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第3話

 二人が揃って神殿から出てくると、そこにマンセルが仁王立ちで待っていた。

「これはどういうことだ、ビラコチャ」

 マンセルの目が怒りに燃えていた。

 恐らくは、マンセルもこの神殿に入ることは許されていないのだろう。この神殿に入ることが出来るのは、太陽の処女とビラコチャだけなのだ。

誘われるままに聖域に足を踏み入れてしまったことを、理は後悔した。マンセルは自分を王になる男だと思っている。その彼ですら入ることを許されない場所に理が通されたとなれば、当然憤怒することは目に見えていた。配慮が足りなかった。ビラコチャに誘われたとしても、遠慮をするべきだったのだ。

 マンセルは怒りを露わに理を睨み付ける。その表情はまるで、悪魔にとり憑かれた者のようであった。

「私を侮辱して、ただで済むと思うな」

 マンセルは言い捨てると、闇の中へと消えていった。

 理はビラコチャを見た。このままではマンセルが何か重大な罪を犯してしまうような気がする。それを止めることが出来るのはビラコチャだけだ。マンセルはビラコチャには一目置いている。彼の言葉ならば従うだろう。何か起きてしまう前に、行動を起こさなければならない。

「ビラコチャ。マンセルを追いかけなくては…」

 しかし、ビラコチャは動こうとはしなかった。ただ静かに目を閉じている。

「滅び…」

 ビラコチャは小さく言った。

「この世界に滅びの時が近づいているのだ。マンセルを追いかけて何になろう。その時が来るのをほんの一時、遅らせるだけだ」

「そんな…」

 理は絶句した。割り切ることなど出来ない。ビラコチャが言う通り、この世界に終わりが近づいているとしても、それを何もせずに見過ごすことなど出来るはずがない。何かをしなければ。

 理は駆け出していた。マンセルを追いかける。追いかけて何が出来るかなどは、分らない。しかし、身体が勝手に動いていた。

 闇の中から悲鳴が聞こえた。悪い予感が走る。悲鳴が聞こえたのは、太陽の処女達が寝床としている館であった。館から逃げてきたヨンジャとあった。ヨンジャは理を見ると、助けを求めてきた。

「ジョアンが!」

 ヨンジャは理にしがみついた。

「ジョアンがマンセルに捕まったわ!」

「捕まった?」

 ヨンジャは頷いた。

「突然館に入ってきて、何か喚いていたの。それからジョアンを無理やり館から連れ出して…」

 最悪の事態が起ころうとしている。太陽の処女は絶対不可侵の存在だ。誰であろうと、それこそ王であろうと、その血を汚してはならない。その掟をマンセルは破ろうとしているのだ。それは一族抹殺を意味する行為だ。しかしマンセルは理と同じように、別の場所から突如として現れた人間。一族など存在しない。だとすると、マンセルがこの地に留まることを許したビラコチャと、それを黙認したこの神殿に暮らす全ての者を一族と見なす可能性もある。そうなれば、ここにいる太陽の処女も含めて、全てが抹殺されてしまう。それは避けなければ。

「マンセルは何処に向かった?」

「分らない。ジョアンを引き摺るように館を飛び出していったから…」

 理は館へと再び走り出した。

「お願い、理。ジョアンを助けて。ジョアンの血を汚されないように…」

 理の背中に、ヨンジャは祈った。

 マンセルはジョアンを連れて、神殿に向かっていた。太陽の処女とビラコチャ以外が神殿の深部に立ち入ることがないように、その前には屈強な女戦士が待ち受けている。理が中に入れたのは、ビラコチャが連れていたからだ。

ビラコチャに選ばれた男が、理であったことにマンセルは激怒したのだ。今まで、マンセルこそが神に選ばれし者であると噂されてきた。自分が何処からこの地へやってきたか、マンセルも分らない。気がついた時には、ここにいたのだ。その存在自体が神秘とされ、ビラコチャに選ばれるのであれば、去勢されたこの都にいる男や麓の王ではなく、マンセルであると。そのために、マンセル自身も努力をしてきた。ビラコチャに教えを乞い、次代の伝道師になるべく、自分なりに知識を深めてきた。その自信がジャガーの毛皮には込められていたのだ。

しかしビラコチャが選んだのは、傷つき流れ着いてきた理だった。何の努力もなく、その自覚もないような男が選ばれた。自暴自棄になっていた。

全てのことを学んだマンセルであればこそ、自分がしようとしていることが起こす事態と結果を予測出来ないはずがない。その知識を得ているからこそ、マンセルは禁忌を犯そうとしているのだ。

