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一年E組みの教室は馬鹿共の見事な連携行動によって机は後に並べられ、椅子で円が作られていた。
魔術学園一年E組みの生徒はポカンとした顔で成り行きを見ている。
「それじゃあ僕が作戦を説明しよう」
メガネに手をかけながら円の中心に立つ男の名は不知火筆文だ。
「まず、僕達が行わなければならない事は、このクラスの担任、白石炎教員を僕達のステージに立たせることが必要だ。つまり、僕達の茶番に乗せる必要がある」
「そのまま逃げちゃ駄目なの?」
「ふむ、確かに胡桃生徒の意見もアリだ。しかし、それじゃあ、つまらない。ほかの教員達を集められて捕まえられたら興醒めもいいところだろう?
だから僕達のステージに上げる必要があるんだ」
「…そうですね。そうなれば挑発がいいでしょう」
「ふむ、心里生徒、良い案だ。ではこの役は総督に任せたい」
「あぁ、飛びっきりのやつをかましてやりましょう」
わけがわからない。
魔術学園一年E組みの生徒全員がそう思っていた。
「諸君、これは我々アルスト学園一年E組みの恒例行事のようなものだ。教師を鬼役とし、皆で逃げ回る。鬼役に掌で体の一部を触れられたら脱落。脱落者はこの教室に帰ってくること。そして、我々は鬼役に攻撃してはいけない。逆に鬼役は我々に対してなんでもアリだ。
つまり、魔法を使った捕縛呪文もありとい事だな」
ルールを聞いた瞬間、魔術学園一年E組み全員が思った。無理だ、と。
相手は教師だ。魔術学園の教師は驚く程に能力が高い。数々の訓練と実績を重ねて、合格率1%以下の壁を越えて、ようやく就職することが可能なのだ。
いわば魔術戦闘のプロフェッショナルだ。
この学園の教員達の資質には、ナステリカ王国に存在する組織、『ヤエズナの教会』も目を向けている。
世界で最も巨大な組織であり、実力も世界トップクラスが集まっている。
そんな雲の上のような存在の方々から目を向けられているほどの実力を持つ教師達と鬼ごっこだなんて、負けるに決まっている。
「つまらないな」
落胆したような表情へと変わる魔術学園の生徒達に筆文は馬鹿にしたように笑う。
「勝つとか負けるとかじゃないんだよ。僕達がやろうとしていることはさ。
楽しいからやるだ。『幸せ』になるからやるだ」
ふと、周りを見ればアルスト学園の面々は皆楽しそうに作戦を考えている。そこには勝つとか負けるとか、そういった感情は一切ない。
そんな光景を見せられて、「遊びならば」と。
魔術学園の生徒は顔を上げて話に参加する。
魔術学園の生徒達は気づけているのだろうか。今彼らがやろうとしていることは、ただの授業エスケープだということに。
◆◆◆
七時五十五分。
白石炎は授業に使う資料を片手に持ちながら一年E組の教室へと向かっていた。少し早い気もするが、早めについて編入生達の顔を見ておくのも悪くないだろうと思ったからだ。
アルスト学園から来た問題児集団。一方コチラの一年E組は問題児とは言えないにしろ、一癖二癖もある能力を有している。そのせいで落ちこぼれの評価を受けてE組になったわけだが、白石炎はそうと思わない。
彼らは魔術学園に入学できたのだ。それだけで落ちこぼれなのではない。知識や発想力、武力。その人間が持つあらゆる要素を加味して合格を決めているのだから、彼らには必ず光るものがある。
その光るものも白石炎はわかっていた。しかし、直接その事を告げてしまえば生徒の自主性に悪影響を与えてしまう。
それは教師としてやってはならない事だ。あくまで彼らの力で自らの能力に気が付き、自身を持ってもらわなければならない。
「だがなぁ」
彼らには自らの能力を誇れるだけの実績もなく、E組という箱の中に押し込められてしまったことで軽い差別扱いもされてしまっていて自信を持つことができなくなっている。
E組を作ったのは学園長だ。最初は軽い敵意を持ったが今は彼女の気持ちと生徒達のことを考えれば仕方の無いことだ。
実際彼らは元のクラスで孤立していた。魔力を上手く扱えないことや、常識外れ考え方や行動によって同情や差別の目で見られていた。
学園長はその事にいち早く気がついてE組を作って対応したが、それが上手くいっていないことは現状を見れば明らかだ。
今回のアルスト学園からの編入は、同じ境遇を持ってもなお、自由に振る舞い暴れている彼らと接すれば少しは変化が生まれるのではないかと考えたからである。
「そろそろか」
白石炎はE組の教室の扉の前に立つと、挨拶と同時に中へと入る。
「ん?」
部屋の中には一人しかいなかった。
教室の真ん中に座ってニヤリと笑みを浮かべる男。
アルスト学園一年E組のリーダー的存在であり、入学式の日には貴族に喧嘩を売るほどの豪胆さと話術を披露した一番の問題児。
「確かに焔木巻葉だったな。ほかの生徒達はどうした」
「ほかの生徒、ほかの生徒ですか?みんな楽しく鬼ごっこに興じていますよ」
「鬼ごっこだと?そんな事を許可した覚えは無い」
「そうですかぁ?それはすみません?」
ニヤニヤと笑いながら立ち上がる焔木に苛立ちが募るが相手は生徒だ、怒りを沈める。
「とりあえず、止めさせるぞ」
「いえいえ、このまま続けさせてもらいますよ。だって面白いじゃないですか。鬼ごっこ」
「何をわけのわからんこと言っている」
先程から妙に真意をはぐらかされているように感じて苛立ちが募っていく。だが何とか教師として耐えて見せた。
(よし、耐えた!耐えたぞ私!とりあえず生徒達を捕まえたら説教だ!)
「はぁ、生徒達のノリにも乗れないなんて……これだから30過ぎた結婚もろくにできない年増は困るんですよ」
空気が死んだ…。
妙に冷えた空気の中、白石炎は目線を下げているため、顔は伺えない。
「…焔木、貴様、今なんと言った?」
完全に怒っている。あれは噴火数秒前だ。
そう判断した巻葉は今日一番の笑顔を浮かべながら大きく息を吸いあげて、大きく口を開けて、校舎に響き渡る程の声量で叫ぶ。
「これだから白石炎のような結婚もできない30歳年増は困るんですよぉ!!!!!」
白石炎の何かが切れる。
「ほ〜〜む〜〜ら〜〜ぎィィィィイイ!!!!!」
この日、白石炎の叫び声が青い空に響き渡り、E組命懸けの鬼ごっこが始まった。