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心里剣18歳
内包する魔力量は少ないが、珍しい魔眼の持ち主である。
蒼い目は、半径一キロメートルのドーム状の見えない結界を生成する。結界内であればすべての場所を視覚化できる。
穏やかな性格ではあるが、やはりE組の生徒なのか悪ふざけをすることが多い。
料理も裁縫も掃除も得意なお母さんタイプであり、馬鹿共の面倒を一番みている。
セミロングのくせっ毛な茶髪で、タレ目といつも笑顔なのが特徴。怒ると真顔になるのでとても怖い。
俺が知るサポーターは佐江沼霧子だけだ。
他三人は姿を隠している。もちろんサポーターはそれぞれで役割を果たしているわけだから、ある程度の推測は可能だ。
となると、俺だけが異質であり、姿を見せないただ一人の存在となっている事だろう。
「ま、どうでもいいですけど」
役割は果たす。俺がこの学校に来たのは半分は偶然だが、残りの半分は転移してきた異世界人達を強くするためだ。
「剣、他の連中がどこにいるかわかりますか?」
「いえ、まったくわかりません」
俺は盛大に溜息を吐いて、現実逃避をするように考えていた思考をリセットする。
今はあの馬鹿どもをどう連れ戻すかを考えなければならない。もうすぐ入学式というのに姿を見せない。
恐らく、どこかで遊んでいるのだろう。常識を知らない馬鹿どもだからな。
「手分けして探す、見つけ次第半殺し程度なら許します」
殺気まで出しながら袖を捲る俺に対して剣は苦笑いしながら、空中へと視線を向ける。
「《展開》」
剣の目が黒目から碧眼へと変化し、四方八方へと目を向ける。
「胡桃さんが校庭にいますね。しかし…」
「囮ですね」
魔眼。剣の持つ『碧色の目』は半径1キロ程度の距離なら簡単に視覚することができる。
「それにしても、剣の目で見れないとなれば、紫の仕業ですね。
とりあえず剣は胡桃の確保に向かってください。囮に食いつけば少しは動きを見せるでしょう。そこを俺が捕まえます」
入学式で俺達編入生組の挨拶が始まるまで20分、それまでに捕まえる。
「まぁ、俺が代表で出ればいいんですが…」
俺だけ面倒な入学式の挨拶をやらされることに腹が立つ。
苛立ちながら長い廊下を歩いていると背後から床を駆ける音がする。
この場面、狭い廊下と長い一本道。ここで現れるのは…。
「我は審判者。故に拙僧、罪なき者を裁くのを禁ず。しかし、貴様!罪に溢れる者であるからして!我が槍にて貴様に罰を差し上げる!!」
床を踏みしめ、到底人間とは思えないスピードで疾走するのは一年E組一番槍、柳洞寺宗茂だ。
俺は「完全に私怨だな」と心の中で思いながら、白衣のポケットから透明の液体が入った試験管を取り出す。
「さぁ!血祭りの時間だ!!」
俺はニヤリと笑って試験管を放り投げる。
▼▼▼
「遅いな」
私は舞台袖から会場を眺めていた。
もうそれぞれ会長達の挨拶は終わり、国王陛下の祝辞も終わった。
あとは異世界人代表のスピーチが終わって、後はアルスト学園一年E組のスピーチだけなのだが、まだ一年E組の生徒達が集まらない。
「あの、それじゃあ行ってきますね」
異世界人の一人、桐谷零時は戸惑いながらもコチラに声をかける。彼らからしてみれば戸惑うのも無理はない。ある日突然管理者に呼ばれ、魔王を倒すため、異世界転移されるのだ。そして心休める時間もないまま、私の学園に招かれ入学式。
「安心しろ。例えスピーチが失敗したとしても焦る必要などない。君達はこれから少しづつこの世界のことについて知っていけばいい」
「はい!」
私はそう言って桐谷零時の背中を押す。
まぁ、正直この入学式は国王陛下も来ているので失敗は許されないのだが、わざわざ緊張させる必要はないだろう。
桐谷零時は壇上に上がり、マイクの前に立って一礼する。
「皆さん初めまして、桐谷零時です。
晴れた天気と、桜が舞うこの日にに入学式を迎えられたことを嬉しく思います、
また、異世界から魔王討伐のため召喚され、心休む暇もなく入学式の挨拶を任され、誇らしさと同時に困惑と緊張をしております。私達は世界の管理者から力を宿して貰いました。しかし、能力の詳細もわからず、また私は人と戦ったこともありません。
なので、私はこの学園でみなさんと切磋琢磨し、実力を磨きたいと思っておりますので、どうか御鞭撻のほうをよろしくお願いします。
これにて異世界生徒、桐谷零時の挨拶を終わりといたします」
多少緊張して硬いところもあったがよくやってくれただろう。
さて、問題は次なんだが…。
「すみません。遅れました」
「いや、安心してくれ、ギリギリでは…」
焔木の声がして、安心して振り返ったが、そこには人の山ができていた。
「こ、これは…」
「その事なんですが…、この馬鹿共はどうやら遊びすぎで疲れて立てないほどらしく、俺だけではありますが代表としてのスピーチをさせてもらっても構わないでしょうか?」
「いや、あぁ、構わない」
嘘だろう。遊びすぎてなんでこんなボロボロの山ができるのか。というか礼儀正しそうな心里も山の中で倒れている。そしてなによりも焔木の顔が一番嘘くさい。
「はぁ〜、君達全員を舞台に上げるのはこの学園の生徒達との顔合わせもあったんだが…。まぁ、よしとしよう」
「ありがとうございます」
『それでは続きまして、アルスト学園から編入してきた一年E組の生徒、えー、諸事情により代表のみのスピーチですが、焔木巻葉さんのスピーチです!』
司会の声がスピーカーから響き、焔木が壇上へと上る。そして、彼が会場を見回している瞬間、体を電流のような怒気が貫く。
…気の、せいか?
ほんの一瞬のできごとだ、今は何も感じない。怒気の出処は曖昧だが恐らく焔木からだ。しかし、彼がいったい何に怒るのだろうか。
「やはり、気のせいか」
とりあえず今は警戒することだけに留めておき、会場を見守る。
「どうも初めまして、ご紹介に預かりました焔木巻葉です」
制服の上から白衣を着るという奇妙な出で立ちな男に全員が目を向ける。入学式も終盤となり、疲れてきた国王も奇怪な人間が現れたと興味を示す。
そんな奇怪な存在に目を奪われ、誰一人として気づかなかった。国王の近くに座っている貴族の一人、酒巻青葉と彼の娘であり、魔術学園の教員、酒巻紅葉の二人が信じられないような驚きの表情をしていたことに。