだけど」

「……やはりな。しかも大公爵たるワタシに水着だと? 卑劣極まりない計画を考えおって」

「でも、特注でイノッチに作ってもらったの。写真を見せる約束までしたのよ。お揃いで水着! 素敵でしょう?」

「待て、イノッチとは何者だ? ソウシ2号ではあるまいなっ」

 

  牙をむきだすかのように、アイムが私に詰め寄ってくる。壮士2号って。あんなのが二人もいたら精神崩壊を起こすわ。


「違うわよ。イノッチはお裁縫が大好きな職場の同僚だから。可愛いものを作るのが大好きなの。得意分野はメイド服ね。常に可愛さの限界を求めて研究しているわ」

「メイドだと!! 貴様……大公爵たるワタシにメイド服まで着せようと企んでるのではあるまいな?」


  アイムが凄く疑り深い目で、私を見てくる。失礼な、そこまでは考えてなかったわ。ぐふふふっ、でも今度、イノッチに頼んでおきましょう。



「──今回は違うわ」

今回こんか怖っ……貴様! それはすでに訓練ではなく、己の欲望に正直な変態処女26歳ではないかっ。ワタシの為と言っておきながらなんという悪魔的所業。流石すぎて気持ち悪いわっ」


 アイムが人としてけなしているのか、悪魔として褒めているのかよくわからない事を言う。


「もういいわよ。せっかくイノッチが厚意で作ってくれたけど、謝って返すしかないわね。スクール水着」

「スク……」


 アイムが肩を震わせ部屋の隅に逃げてしまった。スクール水着にトラウマでもあるのかしら?


「貴様! まさかとは思うが、私に女の水着を?? いくら猫でもアレがかく──って、そんな穢れたものっ、さっさと捨ててこい!!」

「ちょっと、女性用を着せるわけないでしょう? しかも穢れたって、聖なる衣になんてことを」

「煩い! 貴様が言うと()なる衣にしか聞こえんわっ、ぁ?? まて──そうか男性用か。ウォホン、仮にだが、ワタシが水着を着たら、まさか貴様もスク……水着をきるのか?」



 どうせいい年した処女がと言いたいんでしょう? むかつくわね、問答無用で女性用の水着を着せてやろうかしら。


「ええそうよ。でも着ないんでし──

「まてまて、よかろう。スクールとやらを着てやろうではないか。ただし契約してもらうぞ」

「契約ですって??」



 今度は何が目的? 対価にグラビア雑誌でもつけろと言うのかしら。


 アイムは引き出しから大学ノートを取り出すとボールペンでさらさらと書き出した。日本語を書くのがだいぶ上手になっている。肉球の件依頼、漢字を猛勉強したわね。ちなみに契約用紙を持っている田中は現在、他の任務についているらしい。主人は毎日ぐうたらしているというのに、少しは部下を見習ったほうがいいんじゃないかしら。


 【アイムと田中久美の契約書04】

 猫のアイムに水着を着せたい場合、久美はアイムより先に水着を着なくてはならない


「どうだ?」


 どうだといわれても。さっぱりわからないわ。


「何が目的なの? 私の水着姿をみて小馬鹿にしたいのかしら?」

「……貴様という奴は、本当に貴様だな」


 アイムがため息交じりに意味不明な事をいう。そもそも私の名前は貴様じゃないと何度言ったらわかってくれるのかしら。


「とりあえず、いいから水着を着て来い! ……水着だぞ」

「仕方ないわね。そのかわりイノッチ水着を着てよ?」

「契約をした悪魔に二言はない」




 ☆☆☆


「どうかしら?」


  水着を着用し、脱衣所から出た途端、アイムが「この破廉恥娘がぁぁぁぁ!」と切れだした。


 全くなんなの? 小馬鹿にされる事は覚悟していたけれど、破廉恥って水着よ? 人に着ろといったのはアイムのくせに。


「貴様、スクール水着ではなかったのか!!! がっか……それは、なんだ!? 下着ではないかっ。まさか男共の前で、そのような破廉恥服をさらしていたのではあるまいな」


 破廉恥服って……ただのビキニなのに。色が白なのがいけなかったのかしら。そもそもスクール水着など学生時代の水着だ、手元にあるわけがない、実家だ。……あら、実家よね? そういえばどこにしまったかしら。卒業してからみてないわね。