自分を蔑ろにしたビラコチャを、自分を蔑んできたジョアンを、そして自分を選ばなかった全てのものを破壊する。そうすることで、マンセルは新しい神になろうとしているのだ。

「痛い! やめて! 離して!」

 ジョアンが叫ぶ。

「ウルサイ!」

 マンセルは脅す。

「光栄に思うがいい。お前は、新しい世界を作るための生贄になるのだ!」

 どうしようもない絶望感がジョアンを支配していた。どんなに抗ったところで、所詮女の力だ。マンセルに敵うはずがない。まして、今のマンセルは正気のままで狂気に走っているのだ。誰が、この暴走を止められるというのか。恐らくはビラコチャですら、この凶行を止めることなど出来ないだろう。

 神殿の入り口には、すでに多くの女戦士が待ち構えていた。武器を持ったその勇ましい姿にも、マンセルは動じることはない。自らの剣を抜き、その刃をジョアンに突きつける。

「これを見ろ!」

 女戦士達の動きが止まる。

「お前達が抵抗すれば、ジョアンをこの場で殺してやる」

「バカなことは止めるんだ、マンセル」

 女戦士の一人が言う。

「ジョアンは太陽の処女だ。何人たりともその身を傷つけることは許されぬ」

「はっ! それがどうした。それはお前達が崇める神が決めたことだろう! 俺の知ったことではない!」

 マンセルは言うと、女戦士を振り払う。そして神殿へと押し入った。

 神殿の深部入り口にはビラコチャがいた。マンセルがここへ来ることはビラコチャには分っていた。理は無我夢中で声がする方に走り出してしまったが、ビラコチャはここへ戻ってきていたのだ。