「とにかく隠せ!! 今すぐ隠せ! どこかに布はっ、あぁぁぁ!! もうよい! このワタシの腰まきを─

「まって、それだと貴方が破廉恥になってしまうわ」


 慌てて脱衣所にあったカーデガンを上からはおると、やっとアイムは大人しくなった。そんなに私の水着が嫌なのかしら。


「なんてことだ。この間の本といい、今の時代の女は破廉恥すぎる」


 アイムは精神統一したいのか、冷蔵庫から麦茶をとると、コップに入れ、グイっと一気飲みした。この程度で破廉恥だと取り乱すようだと、R18本をみたら気絶するんじゃないかしら。


 まぁ、どうでもいいわ。破廉恥だの色々と言われまくったけれど、ここからは私のターンよ。


「で? アイム、私の用意した水着、着 て く れ る わ よ ね?? 」


 ふわりと、イノッチがつくった聖なる衣をアイムに見せる。この素晴らしさ、聖なる輝きっアイムにもわかって欲しい──と、思ったのに、アイムは、ふぁ? と一瞬だけ呆けた顔をした後「ひぃぃっ」と怯えだした。


「き、貴様っ!!! そそそそそそそれは何だ! 女物ではないかっ」

「違うわ。男の用──正確には猫の男の用ね。心配しなくても大丈夫。懸念していた大事な所は、きわどく隠れるよう計算に計算を重ねられた最高傑作よ!」


「まてまてまて~!! どうやって寸分違たがわぬよう作った? その上、男の子の発音がワタシの知ってるのと違うきがするっ」



 ぎゃーとアイムが逃げ出そうとするので、慌てて彼の上に乗っかると、先程の契約書をピラピラと見せつけた。


「アイム? 大公爵たる悪魔が契約を守れないなんて、いけない子ね。私はちゃんと契約を守ったわ。二言はないのではないの?」

「──っく、やめろっ。そもそも淑女が馬乗りなどするなっ。恥じらいを持てとあれほ




 ピンポーン



 あと、もう一息という所で、邪魔なドアフォンがなる。いい所なのに何なのかしら。


「まぁ、無視すればいいわね」

「いやいやいやいや、まてまてっ、大事な用事かもしれぬではないか」

「いいからはやく猫になりな──

「いやぁぁぁ、たすけ 


 ドーン!!!


 アイムの絶叫と同時に玄関のドアが吹っ飛んだ。吹き飛んだドアが赤くちかちかと燃えている。これは確実に大家さんに怒られるわね。下手をしたら、追い出されかねないレベルだわ。


「無事ですか!! 乙女! 悲鳴が聞こえまし…た、が


 外から12-3歳ぐらいの金髪碧眼の少年が、慌てて駆け込むと同時に、私達を見て固まった。海のような美しい深青の瞳が、こぼれるのではないかと思うほど大きく見開いたまま、こちらを見ている。



「おと……め?? これは一体?」


 乙女とは私? それとも体勢的にアイムが乙女になるのかしら。困ったわね、本当は真っ当な理由があるにせよ、今の私は、第三者から見たら、嫌がるアイムに馬乗りになった挙句、スクール水着を押し付けている変態女だろうから、弁明が難しいわ。


 でもこの子は誰なのかしら? 水着姿な私もアレだけれど、黄金の鎧姿に、赤いマントまで纏って……よくお巡りさんに怒られなかったわね。いくら美少年でもその恰好はどうかと思うわ。



「ちょっとした余興よ」

「余興!!!!」

「そんな事より、何か用かしら?」

「こちらへはお届け物を……そ、その前にっ、乙女がそのような服装は」


 少年は私から視線をそらして言うと、纏っていたマントを突き出してきた。


 ありがとうと、厚意に甘えてマントを受け取ろうとしたら、アイムが腕をぐいっと引っ張ってくる。


「アイム?」


 なんだか、マジやばいって顔をしているわ。となると、この少年、やはり悪魔なのね。それも壮士並みに強力な。火炎でドアは壊すし、なによりも服装が残念だから間違いないわ。


「貴様っ、なにを呆けておるっ、逃げるぞ」

「──え?」


 アイムは左手で私を抱えると、空間に魔法円を右手で描きだした。円が炎のように燃え上がると同時に空間がぐにゃりと歪む。


 ここから別の場所へと空間移動でもするというのかしら?  