「ビラコチャ!」

 マンセルはビラコチャを見ると怒鳴った。

「全てはお前のせいだ。お前があの理を選んだことが全ての間違いの始まりなんだ。今、この場でそれを撤回するならば…」

「撤回? 何をだ?」

 ビラコチャは全く慌てた様子もなく言う。

「お前の後を継ぎ、この世界の神となるのはこの俺だと宣言しろ!」

「それは出来ん」

 ビラコチャは真っ直ぐにマンセルを見ていた。その目はいつになく深い暗い色をしている。それは何かを覚悟しているように見えた。

「マンセル。お前は破壊者だ。だが、創造者ではない」

「なんだと!」

 ビラコチャは続けた。

「神は自ら前の世界を破壊する。神は破壊者でもある。しかし、神は創造するのだ。新たなる世界を」

「だから! 俺がこの世界を壊し、ジョアンを生贄に新たなる世界を創造してやろうと言うのだ」

「お前にその器はない!」

 声を荒げることなど無かったビラコチャが一喝した。突然のことに、マンセルの動きが止まった。

「己のことしか考えられないようなお前に、新世界の神となる資格などないのだ」

「あの理ならあるというのか?」

「私は、次の世界の神を選ぶ立場になどない。私は、ただの伝道師だからな」

「ならばこの場に神を呼び出せ。そしてその神を血祭りに上げてやる。そうすれば、誰も俺に逆らうことなど出来ない!」

「馬鹿なことを…」

 ビラコチャは溜息をついた。

「お前はそこまで愚かであったか…」

「愚かかどうかは、歴史が決めること。俺は神をも超越した存在になってやるんだ」

 マンセルはジョアンを突き放した。そしてジョアンに向けて剣を振り下ろす。

 その時、ビラコチャがジョアンを庇うように間に入った。ビラコチャの背中に、マンセルの剣が突き刺さった。

「ビラコチャ!」

「大丈夫か、ジョアン」

 ビラコチャは苦しそうに言った。

「私は大丈夫。それより、喋らないで。体力を奪ってしまうわ」

「良いのだ。これが私の運命。私がこの地で死ぬことは決まっていたのだ」

「そんな…」

 ジョアンが何か言いかけた時、ビラコチャを突き刺していた剣が抜かれる。それは出血を促す行為だ。傷から鮮血が溢れ出る。その血がジョアンの身体に降り注がれる。

「老いぼれの血では、新しい世界など創れるはずがない。ジョアン。お前こそが次の世界を作る鍵なのだ」

 マンセルの声は落ち着きを取り戻していた。しかし、狂気の中にいることに変わりはなかった。

「お前は俺に犯されながら、朽ちるのだ。そして新しい世界の母なる大地となる」

「馬‥鹿な‥ことを…」

 ビラコチャがマンセルを睨む。

「お‥前‥では…神に:など:なれぬ…」

 ビラコチャの身体から力が抜けた。そして、床に倒れ込んだ。

「いやぁ!」

 ジョアンが叫んだ。

 その声を理は聞いた。神殿へと急ぐ。神殿の前には多くの太陽の処女と戦士達が集まっていた。理を見つけるとヨンジャが駆け寄ってきた。

「二人は中に! ビラコチャもいるそうよ」

「神殿の中に?」

 理は女戦士を見る。今が非常事態であることは誰の目にも明らかだが、それは人間の世界での話だ。神の意思に逆らって聖域に踏み入ることは許されぬ行為。しかし女戦士は黙って頷いた。それは理にこの聖域に入ることを許可することだった。そして自分の腰に携えている剣を抜き、理に手渡す。

「これを…」

 抜き身の剣は静かな、しかし鋭い光を宿していた。

「この剣は…」

 理は驚いた。戦士達が剣を携えていたのは知っていたが、どれも理の目からみれば鈍らだった。実践で使えるとは思えないような代物ばかりだ。しかし、差し出された剣は明らかに殺傷能力を持っている。

「これはビラコチャより授かった剣だ」

 女戦士は言った。

「ビラコチャより、数日前に預かった。近日中に何かしら良くないことが起きるであろうから、その時にはこれを使えと…」

 理は女戦士よりその剣を受け取ると、神殿の中へと入っていった。

 ジョアンの悲痛な叫びが聞こえてから、神殿の中は静まり返っていた。まるで中で起きている惨劇を悟られまいとするかのようである。しかし悲劇はこの中で起こっているのだ。理は真っ直ぐに神殿の最深部を目指す。

 ジョアンの身体はすでにマンセルに汚されていた。永遠の処女であることを義務付けられた太陽の処女である。その血が汚されることは己の死を意味することを、ジョアンは知っている。例えば誰かと激しい恋に落ち、自らの役目も捨て、命さえも惜しくはないと思って迎える時であったなら、死の瞬間までジョアンは幸福にいられただろう。しかし、今は違う。己の意思とは無関係に、狂人の妄想の犠牲になってしまったのだ。この先など望めないジョアンは、抵抗する気力すら失っていた。虚ろな目が激しく腰を振るマンセルの姿を、力なく映している。

「ジョアン!」

 最深部の扉が開かれ理が現れた瞬間に、ジョアンの瞳に生気が戻る。

「いやぁ!」

 ジョアンは再び悲鳴を上げた。マンセルはその声に反応し、薄気味の悪い笑みを浮かべた。

 二人の横には、既に息絶えたビラコチャの骸が転がっている。

「マンセル! お前…」

 理は剣を構えた。

「ジョアンを離せ!」

「もう、遅いわ!」

 マンセルはジョアンから離れ、ビラコチャの身体に突き刺さったままだった剣を抜き取る。それは理が持っている剣に良く似ていた。

「ほう。お前、その剣を何処で手に入れた?」

 マンセルは理が持っている剣に興味を示した。

「この時代、この世界では造れぬ代物ではないか」

「これは、ビラコチャが遺してくれたものだ」

「ビラコチャが…。やはりそうか。ビラコチャも俺と同じ、アトランティスの生き残りであったか」

「ア…アトランティスだと?」

 かつて地球上に存在したといわれる超古代文明。一夜に沈んでしまった失われた大陸の名が、マンセルから出てきたことに理は驚いた。

「アトランティスは実在したというのか!」

「ほう。お前はアトランティスを知っているのか。ならば、あの国がどれほどの栄華を誇っていたかも知っているだろう」

 理はマンセルを見た。確かに、ビラコチャにしてもマンセルにしても、この辺りにいるどんな種族にも似ていない容姿をしていた。どちらかといえば欧米人に近い。しかしまさかアトランティスの生き残りだとは思わなかった。いや、マンセルからその名を聞くまで理の中にアトランティスという概念がなかった。