 だが、歪んだ空間に身を投じる直前、空間を作り出していた炎がふっと消え去った。


「──っな」

「人の世にわたくしの気が漏れぬよう、すでに結界は張り終えています。お前が暴れると厄介ですからね。罪のない子羊に迷惑は掛けれませんから」


 私に向けるまなざしと違い、少年は氷のような眼でアイムに言う。こちらとしては子羊よりも玄関を吹っ飛ばされた、【私】への迷惑を第一に考えてほしかったのだけど。


「ところでボク、保護者は何処にいるの?」

「ぼ……しゅのことでしょうか?」


 少年が大きな瞳をさらに見開いて私を見る。


 悪魔用語で保護者的立場の人を、シュとかいうのかしら。それとも名前? 黙考したくとも横でアイムが「貴様、本当に貴様はなんて貴様なのだ」とか怒鳴られて集中できない。


「よくわからないけれど、そのシュに、ドアを弁償しにくるように言ってもらえるかしら。こちらとしては大家さんに目をつけられると困るのよ。こっそり猫も飼ってるし」

「そ、それは出来ません。主に直接人間界に来ていただくなど。その……ドアを壊してすいませんでした」


 少年はペコペコと頭を下げると、ご丁寧にも魔法みたいにドアを瞬時に直してくれた。ただし少年の趣味なのか若干ファンタジックなデザインだ。まぁ前よりも品質が良くなってるし、大家さんにばれたら高級イタリア製ですのとか言っておけばいいわね。


 あと、アイム、さっきから「飼ってるだとっ、貴様ぁぁ!」とか煩いわよ。一言もアイムだとは言ってないし(でも自覚はあったのね)、私の名前は貴様じゃないと何度言ったらわかってくれるのかしら。



「──あの? 乙女、ドアを直しましたので本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「本題?」

「はい。実は主より、乙女に指輪をさしあ──

「要らないわ」

「え?」

「要らないといったのよ」


 少年が信じられないという目で私を見る。


「な、何故ですか? 主からの贈り物なのですよ? 断るなど論外です……とにかく受け取るべきです!!!」

「ドアを壊した次は押し売り?? 」

「押し売りと言われようと、受け取っていただきます!」

「あぁ、もう! いいかげんにしなさい!!」


 ポカリと少年の頭を軽くたたくと、何故か横にいたアイムが「ヒィィィ」と言い、気絶した。ちょっとまって、この少年ってそんなにやばい悪魔なの? 


「──まさか、わたくしの頭を殴る人間がいるとは。皆、わたくしを見るなり跪き、ただただ、奇跡を得ようと祈るばかりでしたのに……変ですね、なんだか嬉しくなってきました」


 なんか微笑んでる……この子、新手のマゾなのかしら?


「ところでマ(ゾ)──えぇと」

「マ?……あぁ、わたくしとしたことが、乙女に名乗りもせず。わたくしは主に使える天使の一人、ミカエルと申します」


 少年は西洋の紳士のように礼をすると、背中からふわりと白い羽を出現させる。


 てんし……って天使?! ええと、ミカエルって確か、漫画だとすっごく偉い天使とかの題材にされるアレよね? 