「ま‥さか。信じられない…」

 理が絶句するのを、マンセルは満足そうに見ていた。

「アトランティスの生き残りである俺こそが、次の世界の神に相応しい」

 マンセルの声で理は我に返った。もう一度剣を構え直す。

「ジョアンから離れろ!」

 突然理の態度が変わって、マンセルは驚いたように目を見張った。

「アトランティスの生き残りだかなんだか知らないが、それがどうした。次の世界の神となるだと! 寝言は寝て言え」

「ほう…。神に逆らうというのか?」

 マンセルは再び気味の悪い笑顔を浮かべる。まるで血に飢えた悪魔のような顔であった。

「創世には生贄が必要だ。お前のような奴でも、神にその命を奉げられることを感謝するんだな!」

 マンセルが理に向かってくる。その隙に、ジョアンが逃げる。黄金の龍の後ろへジョアンが避難したことを目の端で確認し、理はマンセルへ向かって突進した。

 マンセルの剣が理を襲う。それを避けようとして、理は躓き倒れ込んでしまった。すぐに立ち上がろうとしたが、すでにマンセルが目の前で高々と剣を振り上げていた。

「理!」

 ジョアンが叫んだ。その声とほぼ同時にマンセルは剣を振り下ろした。

 その時だった。神殿が大きく揺れた。そして何者かの声が部屋中に響き渡った。それは唸り声であった。まるで獣のような、それでいてどこか畏怖すべきような声である。理は黄金の龍を見た。龍が、黄金の龍の瞳が赤く光っていた。そして唸り声を上げていたのも、龍の神像だった。