 いけない、ストレスがたまると発症する持病の頭痛が。


 という事は、シュは主──神様ってことね。普段なら天使のミカエルです! って言われたらチュウニはよそでやってきなさいと叱るのだけど、火炎でドアを壊したり、瞬時に修理したり、最終的に白い羽の現場まで見てしまったからには、違うとは言い切れない。せめてこの子が同名の、そこらへんの天使、ミカエルであってくれるといいのだけれど。


「ミカエル君──

「わぁ、人に君呼びされるなど、始めてですね」


 ふふっと無邪気にほほ笑むミカエル。あぁ、頭が痛い。私のほのぼのにゃんこ日常がどんどん遠くなっていく気がする。


「あ~、ミカエル様」

「君でよろしかったのに」


 若干、口をとがらせてミカエルが言う。


「申し訳ないけれど、指輪とかいわれても困るの。大人は仕事があるし忙しいのよ」


 というのは言い訳で、本音は()日常をお招きしたくない。天使から指輪なんて、何かあるに決まっている。ごめんなさい、大人は建前だけは正論で本音は黒いものなのよ。


「どうしても?」

「どうしてもよ」

「それでも受け取らなくてはけません。貴方の周囲にはすでに魔が生じています。主の命により人の世界に、権限以上の奇跡や力をわたくしたちは行使できません。が、その指輪があれば

「嫌よ。なにがなんでも面倒な指輪はいらないわ」


 受け取ったら最後、天使とも関わらないといけなくなるじゃない。


「愚かしいですね。23年前、乙女がアスモデウスと契約し魔力均衡を破った事で、魔が人間界に入りやすくなってしまったのです。幼き日の過ちだと主はお許しになったようですが、最近になってまた。本来は、重罪となるところ、主は乙女の慈悲深い契約内容に感嘆され、その罪をお許しになろうとしています。私見ですが乙女に指輪を使っていただくことで、悪魔との間に、一種の可能性を見出されたいのでしょう。なのに自ら主の慈悲を無にするとは。貴方が黄泉へと向かう時、罪として天秤にかけなくてはいけなくなる。それはわたくしの本意ではありません」


 天秤??  


「よくわからないけど、それでも嫌。いきなり押し掛けて来て、指輪だの言われても困るわ」

「そうですか……」


 途端、先程まで優しい顔だったミカエルが、感情のない顔となり、場の空気がピリピリとしたものに変わる。


 あれ? これは壮士の時以上にまずい気がするわ。穏便に受け取っておいて、燃えるゴミにでも捨てたほうが良かったかしら。でもそれだと神罰とか下りそうで困るわね。


「天秤で魂を測るか、相変わらずお前たちは上から見下しおってっ」


 さっきまで役立たた……じゃなかった、気絶していたアイムが、私の背後に現れ、ミカエルめがけて火炎を投げつけた。


「愚かしいことを。結界内でわたくしに攻撃するなどっ」


 対するミカエルは炎の剣を出現させると、いとも簡単にアイムの火炎を剣で打ち消した──が、


「……な!!!」


 ミカエルの腕が若干だが黒く焦げている。アイムの攻撃が予想より強かったってことかしら?


「ふふん。気絶したのは一瞬でな。お前が指輪だのなんだの話している間に、タナカにすこーしずつ結界に穴をあけるよう、腹から蛇を出して指示しておったのだ。くはははははっ」



 どうだとアイムが高笑いをする。本当に、小物な悪役が板についているわね。


「だから何だと言うのです。結界が機能しないとしても貴方とわたくしの力の差は歴然だ。そして、わたくしは2度も油断はしない。つまり貴方は勝ち目のない戦いを、自ら挑んでいるのですよ」


「確かにな。だが、結界がない今、お前の神気は駄々洩れだ。ワタシへの攻撃を跳ね返したことで、さらに目立ってな。今更結界を構築しなおしても遅いぞ。悪魔にとってお前は恐怖の対象とはいえ、宿敵でもある。この世界にルシファーに忠義の厚い悪魔がいれば、ぞろぞろと集まってくるぞ。特にやばいのがアスモデウスだ。あやつは変態なまでに久美を溺愛しているからな。やつらと戦うのはかまわんが、人の世界で、むやみに力を使う事を、ご主人様はえらく反対なさってるのだろう? なのに()()()()()()()()()()が、ご主人様の意向に反して我ら悪魔と戦うか?」

「それは……」

 