「ひっ!」

 ジョアンが短い悲鳴をあげ、龍の神像から離れる。

 マンセルは歓喜の表情を浮かべる。

「神が甦るぞ。この俺を次の神に指名するべく、神が甦ろうとしている。さあ、理。お前の命で神を完全に甦らせようぞ」

 剣が理を目掛けて降りてくる。もう駄目だと覚悟をした。

《愚か者めが》

 それはビラコチャの声であった。しかし、ビラコチャは床に倒れたままだ。息もしていない。

 神像がガタガタと音を立てて動き出す。そして、黄金に光り輝く龍が出現した。龍は光る目でマンセルを見る。

《我が名はエル・オンブレ・ドラード。この世界を創造せし者》

「エル‥ド‥ラド…」

 理は黄金に光り輝く龍から目が離せなかった。自分の目の前に現れたこの龍こそが、捜し求めていたものであることを確信する。

「エル・オンブレ・ドラードよ」

 マンセルが黄金の龍の前に出る。

「お前の血でこそ、新しい世界は創造出来るというもの。さあ、俺が創る新たなる世界の礎になれ!」

《愚か者めが!》

 黄金の龍がマンセルを睨みつける。

《我が滅ぶる時は世界が滅びる時。お前も我の世界の一部。共に滅びるが運命》

「この世界が滅びれば、新たなる世界が創造される。その世界において、神となるべく生まれたのは、この俺だ。何者にも邪魔などさせぬ」

 マンセルは黄金の龍目掛けて突進していく。剣が、龍の鱗を剥ぎ取る。黄金の龍の身体から、赤い血が流れた。剥ぎ取られた鱗の一枚が、理の手の中に落ちてきた。

「エルドラド!」

 理はマンセルと黄金の龍の間に割って入った。捜し求めてきたものが壊されようとしているのを、黙ってみている訳にはいかない。

「止めるんだ、マンセル」

「邪魔をするな! お前が、お前をビラコチャが選んだことが、この崩壊の始まりではないか!」

「それは…」

《違う》

 黄金の龍は理を見た。それはマンセルに向けられるような激しい視線ではなかった。

《お前を選んだのは、この私。私がお前をこの地に呼び寄せたのだ》

「僕を‥この地に…? ビラコチャが言っていたように、彼の後を継ぐ者として…?」

《違う》

「では、何故?」

 黄金の龍の瞳が細くなる。微笑んでいるようだった。

《信実を知る者が必要だ》

「信実を‥知る?」

《そうだ。この地が滅び、我が世界が滅んだ本当の理由を知る者がいなければならぬ》

「貴方の世界が滅ぶ、本当の理由…」

《全てのものに寿命がある》

 黄金の龍は言うと目を閉じた。

《私にも、滅びの時が来る》

「そして、新たなる世界の始まりが来る」

 突然、マンセルが言うと黄金の龍の身体に剣が突き刺さった。龍は悲鳴をあげる。その声は凄まじいものだった。声の振動で神殿自体が大きく揺れている。

「ジョアン。逃げるんだ。そして外にいる人たちにも避難するように伝えてくれ!」

「でも、理は…」

「僕のことは良い。早く!」

 ジョアンは頷くと出口へと駆け出す。それをマンセルが追おうとする。しかし、ジョアンが出て行った直後に、黄金の龍が出口を塞ぐように立ちはだかった。

《愚かなマンセルよ。よく聞くがいい。アトランティスが何故、一夜にして海底へ沈んだのか》

 黄金の龍はマンセルを見た。その瞳には先ほどまでの鋭さはなかった。慈愛に満ちた瞳であった。

《世界を滅ぼす最大の原因は"驕り"だ》

「驕り…」

 理は繰り返す。

《アトランティスの人々は自らの文明に酔いしれ、驕り昂ぶった。世界を手中に治めたと勘違いし、そして自滅したのだ》

「自滅?」

《そう。あれは自滅だ。神を崇めることを止め、自らが神であるかのように振舞った結果が、あの惨事だ。マンセルは同じ過ちをこの地でも犯した》

 理はマンセルを見た。マンセルは怒りの表情を露わにしている。そして黄金の龍に向かって叫ぶ。

「俺は、過ちなど犯してはおらん! アトランティスが滅んだのは、俺のせいではない」

《マンセルよ。聞くがいい。お前達アトランティスの者は制裁されたのだ》

「制裁されただと! 誰にだ」

《嘗てはお前とその祖先が崇めていた、そしてその王の血筋の源になったポセイドンに、だ》

 マンセルは驚いたように黄金の龍を見た。黄金の龍が言うように、アトランティスの王はポセイドンの血筋であると、文献には記されている。

《人はいつの世も愚かな生き物よ。自分達が生かされていることを忘れる》

「生かされている…」

《そうだ、生かされているのだ。他者の命を喰らい、自らの命を存える。それゆえ、全てのものに感謝を忘れてはならないのだ》

 黄金の龍はまるで幼子に諭すかのように、穏やかで優しい声で言った。

《お前達も感謝を忘れずにいれば、今もあの大陸で優雅に暮らしていたであろうに…》

「感謝だと? 何に感謝をするのだ。己の命を存えるものは、自らの力で手に入れてきたというのに、誰に感謝をしろと言うのだ。神にか? 結局何もしてくれない、あの都を滅ぼしたような神に感謝をしろと言うのか!」

 黄金の龍は、静かに目を閉じた。

《理よ。このマンセルの姿を見よ》

 理は言われるがままにマンセルをもう一度見た。自ら新世界の神であることを宣言したマンセル。血走った目でこちらを睨んでいる。その姿はとても神とは形容しがたい。やはり悪魔にとり憑かれた者にしか見えない。

《アトランティスの王は、己の血に酔った。ポセイドンの血を継し高貴な血筋なれど、ポセイドンではないことを忘れてしまった》

「忘れるとどうなると言うのだ!」

 マンセルが叫ぶ。

《その結果は、自分が良く知っているであろう、マンセルよ》

 マンセルは黙った。アトランティスの生き残りと、マンセルは言った。つまりアトランティスはもう、この世界にはないのだ。

 不意に、理の身体を光が包み始めた。

《理よ。もう一度言おう。いつの世も、驕りが世界を破滅に導くのだ》

「エルドラド!」

 理は叫んだ。

《この世界が滅んだ理由…、お前の脳裏に刻み込むがよい。そして自分の生きる時代で、それをよく考えるのだ》

 神殿が崩壊していく。マンセルはそれでも、エルドラドに向けて刃を剥いた。

「エルドラド!」

 もう一度理は叫んだ。崩壊する神殿の瓦礫にマンセルと黄金の龍エルドラドの姿が消えていく。そして、理は気を失った。


 「目を開けたぞ!」

 それは聞き覚えのある声だった。目覚めたのは、白い部屋であった。目の前には懐かしい顔が並んでいる。

「理!」

 その顔は口々に理の名を呼ぶ。辺りを見回す。そこはどうやら病院の一室であった。

「ここは…」

「病院だよ。お前は、意識不明のままで発見されて、今まで三ヶ月も植物状態だったんだぞ」

 白衣を着た人物が目の端に映った。

「ビラコチャ!」

 それはあの神殿でマンセルに命を奪われたビラコチャにそっくりだった。しかし、ビラコチャのように薄汚れた姿はしていない。

「私は、そのような名前ではありませんよ」

 白衣の人物はそう言った。しかし、あまりにもビラコチャにそっくりだ。その人物が理に近づくと、周りの人が少し離れた。どうやらこの人物は医者らしい。理の耳元に顔を寄せ、医者は言った。

「お帰りなさい、理」

 理は医者を見た。医者は意味ありげに微笑み、そして部屋を出て行った。


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