 余裕に満ちていたミカエルの表情が曇りだす。神様が上司だと色々と大変ね。それにしてもアイムの脅し方ときたら、全部他力本願じゃないの。


「致し方がありません。いったん引くとしましょう。このままここにいれば乙女とその周囲の子羊達にも被害が及んでしまうでしょうから。ですが乙女──最後に問います」


 しつこいわね。まだ指輪を受け取れとでもいうのかしら。


「主が乙女にお渡しになろうとしているのは、悪魔を意のままに使役でき、天使からは英知を得る事が出来る指輪なのです。それを知ってもなお、乙女は……」


「要らないわ」



 ミカエルはため息交じえながら、諦めたかのような表情を浮かべる、と同時に横でアイムがケラケラと笑い出した。


「そうですか、理由を問うても?」


 理由なんて一つよ。


「面倒くさい」


「め……」


「それに使役なんてやったら煩いのと、喜びそうなのがいるから嫌なのよ。貴方も天使なら、道具を使って、誰かと使役関係なんて嫌でしょう?」



 ミカエルがポカンと口をあけて私を見る。神聖な雰囲気が台無しね。


「成程、どうやら主は、()()()()にも試練を与えたようだ。悪魔であれば当然使役されるべきものとしか考えていなかった──この指輪はしばし、わたくしが預かりましょう。この目で乙女を見定めたくなりましたから」

「だから、要らないって」


 もう、なんなの? 帰るんじゃないの? 壮士が来たら面倒くさいんだけど。


「ほほぅ~ご主人様が命の頭の固い奴が珍しい。命令に反してそのような行動にでるとは」

「主はわたくしに一度たりともお命じになった事はありませんよ。この指輪をただ、渡したい乙女がいると仰られただけです」


 ミカエルは微笑みながた玄関の扉を開けると、白い翼を広げ、ふわりと姿を消した。



 はぁ、やっとどこかへ行ったわ。本当、迷惑な来客ね。ドアは西洋風になってしまうし、部屋も焦げ臭くなってしまったわ。


 ふと机を見ると、白い紙の箱が一つ。アイムが恐ろし気にボールペンでツンツンとついている。まさか、指輪を置いていったの?



 恐る恐る紙箱を開けると、中には苺のショートケーキが三つと……カード?



【乙女へ


 本日のお詫びに。

 悪魔にはくれぐれも、油断なさらぬよう。


 それではまた】


 またっ!!!? もういいのに。


 今度、私の家に来て家具を壊したら、主とやらに直接謝罪に来させてやるんだから。

 

「でも、どうしてケーキが三つなのかしら」

「貴様が食いしん坊なのが、ばれたのではないのか?」


 肩越しにアイムがにやつきながら突っ込んでくる。


「なんですって」

「いや、たぶん僕のだろうね──気配は隠してたんだけどなァ。さすがミカエル」

「「!!!!」」


 いつの間にか壮士が、紅茶を淹れている──というかどうやって入ったの。相変わらずの気持ち悪さね。


「壮士、貴方、契約は?」

 

 父と母の面倒をみるんじゃなかったの?


「あれ? あの契約って別に僕が傍にいなくても大丈夫でしょう? ちゃんと僕の姿をした使い魔が甲斐甲斐しく面倒をみてるよ。僕の両親はともかく、あの二人に家事を任せていたら、食中毒を起こすか、家を壊して自滅しそうだからね」



 悔しいけれど、事実だから反論できないわ。契約に【傍にいて】でもつけておけばよかったわね。


「でも悪魔の力は、禁止したはずよ」

「使ってないよ。彼らの、心 に対しては。僕の魅了の力は一切つかっていない」


 くっ、ああいえばこういう。そういえばそういう奴だったわ。


「で、久美、一つ聞きたいんだけど?」

「なにかしら」

「何故、家でその恰好を?? まさかミカエルに見せる為?」


 はっ、そういえば猫アイムに水着を着せて萌え萌え大作戦中だったわ。


「違うわよ。アイムと水着を着るつもりだったのっ」

「なっ!!!! 貴様っ、まだやるつもりだったのか!! ワタシは着ぬぞ! 悪魔の沽券にかかわるわっ」


 怒鳴りながらも、真っ先に部屋の隅っこにアイムが逃げ込む。まったく往生際が悪いわね。


「アイ──

「いけないなァ久美。僕に隠れてそんな楽しい遊びをするなんて」


 背後にきた壮士がす~と背中を指でなぞってきた。カーデガン越しとはいえ、あまりの気持ち悪さに変な声が口からでる。


「壮士!!」「ソウシ、お前っ」

「ふふっ怖い、怖い。でもあの指輪を受け取らなかったのは偉いよ、久美。あれはソロモンの指輪でね、僕が大っ嫌いな指輪なんだ。君が二つ返事で受け取っていたら、この程度のお仕置きでは済まさなかったかな──ただ、ミカエルが関わってくるとなると厄介だ。作戦を練りなおさないと。それじゃ、久美、僕はいったん戻るよ。アイム、彼女を頼んだよ。くれぐれも手は出さないように、といっても君には無理か。はははっ」


 


 壮士は、にっこりと笑いながら手を振ると、納戸の扉を開けその中へと入っていく。


「壮士っ、そっちは玄関じゃないわよ」

「いや、あやつめ、納戸と自分の拠点の空間をつなげて、こちらまできおったのだ。おそらくミカエルの神気を感じ、慌てて来たのだろうな──あ~、今、開けてもただの納戸だぞ」


 納戸の扉を開けて確認しようとする私に、アイムが声を掛ける。にしても恐ろしいわね、鍵を変えても、その気になればいつだってドアツゥードアじゃないの。


「それよりも、手を出せぬだと?? このワタシを舐めおって。その気になればワタシとて」

「そうよね。私達、ラブラブだもんね」


 逃げないよう、彼の肩をつかみ、聖なる衣をアイムに見せつける。



 その後、アイムの悲鳴が辺りに響き渡ったのだけど。


 それはまた、別の話。





















■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 幕外




「あら、ミカエル、遅かったわね」


 やや青みがかった銀の髪をなびかせながら、軽やかな声の少女がミカエルに声をかけた。青い月の光が彼女の髪をより美しく輝かせている。ここは天界と人間界のはざまの城。白い大理石でおおわれた、天使の住居だ。


「ガブリエル……まさか、わたくしを待っていたのですか?」

「だって、久々の人間界の話だもの。聞きたいじゃないっ。本当はあたしがいきたかったのにぃ。で、どんな乙女だった?」


 期待に満ちた淡青の瞳で、ミカエルをじっとガブリエルが見つめてくる。


「主がお選びになった乙女ですから、従順で貞淑な方だと思っていたのですが、真逆でした。信仰心もなく神の神具を与えようとしても、面倒くさいと仰って」

「……そのような者を何故、主が?」


 ガブリエルの信じられないという顔を見て、ミカエルが思わず笑みをこぼす。


「本当に何故でしょう? ただ、不思議と嫌な気分にはさせない乙女ではありました。悪魔も人も神ですら同じ目線で見ようとしているのです。あまりにも面白いので、少し様子を見ようと」

「えええ!! まさか、指輪を渡さなかったの??」



 えぇ、と声をもらしながら、ミカエルは青い月を眺める。天を見上げて彼が視線を伸ばす先は、月なのか神なのか? それとも……。


「ちょっと、ちょっとぉぉ。主のお使いを遂行しなかったので初めてじゃない? い~の? 真面目なミカエルがそんな事しちゃったら、主が驚かれるわよ」

「そうでしょうか? 実はこの指輪、ただの真鍮の指輪なんです。まさか普通の指輪だとは思わず、判定には時間がかかりましたが」


 ミカエルが月の光にかざしながら指輪を見る。


「え~~~! ソロモンの指輪ではなかったの? 偽物なんて渡しても意味がないじゃない! 主は何をお考えになっているの?」

「さぁ? 」

「むぅ~、ミカエル、さては何か気がついているわね。言いなさいよ!」

「わたくしなどに神の真意がわかるはずもない。敢えて言うなれば乙女こそが指輪だった、とでもいいましょうか」

「はぁ~~‼ なによそれ?」


頬を膨らませながら、むくれる彼女にミカエルは微笑みかけると、偽の指輪をそっと小箱へとしまった。 


 






















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